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狩猟

主人公、異世界を満喫中です。

「はははははっ!!! 飛ばせ飛ばせぇー!!!」


僕は仲間達できゅうぎゅうになった荷馬車の中で歓声を上げていた。今日も帝都からわざわざ足を運んで、村狩りだ。荷馬車を御す御者はニス。彼を家来にしてから一月で、家来の数はうなぎ登りで増えていた。それはそうだろう。弱者が自分の身を守るには、強者に媚びへつらうことだ。それは日本の学校の教室でも異世界でも変わらない。


今や『シニガミ』は個人を表す言葉ではなくなった。シニガミは集団を表す言葉だ。シニガミ団の結成。我らの信念はたった1つ、団員の結束は岩より固い、団員は団員を必ず助ける。それだけだ。団員以外の奴らのことなんて知らん。


団員はもはや2千を超え、ちょっとした街を形成するほどになった。彼らを養うには、もちろん食料や資材がいる。この調達にはいつも苦労していた。自分1人分なら街の商人を脅せばそれで済んだが、これだけの人数となるとそうもいかない。そのための村狩りだ。帝都周辺の農村を直接支配下に置き、食料や労働者を効率的に手に入れるのだ。また、こうして団長みずから労力を割いて、みんなのために額に汗して働いている姿を見せることで、団員達の結束を強くする狙いもある。


まあ、もっと大きな動機としては、僕が楽しいからなんだけど。


「そろそろ着きます!」


ニスが叫ぶ。彼の肩越しに見やれば、見渡す限りの耕作地帯の真ん中に千戸あまりの民家の立ち並ぶ集落がある。


「よっし、野郎ども! かかれ!」


「「「「アイアイサー!!!!」」」」


号令をかけ、まだ減速中の馬車の荷台から飛び降りる。土埃を盛大に上げ、着地。今日の獲物は今までで一番大きな村だ。狩りがいがある。


「し、シニガミだー!!!」


僕らに気づいた村人が叫ぶ。慌てて家の中に駆け込んだが、もう遅い。なんの訓練も受けていない村人など、ひと睨みでノックダウンだ。僕はごうっと風を吹き上げ、村の真上まで飛び上がると、村中に響き渡るように魔法で声を拡声する。


「我はシニガミ団団長のシニガミ! この村は頂いた! せいぜい無駄な抵抗をして、僕を喜ばせろ!」


最近の物騒さに、急な襲撃にも備えていたのか、見張り台から火矢が僕に向かって射掛けられる。1本、2本。手で叩き落とした。3本、4本、5本、うざったいので見張り台の根本に呪文をかけ、局所地震を起こして建屋を崩壊させた。爽快だ。


地上に降りると、団員達が手際よく民家を制圧している。彼らは僕の魔法で全員が何年もの熾烈な鍛錬に耐えた、屈強な兵士と同等かそれ以上の力を持っている。また、威力は弱いがマインド・コントロールや身体の自由を奪う魔法も使える。体の自由を奪われた村人達が、死体のように村の中心の広場に乱雑に集められていく。


僕も制圧に加わると、1時間と経たずに村全体の制圧が終わった。かなりの規模の村が、僕も含めたった6人で。あっけないものだ。さて、戦利品の確認といくか。


村の広場に集められた村人を1人1人確認し、処理していく。この処理は今のところ、僕だけにしかできない。数千人にも登る人々を処理するのは、さすがに骨の折れる仕事だ。彼らは我らがシニガミ団の貴重な資源となる。男や年のいった女は洗脳処理をして、意識を消した上で、今までやってきた仕事をひたすら反復するだけのマシーンにする。単純作業に意識など必要ないのだ。これで従来より農作物の生産効率が3倍にもなる。年頃の女はアジトに連れて帰って、男たちの相手だ。


作業を続けていると、


「嫌っ! 嫌よ!」


どこからか、女の声が聞こえた。魔法のかかりが悪かったのか、若い女が息を吹き返したようだ。地面にイモのように転がった彼女は、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている。ちょっと今の作業を中断し、そちらへ向かう。


「あ、あなたがシニガミね! どうしてこんな事をするのです! あなたには、人の血が通ってないのですか!?」


「気の強い女は嫌いじゃないが、せっかくの美人が台無しだ」


跪いてポケットからハンカチを取り出し、彼女の顔を拭いてやる。見れば、彼女はかなりの美人。しなやかな黒髪を後ろで1つに束ね、くりっとした瞳をしている。


「やめて! 触らないで! あなた達が女をどうするか、知っているのよ!!!」


言うやいなや、自分の舌を噛み切った。


ブシュッ!


