7、絶望的な状況
冷たい雨が降っていた・・・。
すでに魔族領に侵入し、ひと月が経過していた・・・。
森の中、座り込む者8人の表情は一様に暗い。
誰も言葉を発しようともせず、ただただ、自分達の運命を呪っているかのようだった。
慣れない環境、瘴気病、断続的に襲い掛かってくる魔族、それら全てがこの者達に絶望を与えていた。
魔族領に侵入した直後は、問題なく進むことができた。
襲い掛かってくるのも、魔物ばかりで、魔族とは出会うことすらなかった。
半月も過ぎた頃、唐突に魔族の偵察部隊と接触してしまう。
油断していたわけではなかった、ただ疲労が溜まっていただけ・・・。
ぬかるんでいた地面に足をとられ、最年長で、弓の名手でもあるエルベが敵兵に斬られ戦死した・・・。
誰もがすぐにその事実を受け入れることは出来なかった。
ナタリアも必死に命を救おうと治療魔法を施したが、死んだ命を救うことなど出来はしなかった。
・・・悪い事と言うものは続く・・・、
ルーク、アッシュ、ナタリアを除く残り6人に瘴気病の症状がでたのだ。
体を動かすのも普段と同じようには出来なくなり始め、魔力を使う事も困難になってしまった。
さらに、偵察部隊を全滅させるに至らなかった為に位置を知られ、魔族の攻撃に晒されるようになってしまっていた。
そんな中、二人目の戦死者が出る・・・。
作戦が始まった時、ルークが守ると決意したロイが、敵兵の魔法の直撃を受け戦死したのだ・・・。
普段であれば、問題なく捌けたであろう攻撃だった。
しかし、瘴気病で能力が落ち、魔法を使うことが困難になってきたロイは、下級魔法であるファイアーボルトをその身に受けたのである。
・・・遺体は残らなかった・・・。
その光景を目の当たりにした妹のエリィは、まるで現実を拒絶するかのように塞ぎ込み、泣き叫ぶことすらせず、ただただ焦点の合わない目で瘴気に覆われた空を、今も眺め続けている。
もはや、全員が限界だった。
先は後少しかもしれない、けれど魔王に出会う頃には心身ともにボロボロで、まともに戦えるとは誰一人思えなかった。
皆帰りたかった、それが偽らざる本心だった。
ただ、自分からは言い出せない、ただそれだけだった・・・。
そんな状況を破った男がいた。
アルフォンスである。
「俺達はよくやったよ!
此処で引き返しても、誰に文句を言われるっていうんだ!
逆に、よくやったと言われる働きをしたさ、なあ、みんな!!」
誰も答えようとしない。
そんな事誰も思っていないからだ。
自分達に与えられたのは、「魔王を討ち果たすこと」なのだ。
それを途中で放り投げて帰ったところで、石を投げられる事はあっても、称えられる事はありえない。
だがそれでも、自分が生きて帰る事を望んだ者がいた。
守ると約束してくれた男、ゲオルグだった。
「本当にすまないと思う・・・。
だが、死ぬわけにはいかないんだ・・・。」
悔し涙を浮かべながら、ゲオルグは語った。
彼は、このメンバーの中で最も重い瘴気病を発症していた。
それでも、必死に戦い続け、皆を守ってきた。
だが、ロイを死なせてしまった事で、心が折れてしまったようだった。
二人も戻ろうと言い出してしまったからには、その流れは止まらない。
最終的に、ゲオルグ、エリィ、アンリ、ガイウス、アルフォンスの5人がこれ以上進むことを断念してしまった。
くしくも残ったのは、瘴気病を発症させていない3人だけだった。
「ナタリア、貴方も一緒に帰りましょう?
3人だけで進むなんて無茶よ!!」
アンリはナタリアを必死に説得しようとした。
だが、
「私までいなくなったら、誰がこの子達を守るっていうの?
子供だけに行かせるわけには、いかないでしょう?
大丈夫よ、何とかしてみせるわ。
だから貴方は何も心配することはないの」
そう言って、にっこり微笑んだ。
アンリは泣いた。
気丈な彼女からは想像も付かない姿だった。
次の日の早朝、僕らは分かれた。
帰るものと、進むものに・・・。
「帰るといっても、此処は魔族領・・・。
無事にたどり着けるといいんだけど・・・」
「そうだね、でもたぶん大丈夫だよ。
魔族だって、帰ろうとする者より、進もうとする者を阻むに決まってる。
だからみんな、無事に帰れるはずさ」
「そうだといいね・・・。
でもアッシュ、君は帰らなくて良かったのかい?
僕は嬉しいけど、君だってこれが無理難題だって分かってるだろう?」
そう尋ねるルークに、アッシュは笑いながらこう答えた。
「無理難題なのは、最初からだよ。
それに僕がいないと、二人とも困るだろ?
ほら、僕ってムードメーカーだしね」
普段のアッシュはムードメーカーと程遠い少年だったが、この時は場を和まそうとアッシュなりに考えたジョークなのだと気付き、ナタリアと二人笑いあった。
この二人といられて、ほんとに良かった・・・。
ロイの為にも、必ずこの作戦は成功させる・・・。
そう心から思うルークであった。
これで序章は完結です。
一気に投稿しましたので、書き溜めた物は全て出し尽くしました・・・。
次に投稿する時は、1話ずつ小出しにしていこうか、まとめて投稿しようか考え中です。