くだらない世界に嘲笑。
私に話し掛けてきた、という時点で彼女はかなりの物好きになると思うけど。
一時的な気の迷いだろうと思った。時間が経てば普通にそこらへんの女子と仲良くなるだろう。私は彼女に何を言われようが大抵を無視するか適当にやり過ごしていた。
だけど、彼女――――岸谷薗香は、なかなか私に構う事をやめない。
「おはよう瀬村さん、今日1時間目体育だよ。更衣室一緒に行こう」
教室の机で居眠りをしていると、肩を軽く叩かれてそんな声が頭上から降って来る。顔を上げると満面の笑みでそこに立っている岸谷薗香がいた。
「……朝っぱらからよくそんな高い声出るね」
私は朝に弱い。低血圧だし貧血でもある。
「声は朝とか関係ないんじゃないかな…ねぇ、瀬村さんジャージ何処? 早く着替えに行こうよ」
「先に行ってればいいでしょ。私は後で行く」
「後じゃもう間に合わないって。一緒に行こう」
「うるさいな…」
こいつのしつこさには全世界震撼だ。
私は席を立つと教室の外のフックに掛けていたジャージをひったくって更衣室まで早足で向かった。すると岸谷薗香は走ってついてきた。
「何であんたも一緒に来るの」
「え? だって一緒に着替えようって言ったから」
「誰も承諾した覚えはないんだけど」
「えー、て言うか後5分で授業だって、急ごう!」
結局、私は彼女と一緒に着替える事になったし、授業でペアになった時も彼女となった。2時間目の学校説明の時間になり、席に着く事でようやく岸谷薗香から解放された。よくよく見てみれば彼女は私よりも前の随分離れた席にいた。チャイムと同時に隣の席に篠原くんが座る。
「物好きな女もいるんだな」
ぼそっと篠原くんが私に呟いた。
「私にいつもひっついてる子の事?」
「他に誰が居んだよ。お前にあんな執拗に話し掛ける奴なんか居る訳ねぇだろ」
篠原くんは大きなあくびをした。「だりぃ」
「お前もそろそろ友達になれば? あいつと」
「……絶対嫌だ」
「何でそんな女嫌いな訳?」
「……」
そう篠原くんに言われて私は黙る。
『……さい…めんな…さ……んなさい…めんな……ごめ…なさい……ごめんなさい…』
機械的に繰り返される懺悔。
涙で顔を濡らして、蹲って謝り続ける幼い女の子が暗闇に――――
「――――別に」
脳裏に浮かんだそれを掻き消すように、強い口調で言い切った。
「あんたも好きじゃないんでしょ」
「まぁな。俺の顔だけ見て寄って来るし、うっせーし。勝手に告ってきて振ってもしつけーし」
「そう。ろくなもんじゃないの、だから嫌い」
次の授業は社会だったけど、それもろくに聞かずに篠原くんと適当に話していた。そして休憩時間。私は教室に居るのも億劫なので外へ出る事にした。
下駄箱を開けると――――、おやまたベタな。白いルーズリーフのメモが乱雑に折られて入っていた。何だこれ。ラブレターじゃあるまいし――、あ。もしかして。中身に目を通す。
いわゆる果たし状みたいなものだった。
ははは。笑っちゃうねぇ。
私はメモを片手でぐしゃぐしゃに握り潰した。
笑いで口元が吊り上がるのを抑え切れなかった。堪えようとしてもこれは出てしまう。どうしようもないくらいに笑える。馬鹿じゃないの? アホらし。
――――ほんと、くだらないところ。