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無重力高校生。  作者: メイ
事件編
14/25

事後の平穏

 気を失って、そこからの記憶はない。


 気づいたら自室のベッドに寝かされていて、時計の針は7時を指していた。丁寧に布団まで掛かってるけど、勿論自力で帰宅した記憶はない。


 ……何で私、家にいるんだろう


 ていうか何があった? 何があったのか思い出せない。どうして…私、何してたっけ。一時的に記憶が飛んでる? どうしても思い出せない…起き上がると頭がずきん、と痛んだ。その痛みで学校であった一部始終を思い出す。


 そうだ、私は女子に呼び出されて金髪男に…斉藤とか言う奴に襲われかけて。

 でも、篠原くんが助けてくれた。


 取り合えずあの時のように意識に問題はない。ベッドの横には何故かまたもご丁寧に私の鞄が置いてある。これも持って帰った覚えはない…立ち上がり簡単に髪を梳かすとリビングに行って電気をつけた。

 ふと自分の身なりに気付く。袖が余り、丈は太ももくらいまである大きなYシャツを私は着ていた。ボタンはちゃんと上まで閉まってる。


 そうだ、これは篠原くんのシャツだ。あの時私に掛けてくれた。


 よく見ればそれは私の体にはとても大きくて、スカートが完全に隠れていた。そして袖に少しの血がこびりついている。私はそれをそっと脱いだ。ボタンの破られたセーラー服が見えて、ぞっとする。あの時篠原くんが助けにきてくれなかったら、そしたら、ほんとに私、襲われてた。

 私は脱いだその大きなYシャツをぎゅっと胸に抱き締めた。不意に顔にシャツが触れる。分からないけれど、男の人のような匂いがした。

 セーラー服も全て脱ぐと、私服に着替える。そして彼のYシャツを持って洗面所へ急いだ。今から手洗いすれば血が落ちるかも、と思った。洗面台に水を溜めて、つまみ洗いで根気よくこすった。少しずつ汚れが目立たなくなっていく。

