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背信

物語が転がりはじめます

魔法で空を飛んで1人現場に駆けつけると、そこはまさに地獄絵図だった。民家は燃え、人々は死に絶え、その死体は神父の祈りも受けずに火葬と土葬の間のような雑な扱いで放置されていた。


「ひどい。どうやったらこんな……」


ガァ!


眼下の光景に戦慄していると、百羽のカラスの大群が一度に鳴いたような、腹の底に響くすさまじい鳴き声が聞こえた。見ればRPGで見たような怪鳥が夜空を埋め尽くすように飛んでいるではないか。こいつらが、魔王軍……


僕はまだ火の勢いのある民家と民家の間に降り立った。ミヒャエルの話では、生存者は彼だけらしいが。周囲に目を走らせると、瓦礫の下から鎌とドクロの死神の印章の入った二の腕が突き出ているのを見つけた。僕は全力で彼の元に駆け寄ると、手を払った衝撃波でガレキを全て弾き飛ばした。


「エドガー……」


下から出てきたのは、見るも無残な姿になったエドガーだった。彼は割合初期に団員になったメンバーで、靴屋の息子だ。本人も靴職人を目指して修行をしていたのだが、親父の店は近くに新しくできた靴屋に客をすっかり奪われて潰れてしまう。飲んだくれになった親父に反発して非行に走り、ゆすりたかりで糊口をしのぐ生活をしていた。団員になってからは他の団員の靴の修理をやるようになって、いつか自分の店を持つと言っていた。


だが、目の前にいるエドガーには顔の右半分が無い。巨大な牙で食い千切られている。これをやったのが、僕の頭上の鳥達なのか。


ボンッ!


空中で何かが爆発した。


ズドン!


僕の真横に質量のある物体が落ちてきた。さっきまで空を飛んでいた怪鳥だ。僕は頭上を睨むと、ただ、”消えろ”とだけ念じた。


ボボボボボボボォウン!!!


一瞬にして全ての怪鳥が爆発した。地面を揺らすほどの爆発音。焼け落ちかけていた近くの民家が倒壊した。敵は全滅だ。


ざまあ見ろ。異世界から召喚された勇者の力を舐めるなよ。


火を消し止め、ガレキというガレキをひっくり返し、見張りに当っていた団員と村人の亡骸を全て見つけ、簡素ながら埋葬し終わる頃には夜が開けてしまっていた。僕の後を追ってきた団員輸送用の荷馬車が到着したのは、それから少し経ってからだ。


「団長……」


「ニスか。わざわざ来てもらってすまないが、もう全部済んでしまった」


「泣いておられるのですか……?」


泣いている……? 僕が……?


確かに目元に手をやると、指先に涙がついた。足元にも水滴が垂れた後が無数に付いている。


「さすがに疲れた。少し寝かせてくれ」


ニスの肩を手で叩いて、後は任せた、とばかりに荷馬車に乗り込む。ガタゴト揺れる荷馬車の中で、僕は疲れているのに一睡もできず、魔王軍にどう落とし前をつけさせてやるか考え続けていた。


アジトに戻ると、早速幹部クラスを集めた緊急会議が持たれた。大広間のテーブルに座った幹部達と、その周囲を取り囲む団員達。全員に関係することだ。できるだけ多くの団員に聞いてもらいたい。


「5人も団員がやられたんだ! 1人でも団員がやられたなら、答えは徹底抗戦しかない!」


積極論を叫ぶのはニスだ。


「相手は魔王軍だぞ! 世界を滅ぼそうとしてる奴らだ! 適う相手じゃない!」


消極論を叫ぶのはモーセ。頭がキレて仲間の面倒見もいい彼は、今も消極論を唱える団員達を代表してテーブルについている。


議論は白熱し、もう夜もとっぷりとふけているのに終わる気配もない。論争の声がやんだタイミングをぬって、僕は言った。


「そろそろ結論を出す時だと思う。僕としては、あくまでも防衛戦を主軸に据えて対応するべきだと思う」


積極論側がざわつく。


「皆にとっては恐るべき相手かもしれないが、僕からしてみれば大した相手じゃない。僕が襲撃の現場に居さえすれば、対処は難しくないはずだ。モーセ達の言う通り、重要拠点を守るために要所に砦を築き、そうと知られずに敵の進行を事前に察知する索敵拠点を十分に用意すれば、敵の襲撃より先に僕が現場について待ち伏せることができる」


「そんな弱腰な対応をしているうちに、敵が全面攻撃を仕掛けてきたらどうするのですか! いくらシニガミ様でも、体を2つに分けることはできませんぞ!」


珍しく口を荒らげて反論してくるニス。最近分かったが、意外と肝の座った奴だ。


「全面攻撃ができるならとっくにやってきてるさ。向こうにも準備が必要な何かがあるんだ。もちろん、積極論を唱える団員の心配は分かる。今にも敵が全軍で攻めてきたら、僕だけじゃ団員全員を守ることはできないかもしれない」


