アイロニーを吐くだけで、
男の身につけているアクセサリーがじゃらじゃら鳴る。
きつい男物の香水の匂いがして、思わず顔を顰めた。
ビリッという音がした。それはセーラー服のスカーフが引きちぎられる音だった。
「なめてっとこうなるんだよ。こんなとこ、泣き叫んだって誰もこないから思う存分泣けば」
全くもってその通りである。誠に残念ながら、体育倉庫の後ろは土手でその上は森林である。無駄にだだっ広い校庭には声は響かない。要は何をしても徒労に終わる。無駄なのだ。
「……あんた最低」
「またそんな睨んじゃってよぉ、お前今の自分の状況分かってんの?」
男が楽しそうに言う。舌舐めずりなんかするから気色悪くて、私は男の顔を殴った。
「いいよ、やり返して」
そんな指示が下ったもんだから、私の顔も殴られた。熱いような衝撃が顔を通じて頭にも走り、頭の中がぼーっとする。こいつ、私の非力な攻撃に対して本気で殴りやがった。口内に血の味が広がる。
抵抗できなくなって、私は完全に男のするがままになった。冷たい床に押し倒されて、次に聞こえたのはぶちぶちっ、という音だった。セーラー服のボタンが引き裂かれて、制服の前が完全に開いた。
こいつ、やる事なす事ほんっとに荒い。
顔にまだ残る痛みに耐えながら、私は無駄だと分かっていながら見えている下着を腕で隠した。男がニヤッとまた笑ったが、その顔はすぐ疑問に変わる。
「……何だこれ」
男が何かに気付き、私の見えないところにある何かを拾った。
それはスカートのポケットから落ちたであろう、私の生徒手帳だった。私は顔色を変えて、胸を隠すのも忘れて飛び起きた。
「待って、やめて! それは、」
それは、
その中には……、
私が焦っているのを見ると、男は女子の顔を見る。女子が「好きにしろ」と言った。男は立ち上がり、倉庫の扉を開けた。
「返して、何すんの? ちょっと、」
男は私の方を向くと、ニヤッと笑った。
私は全身が凍り付いたような気がした。
「やめてっ…」
男が生徒手帳を持っている腕を上げる。
私は出せる限りの声を上げて叫んだ。
「だめぇえ――――っ!!!」
その叫び声も虚しく、男は生徒手帳を思い切り遠くに投げた。
私はバッと扉に飛びついた。投げられたそれは明らかに意図的な方向を通り、校庭の隅の――土日に降った雨でできた土色の水溜りの中に落ちた。
パシャン、と小さな音がしただけだった。
声にならない声を上げた。息が切れていた。
女子の甲高い笑い声がした。
憤りも感じられなかった。喪失感が大きすぎた。
「何、あれがそんな大事なもんだったのー?」
「だったら犯さないで最初っからアレ取っちゃえばよかったじゃん」
「無駄骨ってヤツ? ハハハハ!!!」
私はただ茫然とそこに座り込むしかなかった。
「ほらぁ、再開しなよー。こんだけじゃつまんないじゃん」
女子が笑うと、男も笑って私を押し倒す。
女子が扉を閉めて、男がニヤつきながらスカートに手を伸ばしてきた。
この時になって、やっと怒りが湧いてくる。
「ふざけんなっ、触んな!! 誰がお前なんかにやられっか、このっ…!!」
必死に抵抗して男の腹を思い切り蹴った。するとまた顔を殴られた。今度こそ意識を失いそうだった。まずい。ここでのびたら、絶対犯される。
だけど、もうだめかも。
私、何やってんだろう。
高校入って女いっぱい敵に回して、そんで男に襲われるって。
ふざけてる。こんな高校生活。
死んでしまえ、と思った。
何もかも。全て死んでしまえ。私も死んでしまえ。そうすればもう何も残らない、何を感じる事も、ない。
その方がどんなに楽だろう。どんなにいいだろう。
こんなクソみてーな奴ら大嫌いだ。
全部まとめて死んじまえよ、もう。
クソ喰らえだ、と思ったその時だった。
「………っ、え…?」