どうしようもなく募る焦燥
「あっ、おはよレイー。今日は元気?」
「元気な訳あるか」
朝の昇降口は女子の挨拶が飛び交うからうるさい。下駄箱で梨華に遭遇し、声を掛けられた。彼女はただ単に私が病弱なのを知っていて、だから今日の体調を聞いてきたんだろう。けど私は元気どころか精神的には顔面蒼白だった。彼女の顔をまともに直視できなかったのだ。
また果たし状もどきがあった。
今度は、もどきじゃ済まなかった。
「ねぇ、教室まで一緒に行こー?」
私は見た瞬間にカーディガンのポケットに突っ込んだその紙を、ポケットの中でぐしゃっと握り潰す。そして梨華に向き直った。
「……私気分悪いから、トイレ行く。先行ってて」
「えー、また吐くの?」
「うるさい。私は別に年がら年中ゲーゲー吐いてる訳じゃない。食中毒か私は。別に昨晩あやしいもん食っただとかそういうんじゃないし、広子さんはマッドサイエンティストでもなんでもない」
私がそう言うと、梨華は目を丸くした後に急に真剣な顔で言った。
「レイ、なんかあったでしょ」
背中の脊椎にある神経が逆立つような感触を覚えた。
「いっつも無口なのに、そういう時だけよく喋る。ましてやレイがマッドサイエンティストとか言う訳ないし」
マッドサイエンティストはほっとけよ。
それにしても、こういう時の勘が鋭いのが女だ。広子さんもそうだけど、これは何なんだ。何処からの確信を持った直感なんだろう。私は梨華のもとを後にした。
深追いするようなしつこい奴ではない彼女は、私を追ってこなかった。
果たし状の内容。
時間は放課後、場所は体育倉庫。条件は私が1人で来ること。
そして新たに加わったのは、「来なければ梨華に危害を加える」という脅迫だった。
失うものは元々ほとんど持っていないに等しい。だけど梨華に何をされるかわからない手前、こっちも容易に果たし状を無視できない。どうしてこんなことになったんだろう。友達のいない私にああやって話しかけるから目立ってしまったんだ、あいつは。
内容はただそれだけでシンプルなものだった。覚えられない程の文章じゃない。なので私は教室に向かう前に果たし状をぐしゃぐしゃに丸めると、1階の人気のない女子トイレの外にあったごみ箱に捨てた。
いつもの仏頂面を2割増にして午前中を過ごした。岸谷薗香が話し掛けてきたけど、完全無視した。仏頂面は昼休みを迎えても変わらなかった。
とにかく、今日の私は機嫌が悪い。
「おい、瀬村」
「何」
昼休み、騒がしい教室。私の隣の机で独り切り同士、私と同じように昼食を食べている篠原くんはこっちを睨み付けるような目で声を掛けてきた。
私は負けないくらいの目で篠原くんを見た。
「何で睨むんだよ」
「うるさい。先に睨んだのはあんたの方」
「俺は睨んでねぇよ。元々こういう目つきだ」
不良のような目つきがどうやらコンプレックスらしい目の前の男は、少し落ち込むような顔をした。図体のでかい男が落ち込んでますよ。笑える。
「あっそ。用がないなら話し掛けないで。こっち見んな。近付くな」
「お前な……隣の席なんだよ。無理に決まってんだろ」
私は購買で買った緑茶の残りを一気に飲み干すと、篠原くんを睨みつけた。
「うーっるっさいねぇ、何だよ。用あんならさっさと言えこのチンピラ」
「テメェ、チンピラって何だよ」
「はぁ? あんたどっからどー見てもチンピラだろうが。もはやチンピラ以外の何者でもないわ」
「俺は普通の男子高校生だ! おめーこそ目つきが不良なんだよ」
「入学数日目にして全身校則違反の野郎に言われたくない。アジトに帰れ」
「校則ならちゃんと守ってっから! しかも普通の家に住んでんだよ! 誰にも追われてねぇよ」
私達のやりとりはクラスメイトの注目を多いに集めた。篠原くんはそれに気付くと少し赤面して、咳払いをした。
私は食事を再開する。篠原くんはストローでオレンジジュースをずずず、と吸った後に口を開いた。
「いや、また何かあったんだろーなって。女絡みで」
篠原くんは食べた菓子パンの袋を丁寧に細く折って結ぶと、鞄の中に仕舞った。
「顔に似合わずエコな野郎だ。チンピラはガン飛ばしながらポイ捨てでもしてろ」
「おまえ俺を何だと思ってるんだよ!」
篠原くんに言っても解決しそうになかった。
結局私はこのまま何の策もなしに、放課後を迎えた。