召喚
異世界召喚ものです。
目が覚めるとそこは天国だった。なぜ分かるのかって?それは目の前に天使がいるからだ。
「天使さん、僕は……死んだのか?」
ふわふわと波打つ美しい金髪、アメジストと見間違うような輝く瞳。避暑地に立ち並ぶ白樺のような華奢で細い肩や腕。まさに天使がいるならこんな容姿だろう。彼女は突如、はちきれんばかりの笑顔を浮かべ、
「成功だわ!」
可愛らしくガッツポーズを決めた。
「何を喜んでる? もしかして君がアル中の神様か? 僕が死んで喜んでるわけ? 今までずっと呪っていたのに、こんなに可愛い神様じゃ怒るに怒れないな」
ベラベラ喋る僕を真剣な顔で見ながら、彼女は諭すように言った。
「落ち着いて。あなたは死んだわけではないわ。あなたは元いた世界とは違う世界に召喚されたのよ」
「まさか、それって一昔前の漫画やアニメでよくあった奴? 最近はネット小説でよく見る設定だけど」
「そのまさかですわ。そこまで分かっているのでしたら話は早い。つまるところ、あなたは勇者としてこの世界に召喚されたのです!」
な、なんという衝撃の展開。確かに、周りを見渡してみるとファンタジー系のアニメで見たような、剣と鎧で重武装した兵士が2、30人僕らを取り囲んでいる。ここは荘厳な神殿の中心で、足元には何やら水を湛えた銀の盃やら鏡やらが置かれている。きっと召喚の儀式に使ったものだ。水面にはさらさら黒髪の超イケメンが映っている。これが、僕?
「でも、僕みたいな何の取り柄もないどうしようもないクズが異世界に召喚されたところで、役に立てるとは思えないんだけど。そういうのは車にひかれそうなネコを命がけで助けちゃう熱血イケメンとか、武家の家系に生まれた美少女とかに任せておいてよ」
「それも心配ご無用ですわ。異世界に召喚された時点で元いた世界でどんな人物だったかに関わらず、この世界で最強クラスの肉体と魔力、そして頭脳が与えられるのです」
な、なんという都合のいい話。
「マ、マジで?」
「マジです。近衛長!」
「はっ!」
僕らを取り囲んでいた兵士の中から呼ばれて出てきたのは、いかにも仕事のできそうなキリッとした男。彼はつかつかと僕の方に歩いてきて、さっと手を上げると、
「ファイヤーボール!!!」
ごうっと轟音を立てて目の前に火球が現れ、僕の方に飛んでくる。
「おわわわわわっ!!!」
思わず手で顔を守ったら、
ガンッ!
その手に跳ね返され火球はあらぬ方向に飛んでいった。
「へ、平気だ……」
「どうですか?最強の魔力を手に入れた感想は?」
「なんだか、体の中から万能感が溢れてくるみたいだ……こんな感じは始めてだ」
僕の素直な感想に、自分の手柄のように得意気な顔でうんうんと頷く天使さん。
「頭脳もすごいって言ってたけど?」
そう聞くと彼女はちょっと考えて、
「143万284×44万5113は?」
電撃に打たれたように頭脳が走った。
「6366億3800万2092!」
多分合っている。頭脳が強化されたというのも本当だ。
「まだちょっと半信半疑だけど……」
それはそうだ。こんなに都合のいい話があるわけがない。大抵、うまい話には最後に強烈なオチがつくものだ。だから僕は、さっきから気になっていた点について聞いた。
「それで、僕はこの力で何をしたらいいの?」
「はい、ずばり言って、魔王を倒してもらいたいのです!」
「もしかして、人間と魔族が戦っていて、人間側が不利になってるから起死回生の一手として異世界から勇者を呼んだとか、そういう展開?」
「さすが伝説の勇者様、察しがよろしいようで」
「なるほどなるほど、そういう事ね。よーく分かった」
事情を完全に理解した僕は、まず周囲を囲む兵士を全て薙ぎ払った。腕を一振りしただけで、不可視の衝撃波が彼らを木っ葉のごとく吹き散らす。神殿の壁に激突し、全員が無力化された。
「フフフフ……ハーッッハハハ!!!」
僕は生まれてこの方、出したこともないような哄笑を上げた。こんなに、腹の底から声を出して笑うのなんて生まれて始めてだ。
「間抜けにも程があるぜ! なんで僕がお前らの都合通りに魔王と戦わなきゃいけないんだ! そんな義理なんてありゃしないぞ!」
天に向かって高らかに宣言する。
