2、出会い
「それにしても、すごい光景だな・・・」
広い草原で向かい合う人間族と魔族の軍勢を見て、そう呟いた。
この軍勢が、自分達を魔族領に無事に送らせようとしている者達と、それを阻もうとしている者達なのかと思うと、プレッシャーを感じるのも無理はない。
「うう、吐きそうだ」
プレッシャーで朝食べたものが胃から出てきそうなのを、懸命に押しとどめ、魔族軍のさらに向こうに見える、霧がかった森を見つめた。
(あれが、瘴気に包まれた魔族領・・・
人間族を拒絶する地か・・・
無事に生きて帰ってこれるかな・・・・・。
まだ16歳になったばかりで、やりたいことも沢山あるんだけどなぁ。)
これから参加する作戦は、まさに自殺行為のようなもの。
人間族の中から選ばれた精鋭と言っても、まだ16歳、命を捨てる覚悟なんて出来ようはずもない。
そんな事を考えながら、集合場所に向かっていたのだが、
「おい、貴様もこの無茶な作戦に参加させられるのか?」
唐突に後ろから声をかけられた。
振り返り見てみると、そこには30代後半くらいの男が立っていた。
大柄で、背中には大きな剣を身に着けていて、一目で歴戦の猛者であることが分かるオーラをまとっている。
(大きな剣だな・・・
身長と同じくらいあるんじゃないか?
まじまじと観察していると、
「おい、耳は聞こえるんだろう?
返事位したらどうなんだ?」
そう言われて、はっと我に返った。
少なくない時間、じっと見つめてしまっていたようだ。
(しまった、変な奴だと思われたかな。
ここはひとつ、ビシッと返事をして、なめられないようにしないと!)
そう決意し、胸を張って答えた。
「ええ、そうです。
この度、魔王を討伐する任を受けました」
すると男はスマン、スマンと肩を叩きながら豪快に笑いながら、
「まさか、お前の様な子供が俺と同じく、魔族領に向かうメンバーだとはなぁ。
てっきり後方支援担当の、貴族のお坊ちゃんかと思ったんだが。
ま、貧乏くじを引かされた者同士、仲良くやろうぜ。」
そんな事を言いながら、手を差し出し、握手を求めてきた。
けれど、子供扱いされたことに不満を感じていた事もあって、そのまま握手に応じるのは、なんだか負けのような気がして、
「僕も、貴方みたいに口の悪い人と、運命を共にするとは思いませんでしたよ」
なんて答えるところが、まだまだ子供なのだが、当の本人は気付いていないようだった。
(確かに背も高くないし、時々女の子に間違われる事もあるけどさ・・・)
そんなことを考えながら、しぶしぶ握手した。
男の手はごつごつしていて、まさに「戦う男の手」だった。
それに対して、自分の手はきれいで、まるで何の苦労もしてきませんでしたよ、と手が語っているかのようで、すぐさま手を引っ込めてしまった。
「まあ、機嫌を直せよ。
これから運命を共にする仲間なんだからよ」
そんな風に、まるで子供をあやすような言葉をかけられてしまった。
なんだか急に恥ずかしくなってきて、別の話題をふったのだが、
「しかし、かなり兵の数が多いですね・・・。
こちら側が6万くらいで、向こうは2万くらいでしょうか・・・」
広がる草原に相対する、両軍に目を向けながら言った。
「兵力差は3倍程ですね・・・」
「あーそれくらいだな・・・、負けだな、こりゃ・・・」
「・・・・・・」
この話題は、明らかに失敗だった。
魔王出現以降、3倍程度の兵力差は簡単にひっくり返されてしまうことは、既に何度も証明されていたからだ。
ここにいる多くの人が、ここで命を落とすことになる・・・。
そんなことにも気付かず、この話題を振ってしまったことに、軽い自己嫌悪をおぼえていると、
「そんな暗い顔をするもんじゃねぇよ。
なんの為に俺様たちが集められたのか、思い出してみろよ。
その絶望的状況をひっくり返すためだろうが」
平然とそう言ってのける男に対し、自分の中のこの男の評価がグンと上がったのだが、
「まあ、その魔王に喧嘩売りに行くメンバーの中にお前みたいな子供が混じるなんてな。
よっぽど人手不足なのかねぇ」
なんて言うものだから、またグンと下がったのは言うまでもない。
これには流石に、もう反論せずにはいられなかったのか、男に顔を近づけて叫んだ。
「僕は、もう十分に大人です!!
戦えば、貴方にだって負けはしない!!」
そこまで言って、ふと思い出すことがあった。
背丈にも届きそうなほどの大剣を自由自在に使いこなし、ありとあらゆる敵を屠ってきた化け物のような強さを誇る傭兵の事を・・・。
最強の剣士の称号である「剣帝」の名をつけられ、本来は貴族しか入ることを許されない国王直属の騎士団に入団を許可されたにもかかわらず、「俺は、自由気ままな傭兵家業が気に入ってるんでな。」なんて言って、その話を蹴った変わり者の事を・・・
「ほう、この剣帝とまで言われたこの俺に、楽勝で勝つとまで言うたぁな。
なかなか大言を吐きやがったな、小僧・・・」
(楽勝とまでは言ってないんだけどな・・・。
でも、剣帝までこの作戦に投入するって事は、かなり本気だ・・・。
いや、この機会に、剣帝には敵地で戦死してもらおうっていう策略なんじゃ・・・)
考えれば、考えるほどそんな気がしてきた
まさかそんなことの為に、巻き込まれたのか???という疑問が頭から離れず、呆然とするより他なかった。
そんなことなど、気付きもせず、男は話を続ける。
「お、そういや名前も聞いてなかったな。
俺の名はゲオルグ。
まあ、剣帝といえば、誰もが知ってる名だろうがな。
んで、お前は?」
名を聞かれ、いつまでもクヨクヨしてられるかと思い至ったのだろう。
もう一度盛大に胸を張り、
「僕は、ルークと言います。
王国では『賢者』と呼ばれるほどの、大魔法使いなんですよ!!」
(剣帝が「武」の最上位の称号なら、賢者は「智」の最上位の称号だ。
これならこの人も僕を子供扱いしないはず。
そうさ、僕の様な優秀な魔法使いを捨て駒なんかにするはずなんてない!!!)
そう思い、力いっぱい宣言したのだが・・・大爆笑された。
どうやら冗談を言ったように思われたらしい・・・
「よし、自己紹介も済んだ事だし、他の奴らとも挨拶してくるとするか。
ほら行くぞ、『賢者様』」
なんだか馬鹿にされてるような気もするし、魔法を一撃食らわせてやろう、という衝動をなんとか自制し、とりあえず付いていく。
ここで喧嘩していても仕方ない。
仲違いしても、数時間もしないうちに、残り8人と一緒に魔族領に行くことになるのだから・・・。