ウチのゴリラ
5歳と6ヶ月。
俺は酒の仕込みの始まる前の早朝にザースと訓練をする。
「うぬぅぁ!」
ザースを袈裟切りにしようと斧を振り下ろす。
「甘いわい!」
が、ザースは俺の斧を下からカチあげる。
同時に突っ込もうとする俺の後ろにターンするように回りこみ斧を横薙ぎに叩きつけた。
「ぷげらっ!」
まるで、世紀末のモヒカンのような声をだし壁にぶつかる。
俺はすぐに起き上がりザースを睨む。それをみてザースは嬉しそうに笑った。
今は訓練中だ。
俺の目の前には斧を構えたチビゴリラが一頭。
普段酒を飲みまくりセリーに怒られうなだれている姿を見せるザースとは思えない雰囲気を醸し出している。
訓練方式は木製の斧での打ち合い。
いくら木製とはいえ打たれると最悪骨ぐらいなら折れる。
が、そこは頑丈なドワーフ。対した怪我などない。ザースが加減してくれるのもあるのだろう。
よしんば怪我を負ってもセリーが魔法で何とかしていまう。
とはいえ、痛いものは痛い。
5歳を機に訓練が始まった。
正確にはあのザースからの提案に賛成した次の日から始まったのだが、戦闘の訓練は5歳までしていなかった。
何をしていたかというと……あまり思い出したくはない。
賛成した次の日。
ザースは二匹のウサギを狩ってきた。それ自体は見慣れた光景だ。よくザースはウサギを狩ってくる。
いつもと違うのは、そのウサギが生きていたことだ。
そして、ザースは言った。
よし、殺っちゃえ。と、
この世界に産まれてからグロいものへの耐性は付いたと思う。ウサギの首がチョンぱされて血抜きされただけの状態なんてしょっちゅう見るし、他の生き物の死体も良くみる。
だが、自分でそのチョンぱ状態を作り出せと言われると話は別だ。
前世では、俺はそういうことは結構普通に出来ると思うよ。とか言って一端のニヒルを気取っていたものだが、実際に生き物を殺すという罪悪感からかザースに渡された手斧がブルブルと震える。
ウサギは気絶させられているのか、それとも観念したのか少しも動かない。しかし、ウサギを抑える左手から伝わる体温がまだウサギは生きているのだと確かに感じさせる。
ザースはビビりきっている俺を見て後ろから俺の右手と左手を持ちそのまま斧をウサギの首に叩きこんだ。
呆気に取られた。
ウサギの首は見事にチョンぱされ左手からはウサギの血液と共に体温が流れていくのを感じる。
ザースはそのままナイフ取り出し、今度は俺をウサギとザースに挟まれるように抱え込みウサギの皮を剥ぎ内臓を取り出し、肉の筋をとる。
それをもう一度繰り返した。
遅れて吐き気を模様した。
庭の隅に移動して吐いた。
ザースはその間血の処理をしていた。
ヤバかった。頭の中で倫理や道徳、日本で培ってきた殺害は悪という考え、何より哺乳類を殺したことなのない俺はその耐性もない。何度も頭に「これでいいのか」と言う言葉が繰り返される。
その日は飯は食えないだろうと思った。が、よりにもよって夕食にウサギの丸焼きが出てきた、当然、箸を進めようとしない俺にザースが良いから食えとばかりに口に放り込んできた。
………美味かった。
あの光景を見てもウサギはいつもと変わらず美味かった。
結果。
俺は考えるのをやめた。
日本での倫理感をここで持つことをやめたのだ。
いや、考えるのを止めたら人でないとか、解決にはならない。とか言われても仕方ない。
この世界ではこうなのだ。肉を食いたきゃ獲物を殺す。
例え人であろうと襲われたら、とりあえず殺っちゃってから考える。
ざっくりいうとその位で丁度いい。
逆にそれが出来ないと最悪殺される。
深く考えると駄目だ。前世の倫理観を持ってる俺は深く考えると精神を病むだろう。
俺は最強主人公のようにどんな辛い問題でも精神力で乗り切ってしまう的な奴ではない。
ちょっと、アドバンテージをもらったパンピーだ。
恐いこと、病みそうなこと、耐えられない負担。
そんなもの華麗にスルーだ。
耐えられるようになったら考えよう。
それからは、直ぐにと言うわけでも無かったが、ウサギをチョンぱしても革を剥いでも、筋をとっても平気となった。
そして相変わらず肉は美味い。
やっと慣れたということでザースは5歳に成った俺に訓練をつけ出した。
と言っても型がどうとかそういうものではない。
ひたすらタイマンだ。
木製の斧を持ち打ちこませる。
俺はこれでも上級スキル持ち。
『怪力』を本気で発動させて打ち込めばザースがいくら防御しようと叩き伏せれると思っていた。
が、力を抜いた攻撃をザースは正面から弾き返しバランスを崩した俺の横腹に斧を叩きつけぶっ飛ばした。
「なんじゃ、こんなものか。」
何とか起き上がる俺にそうニヤニヤと笑いながら。
流石にカチンときた。
全力で『怪力』を使いながらザースに斬りかかる。
が、その全てをザースは受け流した。
そして返す斧で再び俺を吹き飛ばす。
それを繰り返し悟った。
この世界はどうも上級スキルがあれば強いというチョロい世界でも無いらしい。
どうも俺は舐めていたらしい。
そんなつもりは無かったが、地球から文明の劣る世界への転生者であり神からチートの一つを授かる。
この状況が自分を驕らせたのだろうか?
