老狸の死
ニコニコ生放送 第9回で書き上げました。30分枠での書き上げなので、ちょっと短いです。
老狸を人質にとられて、街の獣たちは混乱している。老狸は最後の力を振り絞って、声を出そうとするが、無駄のようだ。とても、街の獣たちには聞こえない。鹿は仕方なく、一旦、攻撃を諦め、話し合いをする。
「老狸を人質にして、どうするつもりだ。もし、老狸の身に何かあれば、私たちは狐を許さないぞ」
ドグマは不快気に顔をしかめる。狐は狐でも、ドグマは一種の異端であると考えていたから。
「私を狐と呼ぶな!!鹿どもめ。老狸など、知恵の働かぬ愚か者に過ぎない。私の要求ははっきりしている。私が、街の全てを管理し、街のすべてを任されるべきだ。私にはそれだけの知恵がある。現にお前たちは、私を街中で見つけられなかっただろう?もはや、私こそ、人間のいなくなった街での唯一の人間に肩を並べる存在なのだ」
鹿たちはドグマにあきれかえる。ドグマが自尊心の高い狐とは知っていたが、まさか、これほどまでとは……。ソウとセリムは、そんなドグマを頼もしくみているらしい。羨望の眼差しで見ている。その時、若い狸が動いた。
「みなさん。良く聞いてください。確かに、父は頑固なところがあります。ただ、狐たちの言い分にも一理あるのではないでしょうか?私たちは山では日常生活で、食べられたり、食べたりしてきました。その報いを山で受けたのです。木々たちは私たちを裏切りました。いや、もともと、木々たちは向こうの生き物だったのかもしれません。わかっていることは、私たちは、もう山で生きられないということです。ドグマさん。どうか、あなたの願いを叶えるためにも、一度父を離してくださいませんか?」
ドグマは目を細めて、狸を見る。狸の顔は汚れをしらない、無垢なものだった。昔、こんな目をドグマはどこかで見たことがあるのに、気づく。そうだ。あれは、まだ若い頃だった。ドグマの闇に光りを照らしてくれた唯一の存在。何故、彼女は死ななければならなかったのか。あのときの憎しみは今も消えない。もう二度と仲間を失ってなるものか。そのために、ドグマは決意する。不可解な法ではなく、良識に基づく、生身の生き物の判断をもった法。即ち、独裁だ。
「狸よ。お前は老狸の子供か?」
「そうです」
若い狸は肯く。赤いドグマは老狸の首筋をくわえ、街の獣たちのところに、運ぶ。
「ドグマ。降参したか?」
鹿が意気揚々と語りかける。ドグマは空を見上げて、言った。
「降参はしていない。ただ、大切な命を食べる以外に奪う気はない。私はお前たちが思っているほど、馬鹿でもないし、愚かでもない。老狸の子供よ。名前を聞こう」
若い狸はすばしっこく、老狸の状態を見ると舌で舐め始めた。
「私の名前はシュウ。老狸の子供です。老狸の名前はゲンといいます。みなさん。まずは名前で呼ぶことから始めましょう。お互いを一匹の生物だと気づくのです」
鹿は老狸が何事か喋りたそうにしているのを見て、駆け寄る。
「どうした?老狸。何か言いたいことがあるのか?」
老狸は夢を見ているような、目をしている。
「狐たちを許してやってくれ」
老狸はそう言うと、息を引き取った。皆が沈黙に包まれた。
雨が降ってきた。シトシトと降る雨は獣たちの涙を洗い流そうとでも、いうのか。一匹の獣が死に、一匹の獣が誕生した。