 それにしてもこのシャツ本当に大きい。私が着てあんなに大きいこのシャツが、篠原くんにはぴったりなのか。

 水を絞って洗濯機で脱水すると、ハンガーに掛けてリビングの中に干した。春とはいえ夜の外気はまだ冷たい。室内の方が乾きやすいだろう。


「……あっ」


 生徒手帳。

 あの時投げられた生徒手帳。


「どうしよう、」

 水溜りの中に投げられたとはいえ、まだあるかもしれない。どうしよう、今から学校に行けば間に合うかも…


 すると家のインターホンが鳴った。慌てて出ると、予想は的中だった。

「礼? 私よ、昨日も来たけど材料買い過ぎちゃったから、今日も作るけどいいわよね?」

 広子さんだ。うわ、学校行けない。この事態どう説明すんのよ…顔とか隠せないじゃん。結論が出ないまま広子さんは数十秒後にやってきて、私の顔を見るなり目を丸くした。

「ちょっと礼! その顔の傷どうしたの、殴られたの?」

 語尾が強い。怒ってる。

「……えーと」

「誰にやられたの」

「それはー…」

 私の曖昧な反応に、広子さんは溜め息をついた。買ってきた材料をソファーの上に一旦置き、腕を組み口を開く。

「入学早々に物騒だと思わないの? もう…何してるのよ。100%あなたが悪いとは言わないけれど、心配かけるようなことしないで。いい?」

「……うん、ごめん」

「女の子が顔に傷作っちゃ駄目でしょう? お嫁に行けなくなったらどうするのよ」


 そんなこと心配しなくても、あなたの姪は嫁に行けるような性格じゃないよ。


「大体想像つくけど…女の子でしょう」

「いっつもはそうなんだけど、今回は違うかな」

「男の子にやられたの?」

「うん。あ、でも主犯は女子で、なんか用心棒みたいな男子がいて。そいつに殴られた」

 滔々と述べる私に、広子さんは何か言おうとした――けど、呆れて大きな溜め息をついた。

「……いつもそうなんだから、あなたは…もう、とにかく夕飯にするから座ってなさい。話は…どうせ、私には話せないようなことなんでしょう?」

「うん、まぁ」

「まぁ、じゃないわよ全く…」

 広子さんはぶつぶつ言いながら、食材を持って台所へと行った。


 取り合えず、学校に手帳を探しに行くのは広子さんが帰ってからじゃないと無理っぽかった。


 今日の夕飯はシーフードオムレツにソーセージのチーズ巻き、トマトスープと広子さん流の炒飯だった。

「結局、色々あったみたいだけど大丈夫だったの?」

 広子さんはスープをよそいながら私を見た。こぼすよ。

「……うん、大丈夫だったよ」

 篠原くんが、助けてくれたから。

「へぇ~、男の子が助けてくれたの?」

「何で分かんの…」

「窓の近くにYシャツ干してあるじゃない。貸してくれたんでしょ? 霜高、男子はブレザーだからYシャツよね? ってことは男の子じゃない」

 広子さんは色々誤解してるらしく、ニヤニヤしている。機嫌よさそうだな…さっきまで怒ってたくせに。

「助けてくれたその彼、どんな人なの?」

「……エコなチンピラ、かな」

「え?」

「いや、何でもない。真面目に答えるから怒んないで」

 夕食中にこんな異性の話が出た事はない。私は正直慣れないな、と思った。

「……不器用な人なんじゃないかな」

「不器用?」

「そう。本当は優しいんだと思うよ、多分…けど素直な人ではない、から」

「へぇー。私そういう人好きよ? その彼なら礼と付き合っても許しちゃおうかなぁ」

「別に彼氏でもないし彼氏になる予定もないよ」

「ふ~ん。つまんないわね」

 女の人ってどうして恋愛の話が好きなんだろう。

「ねぇ、その彼のこともっと聞きたいんだけど。礼、もっと話してよ」

「え、まだぁ…? うーん…えっと、外見は、身長が高い。180くらいあるんじゃないかな…なんか、不良みたいな外見なんだよね。目つきとかすっごい鋭いし。けど顔立ちはすごい整ってる」

「そうなのー? なかなか男前なんじゃないの?」

「うん。すごくかっこいい」


 顔とかスタイルいいとか身長高いとか、そういうんじゃなくって。


 かっこよかった。助けにきてくれて、殴られても倒れもせずに鼻血を強引に拭って、相手を睨みつけたあの双眸。強くて圧倒的で、かっこよかった。


「へ~ぇ? そーなの~? そう、かっこいいのねぇ……ふーん。へぇ~…」


 ますますニヤつく広子さんを睨んだが、本気で怒っている訳ではないので怯ませる程の効果はなかった。私はトマトスープを日本茶のようにズズズ、とすするように飲んだ。

「あ、ちょっと礼。御行儀が悪いわ」

「昔からの癖なの」

「またそうやって…開き直るんだから」

 呆れたいのはこっちよ。

 ふぅ、と呆れた息を漏らす広子さんにそう思った。

「あ、ねぇ名前なんて言うの? その男の子」

「……名前? 篠原くん。篠原遥」

「遥くんっていうの? 女の子みたいな名前ね」

 広子さんはお上品にスープをスプーンで音を立てずに飲んだ。

「今時いい男の子もいるものねぇ、安心した」


 何にどう安心しているんだ、広子さん。


 夕食後に広子さんが勝手に部屋に入ったので、セーラー服を引き裂かれた事がバレた。で、それとドミノ倒しになるように斉藤に襲われた事もバレた。女子同士のイザコザくらいだと思っていたらしい広子さんは、まさか男に性的暴行を加えられそうになったと知ってかなりの剣幕で怒って斉藤の家や学校に電話するとまで言ったが、どうにか鎮めた。だってそんな事されたら私が困るし…


 明日着ていく制服がないからと、広子さんは霜高のセーラー服を一着くれた。広子さんは9年前に霜高を卒業したばかりだった事を、その時思い出した。スカーフは私と同じ青だった。9年前から変わらないセーラー服のデザイン。「私が霜高にいた頃は、スカーフの色が青しかなかったんだから」と苦笑いして言う広子さんは子供を持つ母親のような顔をしていた。


 広子さんが帰って家が静まり返る。

 時刻は9時を回っていた。

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