奮戦
魔王軍との戦闘は激化の一途です。
「はぁあああっ!!!」
ドドドゥゥン……!
両腕から発した衝撃波で周囲を取り囲む小竜達の全てがバラバラに引き裂かれ、地面に向かって落下する。僕は魔王軍の襲来を聞き全速力で飛んで、間一髪駆けつけたのだ。眼下の砦から兵達の歓声が上がる。
「お見事でございました」
砦の指揮官用の部屋に着陸すると、この砦を任された士官が出迎えてくれる。僕は作戦会議用の長机の横に小じんまりと置かれたソファに、どっかと身を投げだした。
「最近、襲撃が多いな……正直疲れた」
ここのところ魔王軍はひっきりなしに襲撃をかけてくる。現地の兵だけでは被害なしで撃退することの難しい規模の部隊を、人間側の領土を揺さぶるように。生き残った国家間での連合軍の結成には成功した。弱小国は一時フローディア王国の保護国となり、その代わり彼等の少ない兵力を出し合って2個師団が増設された。
魔王軍の領土と接する弱小国家の防衛はフローディア王国、実質僕の双肩に伸しかかり、結果僕の守るべき土地は広大なものになっていた。それを知っての上で、毎日毎日、小規模な襲撃を人間の領土の西端から東端から、不規則に仕掛けてくる。僕はいつどこから来るか分からない敵を、帝都に陣取って待ち続けなくてはならない。気の休む暇もない。
ソファでだらしなく休んでいると、伝令らしき兵士が部屋に飛び込んできた。
「襲撃です! 今度は北方ガルガンティア王国領内のミドリ砦が襲撃を受けています!」
「勘弁してくれよ……」
僕は疲れきった体に鞭打って、大空高く飛び上がると北の大地を目指した。各地を襲う魔王軍に対処するために、僕達は兵の詰める砦と警戒を呼びかけるための観測所、そしてそれらを繋ぐ情報網からなる魔王軍撃退システムを完成させていた。
まず魔法で木や岩にカモフラージュした観測兵が敵を発見すると、これまたカモフラージュされた最寄りの観測所で敵軍発見の一報を出す。これは油圧式の通信網──魔術と機械で自動化されたドミノ倒しのようなものだ──を通って情報集積所に集められる。集積所では末端の観測所から上がってきた情報を統合して各国の騎士団に敵軍の襲撃の規模と範囲を知らせる。それが国家間に設置された、遠見の魔術を得意とする通信士を通して共有され、上がった道を逆回りで下って、僕の所まで情報が回ってくる。
このシステムの維持のためには膨大な人員が必要だったが、技術革新で1人当たりの生産力を10数倍に改善できたため、余った人手を兵として徴用することで対応できた。集中力の低下からくるヒューマンエラーを防ぐため、6交代制で24時間体制の索敵を維持している。
替えが効かないのは僕だ。今開発中の新型火砲の生産、配備が終われば、僕の出番もかなり減るはずなのだが……こうも襲撃が多くては改善点をゆっくり検討することもできない。職人達は僕の作った文献から多くを学んで知識をつけているが、まだまだ僕でないとできない事は多いのだ。
結局、北の襲撃を片付けて屋敷に戻った時には、もはや夜も開け始まっていた。
「ただいまー……って、寝てるよな」
自分の部屋に帰って、ベットを確認するとスヤスヤ寝息を立てる2つのこんもりした膨らみが。2人が僕を愛してくれるようになってから、部屋の大半を占めていた鉄格子は取り払い、代わりに扉に厳重な施錠の魔術をかけることにしていた。もちろん内からも外からも、僕以外に開けることはできない。僕は2人を起こさないようにベットの縁にちょこんと横になった。せめて昼までは寝ようと、目をつむると、
「バァ!」
どふっ! と音を立ててペチカが僕の上に飛び込んできた。
