プロローグ
きっとこの世界には神様がいて、そして間違いなくアル中だ。そうでなければ、僕ばかりがこうも不幸な目に遭う理由がない。神様はずいぶんと強い酒が好みなようで、今も人の不幸を酒の肴に呑んだくれているに違いない。
僕はの名前は氏仁神。氏が苗字で仁神が名前だ。両親はこの名に、多くの人に愛をふりまける神様みたいな人物になって欲しいという願いを込めたらしい。僕にはもったいない立派な名前だ。しかし役所の人は気づかなかったのだろうか。苗字と名前を続けて読むと『死神』になることに。
ダンッ!
人通りのない校舎裏。壁に寄りかかってへたり込んでいる僕の顔の真横に、いかつい足が突き立てられる。ちょっとでもずれていたら、耳たぶが顔面とおさらばしただろう。これが美少女のおみ足だったなら、きっとドキドキのシチュエーションなんだろうが、如何せんこの足の持ち主は口にくわえたタバコから紫煙をくゆらせた、パンチパーマでグラサンの今どき珍しい由緒正しいヤンキーだ。その周りに取り巻きが3人。
「おう。分かってんだろうな」
そう、カツアゲだ。
「わわわわ分かってますよぉ……」
情けないと思いつつも、声の震えが止まらない。手の震えも止まらない。ポケットの中から財布を取り出すと、中から慣れた手つきで千円札を数枚取り出すと、どうか命ばかりはという思いを込めて差し出した。
「これっぽっちじゃ足んねえんだよ!!」
不良達は思い思いに僕に蹴りを入れ始めた。痛い痛い痛い! 腹に背中に蹴りが入る度に息が詰まって涙が出て、何のために生きているのか分からなくなる。この苦しみから逃れられるなら、首を釣るのも悪くないと思えてくる。もう死のう、今夜死のう。こんな変な名前を着けた両親を呪いながら死のう。まさに今、酒をあおりながら大爆笑しているであろう、性根の腐った神様を呪いながら死のう。
僕はイジメられていた。その上ブサイクで友達もいない。取り柄もない。イジメられているから友達も取り柄もないのか、友達も取り柄もないからイジメられているのかは分からない。『死神』のアダ名通りにのっぺりと脂ぎった黒髪と腐ったマグロのような目元のせいかもしれない。物心ついた頃からイジメられていた。もはやそういう星の下に生まれついたという事なのだろう。
ガキの頃はイジメというより、喧嘩してはいつも負ける奴という感じだった。中学校に上がってからというもの、思春期の暴力性のはけ口として僕は利用されるようになった。物を隠す、盗るなんて序の口。殴る蹴るなんて序の口。虫や生ゴミを食べさせられるのもまだ、耐えられる。耐えられないのはクラスのど真ん中で女の子に告白させられるとか、そういう精神を削るやつ。僕が告白した女の子は登校拒否になった。それがホームルームで議題になった。男の子の抑えきれない気持ちを女の子が迷惑に思っている場合にどうすべきか、うんぬん。僕には人を好きになる資格もないのか。
そして僕は高校生になった。勉強なんてできやしなかったから、底辺高校だ。そこは不良の溜まり場で、僕みたいな奴はエサだ。こうして不良達に金をせびられる毎日だ。
いつまでも終わらない腹部への蹴りに意識が遠のいてきた。これが自分の人生の最期なのかもしれない。本当に、ろくでもない人生だった。それもこれで終わりかと思うと、無性に腹が立ってきた。アル中の神様よ、今からそっちに行くぞ。ありったけの罵詈雑言を用意しておくから、覚悟しておけ。
意識が光に飲まれていく──