「僕は生まれてからずっとイジメられてきたんだ! いい思いなんてしたことなかった! ずっとずっと、自分はウジ虫の生まれ変わりだと思って生きてきた! 自分の小便を無理やり飲まされたこともあった! 力が無かったばっかりに……それが、こんな力を突然手に入れたら、好き勝手するに決まってるだろ!」
目の前の天使さんの両肩に手をかけ、舌なめずり。
「まずはお前から好きなようにしてやる! こっからはR-18進行だっ!」
身を守ってくれるはずの兵士もおらず、不安に押しつぶされて泣き出すかと思いきや、彼女はにっこりと美しい笑顔を浮かべた。
「いいですわ。私は勇者様を召喚するために生贄に捧げられた巫女。そういった訓練も受けております」
人形みたいな細い指先で僕の胸板をつつきながら、
「48手はもちろんのこと、SからMからあらゆる特殊なプレイをマスターしております。特にあなたのようなウブな殿方なら、私の名器で30秒で昇天ですわ」
可愛らしく頬を染めながら、ぜんぜん可愛くない事を言う。さっきまで愛らしく瞬いていた瞳が、今では獲物を狙う毒蛇のようだ。
「ノォォォーーーーッ! ビッチ! 寄るな! 触れるな! 汚らしい! 僕より性的な経験が豊富な女なんてお断りだ! どうせあそこが変だったとか下手だったとか影で笑う気だろ!」
飛び退いて彼女から距離を取る。見た目に騙されて天使かと思っていたら、とんだ悪魔だ。やはり神様はアル中だ。
「まさか、Hを餌に僕に言うことを聞かせようって魂胆か!? それぐらいのことで僕が言うことを聞くと思ったら大間違いだ! 16年間、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすチャンスなんだ。自分がされてきた事と同じ事をしてやるぞ! この世界の住人、全員になっ!」
「いいえ、あなたは私達の思惑通り魔王と戦いますわ。私達はそのために他の誰でもない、あなたをこの世界に呼んだのです」
取り乱す僕とは対称的に、落ち着いた声で神妙に言い放つ彼女。
「僕を呼んだのに理由がある? こんな、イジメられっ子で根暗で、人のために何かしてやろうなんてミジンコほども思わない僕を?」
しばらく場を静寂が支配した。やがて彼女は口を開くと、
「それにあなたには呪いもかかってますし」
「呪い……?」
ニヤッと笑う彼女。
「先程から、考えていることが筒抜けですわよ?」
そ、そういえば、召喚されてからこっち、妙に饒舌で喋らなくていいことまで喋っているような……?
「あなたは本音をそのまま口に出してしまう呪いにかかっているのです!」
バーン! という効果音は聞こえなかったが、腰に手を当て堂々と、彼女は宣言した。
「……え、それだけ?」
僕は拍子抜けした。てっきり言うことを聞かないと死ぬとか、半年以内に魔王を倒さないと死ぬとか、そういう呪いかと思ったからだ。
「それくらいなら、どうってことないぜ! どうせこの世界でもぼっちになるだろうからな!」
恥ずかしいセリフだが仕方がない。僕は彼女に背を向けると、
「お前は見逃してやる! 初めての相手に経験豊富な女を選んで、恥をかきたくないからなっ!」
と、これまた恥ずかしいセリフだが、やはり本心だから仕方がない。口が勝手に動いて声にしてしまうのだ。どうやら、呪いの話は本当らしい。でも、どうせ困ることなんてない。今の自分に、気を使ったりおだてたりしないといけない相手ができるとは思えない。気に入らない奴は全員ぶっ飛ばしてやればいい。なんてったって、この世界では僕が最強なんだから。
神殿から外に出ると、そこは満月の眩しい夜だった。さて、一発かましてやろうか。僕は両手を上げて、素早く下に振り下ろした。途端に巻き起こる暴風。その反動で僕の体は上空高く舞い上がる。
空から見渡すと、ここは大きな街だった。足元にはさっきまでいた神殿。街は夜にもかかわらず明かりに満ちていて、人々が夕飯や酒を楽しんでいる。そこに僕は魔力で増幅させた声を浴びせかける。
「人間どもよ、恐怖せよ! 我が名はシニガミ!」
あれほど嫌いだった僕の名前。だけど今の僕にはぴったりだ。
街ゆく人々が、何事かと空を見上げているのが分かる。僕は満月を背に、街中に鳴り響けとばかりに叫ぶ。
「この世界を支配する者なりっ!」




