小さな心残り
人の気配のない夜道を走った。
広子さんが帰ったのを確認、家を出て走り学校に到着。時刻は午後9時48分。
あの時ぶん投げられた生徒手帳を探しにここまできた。
閉まっている校門を無視してフェンスによじ上り、飛び降りる。運動神経は良くない。何とか足で着地すると、敷地内を歩いた。
校庭を走って奥まで進む。体育倉庫の近くは随分と土手の方で、校舎からはかなり離れている。あの水溜りを見つけて、すぐさま腕を捲くると手が汚れるのもお構いなしに泥水の中を探した。
「……ない」
生徒手帳がない。
どうして? だってあの時あの男、ここにぶん投げたじゃないか。然程強くない雨だったから、水溜りはここしかない。なのにどうして。
誰かが見つけて拾ったなんて有り得ない。あの時間帯はほとんどの生徒が帰ってたはずだ。
じゃあ、もう、ないの?
諦め切れず、体育倉庫の鍵をピッキングしてこじ開けると中をくまなく探した。けれどそこには私の破れた制服のスカーフが落ちていただけで、生徒手帳は落ちてなかった。
校舎近くの水道で汚れた手を洗う。ついでに顔も洗って、少し濡れた邪魔な長い髪をひとつに縛った。
どうしてだ、わざとあそこを狙ってぶん投げたじゃないか。
「ふざけんな……」
荒くなる語尾とは裏腹に、目には涙が浮かんでいた。
だって、あれは大事なもんなんだよ。
あれは、
あの中には――――…
「こら、そこの奴! 何をしてる!!」
警備員に見つかった。
十中八九、逃げるが勝ちだ。先生に知らされて停学にでもなったりしたら困る。
とりあえず細い裏道に逃げると、そこに積んで立ててあった運動会にでも使いそうな十数本の角材を蹴飛ばす。もの凄い音を立てて崩れ去った角材は細い通路を通行止めにするには丁度いい量と長さだった。
角材で塞がれた道で立ち止まり、負け惜しみのように叫ぶ警備員を無視して私はそそくさと学校敷地内から出た。
にしても、まだ警備員いたのか。
あんな簡単に忍び込めたからもう帰ったと思ってた。
今日は諦めて帰るしかない。
苛立ちが消えないまま学校を後にした。