僕の顔面に返り血がかかる。なんて女だ。こいつはとてもじゃないが、使い物にならない。真っ最中に団員達のモノが噛みちぎられたりしたら、コトだ。


僕は地面に落ちた彼女の舌を拾うと、痛みで気を失ったらしい彼女の顔面を持ち上げた。ドクドクと血を流し続ける小ぶりな口を手でこじ開けると、さっきまで彼女の物だった舌を中に放り込んだ。そして呪文をかけ、傷口を癒してやる。これで命の心配はないはずだが、どうしたものだろうか。


ふと、名案が浮かぶ。『彼女』へのおみやげにしよう。きっと喜ぶはずだ。


それから僕は、村人達の処理を再開し、昼過ぎには全てを終えた。


「よし! 撤収だ!」


僕の号令の元、ニスが馬車馬に鞭をくれる。帰りの荷馬車は戦利品も積んでいるから、行きよりさらに手狭だ。座ってなんて居られないから全員立っている。


「モーセ。村狩りは今日が初めてだったな。ちゃんとできたか?」


「は、はい! ご期待にそえたかと思います!」


彼はモーセ。中肉中背、角刈りのスポーツマンタイプ。2人の妹を養っており、彼女らの身の安全を求めて入団した。シニガミ団は団員を命をかけて守る。入団してしまえば、王国の警備隊より頼りになるのが我が団だ。最近では彼のような真面目なタイプが入ってくることが多い。


「嘘つけ! こいつ、最初の民家で、影から飛び出してきたおっさんにぶん殴られて、ビビって漏らしてたぜ!」


「い、言うなよ!」


チャチャを入れたのはニシル。かなり初期からの団員で、元々は帝都の少年犯罪グループの頭をしていた。腕っ節は強いが気性が荒くて、時々団員と喧嘩を起こしては、僕が仲裁に入ることになる。手間はかかるがかわいい奴だ。


それから6人で時折他愛のない会話を交わしながら馬車で飛ばして数時間。日が暮れた後になって、ようやくシニガミ団のアジトと化した我が家につく。自分の部屋以外を、雨露のしのげる家を持たない団員達に開放しているのだが、そろそろ容量を超えそうだ。郊外にもっと大きな館を作って、そちらに引っ越すという計画も本気で検討する時期だな。


「団長のお帰りだー!!!」


戦果を上げた僕達を熱狂的に迎え入れる団員達。馬車から降りると、遠慮もなく駆け寄ってきて、もみくちゃにされる。この瞬間のために村狩りをやっていると言っても過言ではない。英雄の凱旋だ。歴史上の英雄がやるような冷徹な権威のための凱旋じゃない、血の通った温かみのある凱旋だ。僕は団員全員の顔と名前を覚えている。何度僕の頭をなでたか、その回数を覚えている。


最多は31回のニスだ。一番団員歴が長いのだから当然だ。次が29回のリトル。こいつはリトルなんて名前のくせに2mを超える大男で、なぜか料理が得意で趣味なんだ。暇さえあれば一日中だってジャガイモの皮をむいていられる。今日も食事は彼の当番で、きっと彼のむいたジャガイモの入ったシチューが出るんだ。


人だかりをかき分けかき分け、なんとか自分の部屋にたどり着く僕。中に入ると、やっと一息ついた。


「お帰りなさい」


「ああ、ただいま」


僕を出迎えてくれたのはペチカ。先月部屋の真ん中に作った牢に入れたっきり、そのままになっている。牢と言ってもあれから改修を重ねて、今では僕のためのスペースより多くの空間を占めるに至っている。中にはシャワー、トイレ、ベットからお茶を飲むためのテーブルまで用意してある。正直羨ましいくらいの快適空間だ。にも関わらず、中に入っている美女の表情は固い。