「私ども、主人の帰りを待たずして、自分達だけ休むような不届き者ではありませんわ」
ミルフィーユも夜闇より深く艷やかな黒髪をまとわせた体を起こす。
「お前ら……」
「もう。こんな調子じゃ、シニガミの体が持たないよ」
「多分、魔王軍はそれが狙いなんだろうな……しかし、助けられる命を見殺しにしたのでは士気に関わる。手は抜けない」
「もうすっかり一軍の長ですわね」
その時、控え目に扉がノックされる。
「入れ」
魔術で施錠を解きながら答える。中に入ってきたのは第137夫人のノードだ。
「失礼します。また魔王軍の襲撃とのこと……」
「分かった。今行く」
「シニガミ!」
腕を取って引き止めるペチカを振り払うと、僕は外に出た。詳しい話を控えていた伝令から聞く。今度は北東の端、聖エートリカ皇国が襲撃を受けているそうだ。さっき守った砦からなら、魔王軍の領地上空を通るがすぐ行ける場所だ。若干頭に血が登った。魔王軍は的確に、僕の嫌な攻撃を仕掛けてくる。
敵軍自体はものの10秒で全滅させて帝都に帰ってこれたのは、もう日が高々と登った真昼になってからだった。休む間もなく兵器開発室に顔を出す。今日は新型火砲の設計上の問題点を洗いなおす会議の日だ。この火砲は魔術を封じた弾頭を新開発の無煙火薬で打ち出す画期的なもので、計算上、魔王軍の航空戦力の主力である翼竜を一撃で殺傷できる威力を持っているはずだった。
「開発室長、報告を」
「はっ。設計図通りに砲を製造したのでは火薬の爆発力に耐えられずに砲身が持ちません。撃ててせいぜい20発、百発も撃てれば御の字かと……砲弾を打ち出す火薬の量を減らすか、全砦に配備するのをあきらめ、製造する数を絞ってより頑丈な砲身を作るしかありません」
報告書の詳細に目を通す。
「ふむ……威力を減らすわけにはいかん。敵を倒せない兵器などいくら持っていても役に立たないからな。数を減らすのもだめだ。これは人間の領土を守るのに必要最小限の量だ。これを下回ったら手薄な砦から次々陥落して後は総崩れだ」
「それでも同時に2発着弾させれば、期待通りの威力を得ることができるとの報告もあります」
弾頭開発責任者が発言した。
「だめだ。砲手の神業に期待するなど。報告書の通りなら、おそらく冶金の問題だ。鉄の質が期待した通りでないのだ。砲身開発責任者、この砲に使われている鉄の精錬法は以前と変わりないな?」
「はい。変更ありません」
僕はしばし黙考、ペンを取り上げると羊皮紙の上をカリカリと走らせる。
「なら、このリストにある改善案を試して、最もよい結果を出した手法で砲身を作りなおせ。それでうまくいくはずだ」
その後は細々した進捗報告を聞いた。最初の問題以外は、開発は極めて順調のようだ。
「よし。その調子で皆、頑張って欲しい」
別の会議に向かうべく立ち上がる。
「…っ」
よろけた。
「師団長!」
「いや、立ちくらみだ。なんてことは……」
床が、みるみる迫ってくる。僕の意識はそこで途切れた。
目が覚めると夜だった。僕はどこかの病院のベットに横たわっていた。隣で僕の容態を見ていた医者が驚愕している。
「なんてこった。午後の会議をすっぽかしてしまったな」
「気づかれましたか! おい! 師団長がお目覚めになったぞ!」
医者が頓狂な声を上げて人を呼んでいる。
「最近寝不足だったからな。僕が寝ている間に魔王軍の襲撃は無かったのか?」
僕の問いかけに医者は神妙な面持ちになり、
「ありました。何度も、何度も」
「そうか。今すぐ応援に行く。参謀をよこせ。詳しい話が聞きたい」
「師団長、お気を確かに聞いてください。あなたが寝ていた時間は半日ではございません。3週間です」
な、なんだって?
