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無重力高校生。  作者: メイ
日常編
19/25

数少ない味方

「あ、瀬村さん! 早退するの? 大丈夫?」

 校門で広子さんを待っていると、ジャージ姿の岸谷薗香が息を切らして走ってきた。

「何であんたここにいるの……何で早退するって知ってんの」

「鳥飼くんって人から聞いたの。怪我、酷い? 平気?」

 あのチャラ男か。口の軽いものだ。

「頭痛が酷いだけだから」

「帰んないといけないくらい痛いんでしょ? 無理しないでゆっくり休んでね」

 ゆっくり休めってんならまずあんたが視界から消えろ。

 そう言い返すような気力もなかった。今はとにかく頭が割れそうなくらいに痛いのだ。

「……とにかく、あんた授業に戻んなよ」

「うん、分かった。お大事にね。ばいばい!」


 心配そうな顔で手を振り、走って校庭に戻る彼女。

 頭のズキズキとした痛みは増す。

 女は何を考えているのか分からない。



 岸谷薗香が去ってすぐに、広子さんは愛車を飛ばして霜高の校門前に来た。黄色くて丸っこいその車に乗り込むと、私は鞄を枕にして後部座席に横になった。頭痛に加えて微かな嘔吐感が混じってきたのに気付く。

「礼、ちょっと大丈夫? 顔、いつもに増して真っ白よ。昨日殴られたからじゃないの? 今から病院連れてくから横になってなさいね。吐きたくなったら言って」


 今既に吐いてしまいたいよ。

 とにかく辛い。頭はカチ割れそうだし、車が微かに揺れるだけでも胃に来る。少しの振動が伝わるだけで、今にも胃液が喉に込み上げてきそうだ。あまりの不調に顔が歪む。


 割とデカい病院に着いたのは、30分後の事だった。

 待合室で死ぬ程待たされて、吐き気に耐えなれなくなった私は重過ぎる体を引きずってトイレの個室に入った。便器の前でえずくけれど、一向に腹の中のものは出てくる気配がなかった。吐けばいくらか楽になるのに、何故こうなるのかと呪った。トイレから戻っても、待合室でずっと呻いていた。

「礼、もう少しで呼ばれるから待ってなさいね」

 そう言った広子さんにも返事をしなかった。

 その後しばらくして、やっと呼ばれた。昨日殴られた事と今の症状をなんとか説明すると、CT検査をする。自分の脳が輪切りになっている写真を何枚も見せられるというのはあまり気分のいいものではなかった。検査をしてもなお真っ青な顔をしている私を見て、医者は私を診察室の奥にある寝台に寝かせて点滴を打った。その間はずっと眠っていて、足の痺れで目が覚めると点滴は終わっていた。


 家に帰ると、午後3時頃になっていた。広子さんは心配だからと、今日はうちのマンションに泊まると言った。

 私は帰るとすぐに制服を脱ぎ、淡いブルーの部屋着に着替えた。数時間ベッドで安静にしているようにと広子さんに命じられたから。私は点滴が効いたおかげで頭痛も嘔吐感もすっかり消えていたので、大丈夫だと言ったが、心配性で過保護な広子さんに睨まれて結局ベッドに入る事になった。


 数時間を、適当に本を読んだりして過ごし、辺りは薄暗くなっている。すると6時きっかりに台所から広子さんに呼ばれた。案の定、広子さんが夕食を作ってくれている。

「今日はあるもので作ったから、粗末なのしか作れなかったけど。味は保証するからどうぞ」

 私はぼーっとした頭で広子さんを見た。いつも通り笑みを絶やさず、リビングの椅子に座ってもう食べる準備が万端だ。

「……広子さん」

「なぁに?」

「…………いや、何でも」

 私はテーブルにつくと、空のお腹に詰め込むようにしてご飯を食べ始める。その日の夕食は、広子さんには珍しく和食だった。


 突然の訪問者がインターホンを押したのは、ちょうど食事が終わった頃。

「あら、先生じゃないですか! どうぞ上がって下さい」

「あぁ、すまんな」


 それは、私のクラスである1年2組の担任の相楽忠義さがらただよし先生だった。


 相楽先生は数年前にも霜村高校に勤務していた時期があって、その当時に高校生だった広子さんの担任だったらしい。私の担任が相楽先生だと知った時の広子さんの反応は、実に騒々しいものであった。

 先生は40代後半といったところで、既婚で子供は中学生らしい。痩せていて、無表情だけどたまに笑うと優しい顔をする人だった。面倒見のいい先生で、私は先生が嫌いじゃなかった。

 まだスーツ姿でいかにも仕事帰りという雰囲気の先生は、微かに笑って部屋に上がった。私は無表情で「こんばんは」と頭を下げた。

「具合はどうだ、瀬村」

「今のところ、特に異常は無いです。CT検査の結果も問題無いとの事だったので、心配には及ばないかと」

「そうか。ならよかった。急に早退するって言うから心配したよ」

 先生の前なら部屋着でいいか。こう思う私は恥じらいが無いのだろうか。

「今日は話があって来たんだ」

 真剣な面持ちでそう切り出した先生に、広子さんは何かを感じているようだった。

「……話って、」

 私はそこで黙る。薄々予想がつく。

「でしたら私、席外した方がいいかしら……」

「いや、構わないよ。寧ろ居てくれた方がいい」

「そうですか……? あ、座って下さい。礼もほら、座りなさい」

 広子さんが、テーブルのいつも誰も座らない席を先生に勧めた。その向かいに私が座り、私の隣に広子さんが座る。

「分かっているよな、話が何なのかは」

 真っ直ぐ見据えて先生がそう言うから、私は目を伏せた。

「……誰かから聞いたんですか?」

「昨日の放課後、怪我してるお前を背負ってる篠原を見た。だが明らかに、俺が首突っ込んでいける現場じゃない事は察せた。だから今日の昼休みに篠原を捕まえて、問い詰めたんだ」

 私は眉間に皺を寄せて目を閉じる。深く溜め息をついた。「そうですか」

「でもよかったよ。お前、クラスで孤立しがちだと思っていたけどなぁ。ちゃんと友達がいるじゃないか」

 相楽先生は目尻に皺を寄せて笑った。

「……どういうことですか」

「いや、そのままの意味だよ。篠原のことだ。友達なんだろう?」

 垂れ目になって笑う先生。見ると広子さんもにこにこと笑っているから気味が悪い。

「それになぁ、あいつもだ。岸谷も、お前のこと心配してたんだよ」

「……岸谷薗香ですか?」

 何故、

 何故今その名前が出てくるんだ?

「もうな、休み時間に職員室に来てずっと聞いてきたんだよ。瀬村さんどうしたんですかって」

 優しく微笑む先生の顔を直視できなくなった。

「昨日の事は、お前としては公にして欲しくないか?」

「……欲しくない、と言ったらどうなんでしょう」

「しないさ。プライバシーってもんがあるだろう……ただ、お前を呼び付けた奴らは謹慎だな」

「あぁ……茶髪とキノコと老け顔ツインテールと金髪男ですか」

「そいつらは全員5組だ。赤羽、三島、東野だ。金髪の男は斉藤。それと、主犯は杉本。杉本はお前に初日話し掛けたらしいが、2組じゃないんだ。何でも、入学式で礼を見て“顔付きが腹立つ”だとかでお前に近付いたんだと」


 何だそりゃ……支離滅裂だ。

 それにしても先生も、よくそこまで調べ上げたもんだ。


「今度何かあったら、すぐに言ってくれ。先生は少しくらいは力になれるだろうから」


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