正反対の幼馴染
あの後吐き気を催して、屋上から4階の女子便所に駆け込みそのまま吐いた。
女嫌い。女性不信。女性恐怖症。……何だかは分からないが。拒否反応、条件反射。
吐くものを全て吐き出すと、水道で水を飲み干して廊下に直接座った。壁を背もたれにするように。4階はほぼ特別教室しかないようで、誰も居ない。ましてや新入生だったら尚更。
あー、うん。吐くとかなり体力消耗すんだよな。疲れた。
腕時計を見ると、あと10分で4時間目にあたる授業が始まるところだった。息切れを整えようと深呼吸をする。ハンカチで口の周りについた水を拭う。
……いつまでもいこうしてる訳にもいかないか。
立ち上がるとふらっとよろけたけど、体勢を持ち直して教室へ向かった。
次の時間は校則・学校設備とかの説明だった。半分寝そうになりながらなんとか1時間耐えるともう昼。クラスメイト達は大体グループができてるからその派閥ごと、机をくっつけて弁当らしい。流石に初日から食堂使う奴はいないよな。私も弁当だし。
「さっきはどうも、瀬村さん」
甘ったるい声に顔を上げる。多分この時私の顔は最高にしかめっ面だっただろう。
声を掛けてきたそいつは、さっきの変な頭の女子とその取り巻きだった。こいつら、懲りねぇのかよ…
「ねぇ、さっきのどういうつもり? こっちが声掛けても無視するとか」
無視はしてないけど。どうやら御立腹のようだ。
「1人でいたから話しかけてあげたんじゃん」
「頼んでないんだけど」
派手な頭の女とその後ろにいる取り巻きの顔が強張るのが分かった。
「あんたさぁ、協調性って言葉知らないの? 小学校からやり直してきたら?」
「そっちこそ幼稚園からやり直せば」
私はぎっとそいつらをきつく睨み付けた。
「話しかけてあげたとか、恩着せがましい。頼んでないから。私はあんたみたいな奴が1番大っ嫌い」
クラス全員が私を見ていた時だ。
「あ、レイー! お昼一緒に食べよ?」
私が1番びびった。
こういう時の彼女の空気の読めなさというか、そういうのには腹を立てつつも時折こうして救われる。
その明るい声に振り向くと、1年2組の教室の後方の入口に、弁当の包みを持って満面の笑みで手を振る女子がいた。梨華しかいなかった。
今度はクラス全員が梨華を見ていた。梨華はその視線の多さにきょとんとしていたが、直ぐに私に向き直るとまた明るい声で言う。「早く! お昼45分しかないんだよー?」
私は無言で弁当の包みを持って、梨華の方へ行った。
「どーしたの? あたし見た瞬間に固まったりして」
「別に。何でもないよ」
「そうー? ならいいけど。行こっ」
さっきの屋上に向かい、直接座って包みを広げる。梨華は膝を崩して座り、私は脚を伸ばした。フェンスの向こうには春の空が広がり、緩やかな風が吹いた。高台の学校っていいなぁと漠然と思う。
「レイ顔色悪いけど、また貧血? っていうか生理?」
その声に梨華の方を向く。彼女はピンクのハート柄の包みを敷きながら私を見ていた。私は青い水玉の包みを畳みつつ答える。
「違う。さっき吐いた」
「えーっまたぁ? レイちっちゃい時からすぐ吐くね。気ぃつけなよ」
「努力はしてみる」
こいつは私の事なら大体知ってるだろう。小学校からの付き合いだともう幼馴染と言えると思う。
「レイー、卵焼きちょうだいっ」
「あぁ、食べたいのあったら取っていいよ」
「ありがとー! レイ料理うまいからお弁当もおいしーよね」
「そりゃ1人暮らしだし。慣れるよ」
「ねぇレイー、今度あたしの分のお弁当つくってきて」
「いいよ」
「えっ! いいの!?」
「別に。1人分も2人分も変わんないし」
「ありがとー!! レイ大好きっ」
「おい、くっつくな梨華」
「えへへー」
梨華が女の子っぽいピンクの箸で私の弁当箱をつつく。私は食べる気もしないので、梨華の弁当箱を見た。彼女の母親が作っているらしいその中身は、手作りで少しだけ冷凍食品が混じっている。
「てか梨華さぁ、あんたならもう6組で友達出来たでしょ? そいつらと食べれば」
梨華は大きな瞳を少し開いてから、「ふふー」と笑った。何だこいつ。
「協調性皆無のレイの事だからー、どうせクラスの女の子達敵に回したんだろうなと思ってー」
「はぁ?」
「それに1日目はレイと食べたかったの」
「物好きだな」
「えー? いいじゃん。あたしレイの事好きだし、だから一緒にいんだよ。ダメ?」
こいつは真顔でこういう事を言う。
「あー、まぁいいや。好きにしなよ」
「うふふ、そうしますー」
梨華だけが、女って生き物の中の例外だった。