「続きは私の方から説明いたしましょう」
僕の師団直属の参謀長が僕の病室らしき部屋に入ってきて言った。
「師団長がお倒れになってから数日のうちに、いつものような散発的な襲撃がありました。それは砦の兵の尽力で打ち破りましたが、こちらの異変を感じ取ったのか、先週から魔王軍の大攻勢が始まっており……」
その後で告げられた戦況は目を覆うばかりの惨状で、僕の敷いた警戒網はずたずたになり8つある連合軍師団のうち3個師団が壊滅し、2個師団が大損害を被り、33ある王国周辺諸国の8割が魔王軍の領土と化していた。帝都にいつ魔王軍が殺到してもおかしくない状況だ。
「ですが先日、15門の製造、配備に成功した新型火砲の威力により帝都方面の戦線は膠着状態となっております。このまま休みなく工廠を動かし続け、配備を続ければ戦線を押し返すことも期待できます」
最後は朗報で締めくくられたのが救いか。
「僕はどの戦線に向かうのがいいだろう?」
すると最高顧問は、
「師団長は病み上がりです。幸い、連合軍の兵は士気も練度も高く、戦線を維持できております。ゆっくりと体を休まれますよう……」
と、頭を垂れた。僕はゆっくりと息を吐き出すと、進言通りに気を緩めて休もうとしたが、
「3週間!? 3週間と言ったな!?」
重大な事実に気づいて飛び起きた。僕は夜空に飛び出し、一目散に我が家を目指す。玄関を開けると、夜中だというのに明々と明かりが灯っている。手持ち無沙汰にあたりを歩いていた僕の夫人達が、急な主の帰還にわーきゃー言って集まってくる。まだ僕が目覚めたことは知らされていなかったらしい。彼女らをかきわけ僕の寝室へ急ぐ。施錠はかかったままだ。当然だ。僕以外には絶対に開けられないのだから。
施錠を外しそっと扉を押し開けると、中は真っ暗。恐る恐る明かりをつけると、部屋の真ん中に横たわる女2人。
「遅いわよ……バカ……」
ガリガリに痩せたペチカが、床から力なく僕を見上げている。ミルフィーユは……眠っているようだ。
「ごめん、本当にごめん!」
「ただでさえ無い胸が、もうただの板よ……」
自分の胸に手をやって言うペチカ。……痛ましい姿だ。
「それなら……私はまだ1週間は大丈夫でしたわ……」
実は起きていたミルフィーユが横から茶々を入れる。彼女の豊満な胸は、一回り小さくなったようだがまだ健在だ。僕は2人のためにおかゆを用意し、口に運んでやった。聞けば2人は始めは部屋にあったビスケットやクッキーなどのお茶菓子で飢えをしのいでいたが、やがてそれも無くなり出がらしのお茶っ葉まで食べるようになって、ここ1週間は水以外何も口にしていなかったらしい。
「これは、絶対に埋め合わせてもらうからね」
温かい物を食べ、多少元気を取り戻したペチカが言う。
「なんでもするよ!」
「うふふ。何がいいかしら~」
上機嫌のミルフィーユ。何をさせられるのだろう……
数日後。
「で、これか」
なんとか立って歩けるほどに回復した2人を連れて、僕は街に出ていた。
「半年ぶりの外だわ!」
正確には8ヶ月と3週間だ。ぐーっと全身で伸び上がるペチカ。
「あー気持ちいい! やっぱり外の日差しは最高よね!」
「私、帝都って初めてですの。窓から見るより、賑やかな街ですのね」
「ふ、2人とも、あんまり目立つようなことをしないで……」
2人は埋め合わせとして部屋から出して欲しいと言ってきた。僕としては治安の悪化している今、2人を屋敷の外に出すのは避けたかったが、2人の練った妥協案を飲まされてしまった。
「一番目立ってるのはあんたよ!」
首から伸びる鎖をシャンと鳴らして、ペチカが振り返る。何をするでもなく、僕らの周囲には丸く人垣ができている。シニガミ師団長様だ! 昔は荒れてたが、今は師団長かー 素敵な方ね! 俺初めて見た…… 僕が目立つのはいつもの事だ。だけど、今日はちょっと僕らに向けられる視線が痛い。
僕が2人を外に出したくないのは、僕の管理下から外に出てほしくないからだ。なら、常に管理できる体制を整えさえすればいい。それがこの鎖。2人の首に頑丈な鉄の首輪をはめ、そこから伸びた鎖を僕の左右の手首の腕輪に繋げれば、どこでだって安心していられるわけだ。しかし、これはまるで……
あの2人の美人は誰だ? 師団長の恋人? でも、鎖? し、師団長ってそういうプレイがお好きなのかしら……
「みんな、私どもを囚われのお姫様と思っているようですわ」
のんびりとミルフィーユが言う。
「囚われてたのは本当じゃない。そんなことより、今日は1日、楽しみましょ!」
それから僕は街中をあっちこっち、2人を背負って空を飛んだり、買い物に付き合わされたり、流しのヴァイオリン弾きの伴奏に合わせて歌を披露したりと、散々引っ張られた。
ドンッ!