一度、大広間を見渡す。一人一人、全員が僕の大事な仲間だ。


「だから防衛戦で時間を稼ぎながら、僕達はさらに戦力を増強していく。それで、攻勢に出るに十分な戦力が手に入ったら、その時に積極的な攻撃を仕掛けよう。僕が守りに入れば、相手は絶対に突破できないんだ。十分時間は稼げるさ」


その日の会議はこれで解散となった。明くる日から僕達は以前にも増して働いた。帝都周辺の村という村の全てを制圧し、資源の確保を盤石に。また、それらの拠点を守るための砦、敵の進軍を知らせる索敵拠点の用意。資材の確保。補修、点検のための人員、砦に詰める団員の確保。やらないといけないことは山のようにあった。


「ただいま。今日も疲れたよ」


自分の部屋に帰ると、いつもはついている明かりが消えて真っ暗だった。ペチカと先日の村狩りで捕らえてきた新しい同居人、ミルフィーユが出迎えてくれるかと思ったが、今日は2人とも早く寝たようだ。最近ペチカは機嫌がいい。ミルフィーユとは仲良くやっているようだ。やはり見立てに間違いはなかった。2人は息が合うと思ったんだ。ただ、今度は僕の相手をしてくれる時間が減って、ちょっと寂しい。


団員の数も、僕ですら覚えきれないペースで増え続けている。顔と名前は当然頭に入っているが、趣味趣向や詳しい家族構成までは怪しくなってきた。やがて入団希望者も落ち着くだろうから、新入りと親睦を深めるのはそれからでも遅くはないだろう。


ふかふかのベットに頭から倒れこんで、くたくたになった意識を手放そうとした次の瞬間、僕の首元を激痛が襲った。


「げはっ!」


飛び起きると、視界の隅に何か光る物が……これは、ナイフの切っ先だ。僕の首元に深々と突き立てられ、逆側まで貫通したナイフの端が、視界の隅に見えている……!


普通なら即死だ。だが僕の体は頑丈そのもののようで、息は苦しいが生きている。左手でナイフの柄を探り、握ると一気に引きぬいた。これで息ができるようになった。ヒューヒューと息をする度に音を鳴らすのは、鼻ではなく首に新しく開いた穴であるが。


ガタンッ!


そこか。僕はさっきまで僕の首に突き立っていたナイフを投げつける。


「ギャッ!」


狙い違わず的中。闇の中から聞き覚えのある声で悲鳴が上がった。全身血まみれの体を引きずって歩いていくと、誰かがそこに倒れている。さっと月明かりが差し、顔が見えた。


ニスだった。


「ごほっ! ごほ!」


声を出そうとしてむせた。喉に詰まった血を吐き出し、首に開いた穴がかろうじて塞がったところで、


「なんで……お前が……」


満月の夜だった。調度2ヶ月前、彼と出会った日のように……


「私めは、卑しい人間にございます……」


ニスは腹にナイフを飲み込んだ状態で、ぽつりぽつりと語りだした。


「魔王軍に買収されました。シニガミ様の暗殺に成功すれば、魔王軍の元帥に取り立てると……」


「魔王軍になんて行かなくても、シニガミ団で僕の片腕というイスがあるじゃないか」


力なく首を振るニス。


「それも、後輩がああも優秀では、いつまで持つか……私めは、卑しい人間です。常に誰に着くのが得か、旗色を伺って生きて参りました……」


「じゃあ、僕のところに来たのも……」


「はい……皆に恐れられ、孤独に陥っている今がチャンスとばかりに……」


「じゃあ、じゃあ、僕が君に感じている友情と同じ気持を、君は持っていないというのか……!?」


「はい……私めは、シニガミ様の熱い友情に応えるだけの、強い感情は持ちあわせておりません……正直に申しますと、応えきれないほどの友情を注いでくださるシニガミ様には、嬉しい反面、煩わしい思いをすることもございました……」


ごほっ! と血を吐くニス。


「じゃあ、君とやってきた悪さも、楽しいと感じていたのは僕だけだったということか!」


「それは……私も世間から疎まれて育った小悪党、誓って言いますが、私も同じように楽しいと感じていましたよ……」


だんだんと、彼の顔から血の気が引いてきている。


「だからこそ、私は卑しい人間なのです。シニガミ様の厚意に、私は何も返さなかった。私に何の疑いも寄せていないのは、普段の言動で承知済み。自らの立場が危うい今こそ、とばかり、魔王軍の甘言に踊らされ……」


今ならまだ間に合う。浅い息を繰り返すばかりになったニスに、癒やしの魔法をかければ命は助かる。だが……仮にも団長の命を奪おうと刃向かった事実。これを不問にしては、他の団員に示しがつかない。魔王軍との全面戦争もあるかというこの時期に、団員達の結束にくびきを打つようなことをしては……


時間がない。僕はどうしたいんだ? よけいな時によけいな事ばかりを喋るこの口は、今は何も言ってくれない。


僕は──

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