確かに前世ならば怪物ばりに強いのだろう。
だろうが、この世界にはさらに強いやつがゴロゴロいる。
現に俺はザースに全く歯が立たない。
ザースは元Bランクの冒険者だ。この世界のBランクの凄さはわからないがBがあるということはAもあるのだろう。
ひょっとしたらSランクもあるかもしれない。
実際ザースにとってみたら俺は力が馬鹿に強いだけの餓鬼なのだろう。
うん、殺す気でやろう。
最低限は強くならないとうっかりで死んでしまう世界だ。
「ひでぶっ!」
そして今日も元気にぶっ飛ばされる。
でもさ、もうちょっと手加減とかしてもいいんじゃない。
これ位の文句は言いたいものだ。壁にぶつかりそのままブラックアウトした。
ザース視点
「ひでぶっ!」
ワシはジオを吹き飛ばしながら実感することがある。
ジオは強いのじゃ。流石は上級ギフト持ちと言えるじゃろう。
初めはウサギを殺すことから始めさせた。
コレは普通なら要らぬ工程じゃ。
もしやと思いやらせてみれば案の定、ジオは震えて尻込みをした。
ジオは生まれてから今まであまり殺生に触れようとはせんかったからのう。
ワシが獲物を狩ってきても気づけはその場から居なくなっておった。
この年頃とは、虫やカエルなどを捕まえては殺してしまう歳じゃろうにちっともそんな様子もみせん。
優しい子に育ったと言えばよいのか、じゃが、勇猛果敢を尊ぶドワーフとしてそれでは肝心なときに役に立たんじゃろう。
この世には大切なものを守るために殺生が必要なこともあるのじゃから。
じゃが、獲物を捌くのが出来るようになってからの戦闘の訓練では、その才をいかん無く発揮しておる。
初めこそ、大した力も入れずにワシに斬りかかって来おったが、ワシが正面から弾き飛ばしたことにより本気を出す様になった。
というか、ワシはそんなに弱そうに見えたのじゃろうか?
少しワシの威厳のため強めに吹きとばしまだまだ十分な余力を持っておることを笑顔と共にアピールしておいた。
が、どうもジオには殺気がたらん。
相手を殺す気というものがない。
戦闘系のギフト持ちはその能力に自惚れることがあると聞く。
ジオにそんなつまらんことで死なれても困るので、何度も何度も入念に吹き飛ばしておいた。
そのかいあってか、最近では良い殺気を放っておる。
その辺りからかのう。ワシも真剣にやらねばならなくなったのは。
ジオの上級ギフトは異常じゃ。
仮にも冒険者として一流のBクラスの冒険者のワシが「流斧」を使わねば受けきれん。パワーファイターで鳴らしたワシがじゃ。
以外と屈辱じゃ。本気を出せばまだまだ負ける相手ではないのじゃが、まさかワシが5歳の小僧っ子相手に「流斧」まで使うとは。
おそらく成長すれば魔物などほぼ一刀で斬り伏せてしまうのじゃろう。
うむ、今日もソロソロ終わりの時間じゃろうセリーが朝ごはんの支度を終えこちらに向かってきておる。
……2人目も出来んしのう。
何よりジオが生まれてからワシはセリーと2人になれる時間がほとんど無くなった。
たまには新婚の頃の様に、仲良く飯でも食いたいものじゃ。
………うぬ。ジオも自惚れてもいかんしのう。
ワシは終わりとばかりにジオを吹き飛ばしその意識を刈り取った。
うむうむ。今日は少し邪魔なのじゃ、ジオよ。そこで大人しく寝ておくがよい。
「2人ともご飯よ。って、あぁ!ジオ大丈夫?!」
セリーが慌ててジオに駆け寄る。うむ。まだまだ美しいのう。
「そうか、ジオはちょうど今気を失ったとこじゃ。そっとしとけばよかろう。それより久しぶりに2人で飯でも食わんか?」
少し照れながら言うワシに対しセリーは
「ちょっと貴方馬鹿なの!?ジオはまだ5歳よ!?ちょっとは手加減しなさいよ!あぁ、ジオ!ジオ!」
……うぬ?ワシの想像したのと違うぞ?
やっぱりザース強いのねステキ!となると思うたのに。
セリーはこちらに見向きもせん。
「いや、自惚れてはならんと思ってのう。」
「嘘おっしゃい。どうせパワーでジオに勝てないのが悔しくなって「流斧」でも使ってぶっ飛ばしたんでしょ!」
うぬ、流石元Bランク冒険者。
結構的確に見抜かれたものじゃ。
「のう。飯は「そこっ!」………はい。」
こうしてワシは1人で寂しい朝ご飯となった。女心とは難しきものじゃ。
ジオ視点
「……っおあ!」
ん?ここは?
あぁ、そうか俺はザースにぶっ飛ばされて。
変な夢を見た。
ゴリラが寂しそうに1人でバナナを食っている夢だ。
不思議と可哀想とは思わなかった。ざまぁとか思った気がする。
何かの啓示だろうか?
あのゴリラが俺を待っている。とか?
「あら?起きたの?大丈夫そうならご飯にしましょう。」
セリーが横で看病してくれていたみたいだ。
うん、お腹もすいているし食べてから考えよう。