「おっと」
人混みで突き飛ばされ、尻餅をついた僕。
「失礼なお方ですわね」
「大丈夫? 怪我はない?」
不快感を表すミルフィーユと、手を差し伸べてくれるペチカ。
「ああ、大丈夫だ……」
ふっと、何か違和感を感じる。いつものくりくりっとした愛らしい瞳が僕を見返している。気のせいか?
「少し疲れたわ。ちょっと路地裏ででも休も」
僕らを人気のない路地に連れ込む彼女。建物と建物の間の日も差さない路地裏。どこからか、すえた臭いが漂ってくる。背後から突然、僕の肩に手をかけると色っぽい声で、
「ここなら誰も来ませんわ。いつものように好きにしてくださいまし」
ミルフィーユが言った。振り返ると、彼女はスルスルと上着をはだけている。生唾を飲み込む僕。
「好きなように……? じゃあ、こういうのもありか?」
ミルフィーユの細い首に手をかけると、そのまま壁に叩きつける。
「ぐほっ……!」
衝撃で肺の中の空気が本人の意思にかかわらず吐き出され、激しくせきこむ彼女。
「あら、今日は荒っぽい気分ですの? いいですわよ?」
気丈にも微笑む彼女の喉笛を、僕はそのまま手でギリギリと絞った。
「くっ……くるし……で……ぁ」
「やめて! ミルフィーユが死んじゃう!」
ペチカが振り解こうと手を伸ばしてくる。僕は構わず手に力を込めると、
ゴギッ!
ミルフィーユの首の骨が折れた。彼女はぶるっと一瞬震え、それきり動かなくなった。
「ミルフィーユ!!!」
ペチカは殴られた飼い犬のような絶望に満ちた瞳でそれを見ていた。
「お前たちは知らないだろうが」
彼女の遺体を地面に投げ捨てる。するとたちまち、彼女の顔はぐずぐずに溶け始めた。
「ミルフィーユはベットの中じゃドSで、僕を縛って鞭で打つのが好きなんだ。間違っても自分がいたぶられる側に回って喜ぶような女じゃない!」
瞬間、愛らしかったペチカの顔が醜く歪んだ。口が裂け蛇のような長い舌がでろんとまろび出る。
「ヒヒヒヒ! バレちまったら仕方ねえ! これでも喰らえ!」
這いつくばった状態から何か攻撃でも仕掛けてこようとしたようだが、付き合う義理はない。手のひらをそいつに向け、硬直の魔法をかけて動きを止める。
「2人をどこへやった。言え」
右手を踏み抜きながら問う。耳をつんざく悲鳴が上がる。
「知らねえ! 俺は知らされてねえ!」
「ならどこが一番あり得そうか考えろ」
左手も踏み抜く。また悲鳴。
「分からねえ! 分からねえよ!」
それから、足、腕、目と潰していき、反応が無くなったので癒やしの魔法で傷を癒してやってもう一度拷問した。
「俺に分かるのは、2人を人質にあんたをおびき出す作戦があるってことだけだ!」
左手をもう1度潰されたところで、ついに白状した。苦痛に耐えかねたというより、単に思い出すのに時間がかかっただけかもしれなかったが。
「それはいつの話だ?」
「そ、それはまだ決まってねえ。決まっていたとしても魔王様しか知らねえ」
「そうか。ありがとうよ」
もはや擬態を解き、ペチカとは似ても似つかない異形の化け物に戻っていたそいつの首を蹴りつけて殺す。
2人は連れ去られた。おそらく先程ぶつかってきた男が、あの一瞬で何かをした。今から追っても間に合わないだろう。僕は2人を繋いでいたはずの鎖を手首から外しながら、会ったこともない魔王について思う。どうしてそこまで僕を目の敵にする。ニスに続いて、彼女らまで……
魔王、貴様、許さん。許さんぞ……