「今日はプレゼントが2つもあるんだ」


「何よ」


憮然と問い返してくるペチカ。僕はもう1ヶ月も彼女を懐柔しようとあれこれ知恵を絞っていた。


「1つは後でニスが持ってくる。先に渡すのは、これだよ」


さっと懐から花束を取り出す。白い花弁をいくつも着けた、涼やかな花を10本ほどまとめたものだ。


「ふん。花? いまさら花ぐらいで、自分のしたことが許されるとでも思ってるの?」


にべもない彼女の言葉。


「でも、どうすればいい? 街の女達にかけた魔法は解いた。もう街の人を脅すようなこともしてない」


「でも、代わりに街の外の村人を襲ってる。同じ事じゃない」


ふんっと鼻を鳴らし、砂漠のサボテンの針みたいな瞳で僕を睨みながら、


「同じじゃない。僕達がやっている事は、彼らから苦痛を取り除いているんだ。毎日毎日、同じ重労働を死ぬまで続けるなんて、辛いだけの人生じゃないか。意識をなくして、ただ働けたほうがずっといいんだ」


「屁理屈よ。それに、さらってきた女達はどう言い訳するつもり?」


痛いところをついてくる。


「それは……荒くれ者の団員をまとめるには、仕方なく……」


「仕方なくなんてないわ! あなたが現れる前の王国では、こんなことをしなくても生きていけたもの! あなたが変えたことなのよ!」


「それでも、仕方がないんだ。うまい目が見れると思わなきゃ、人はまとまれない」


「そう。それでも同じ事よ。とにかく私が言いたいのはね、人から盗んできた花なんてもらっても、ぜんぜん嬉しくないってことよ!」


そっぽを向きながら、彼女は言った。僕は、ゆっくりと落ち着いた声で、


「この花は、盗んだものじゃない」


うろんげにこちらを見る彼女。


「この花は、僕が毎日水をやって、自分で育てたんだ。先月から一月かけて、君のために……今日やっと花を咲かせた」


驚きのあまり、息を飲んだみたいだ。ピンポン球みたいにまん丸に目を見開いている。


「受け取って、もらえないか?」


「……本当に?」


心なしか、彼女の声は艶っぽさを帯びていた。


「本当だよ。僕が呪いのせいで嘘をつけない体だっていうのは、君も知ってるだろ?」


これは今では有名な話だ。最初の三ヶ月に散々街の人と会話した内容と、どこから漏れ伝わったのか、その詳細が伝搬していって、もはや知らぬ人を探すほうが難しいほどだ。


「僕はね、この世界に来る前の世界で、ひどいイジメに遭っていた。それこそ、僕がこの世界で人々にしたようなことを、僕がされていた。だから、この世界で万能の力を得た時、今度は自分がそうしてやる側になろうって思った。僕にとっては人間には奪う側と奪われる側しかなかった。それしか知らなかったんだ……」


僕は少し遠い目になって語った。


「だけど、この世界でニスと出会って、初めて理解したよ。人に何かを与える方が、奪うよりずっと楽しいんだってことを」


「本当に、本心から、自分のしたことを悔いているのね……?」


もしかしたら、それは僕への問いかけではなく、自問自答だったのかもしれなかった。だけど僕は、


「いや、半分ぐらいは、こんな面倒なことに巻き込まれた役得みたいなもんだと思っている」


と言ってしまった。

ペチカはさっきまでのチョコレートフォンデュみたいなとろける瞳からうって変わって、冷蔵庫に10年放置された冷凍マグロのような凍える瞳で僕を睨むと、


「死ね」


とだけ言って、ベットにもぐり込み布団を頭から被ってしまった。も、もうちょっとだったのに……! 今ほどこの身に受けた呪いの凶悪さを思い知らされた時はない。


「おーいペチカ。途中までは本心だったんだから、そう拗ねないでくれよ」


なんとか取り繕おうと奮戦していると、ドアが荒々しくノックされた。


「いいタイミングだニス。今こそプレゼント攻撃の……」


だが、目の前に居たのはニスではない。こいつは、西側で制圧した村に資源の横取りを警戒して見張りで立てていたミヒャエル。紅茶にクッキーをシチューと見間違えるほど突っ込んで飲むのが好きな、変な奴だ。なぜか彼は左半身を真っ赤に地で染め、立っているのもやっとの満身創痍。


「ど、どうした!?」


僕は彼の容体について聞いたつもりだったが、


「魔王軍です! 魔王軍が攻めてきました!」


帰ってきたのは、また僕の人生に奪う側の奴らが現れたという報告だった。

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