─【参】─Black Hold Uppers
右を見れど 人は俯き
左を見れども 人は沈み
去りゆく日々は 君に問う
それでいいのかのかと君は問う
やがてまた訪れる 冷たい銀色の世界
ほら 自分見失っていく
君がこの世に生まれてきたことは偶然じゃなくて
無くてはならない人なのです
僕がこの世に生まれてきたことも偶然じゃないと
ここに居ていいと信じたいのです
─嗚呼 さ迷えどひた走る
必然の道標 探して──────
─────出典、road of major「偶然という名の必然」より抜粋。
「で 何が御必要ですか?」
丁寧だが腹黒い感じの声。そいつは黒のスーツを着込み、肘掛け椅子に座っていた。
…レイはこいつがあまり好きではなかった。
─こいつの名前は、中田 悠次─武器商人だ。
今俺たちがいるのは、旧武蔵溝ノ口駅第三エリア、複合商業施設跡だ。
この物騒な場所に居を構える“エクストラ・オーダー社”の長がこの中田である。
ちなみにエクストラ・オーダー社の本社は外国らしく、中田は支店長という立場。
「あ、あ〜必要なのはベレッタM92Fの弾、数量はいつも通りで。」
俺は緊張しながら答えた。
(こいつには簡単に気を許しちゃダメだ…)
「了解致しました。あぁ、御購入費はちゃんとお持ちですかね?現金以外は御断りですが。」
中田の目が黒く光る。お分かりの通りこいつは金にうるさい。
俺は財布を取り出して中身を見た。
…札が数枚…、ギリギリ足りる。
(これ払ったら飯食えないな〜)
一瞬躊躇したが、撃てない銃を持っていてもしょうがない。銃弾を買うことにした。
「ちやんとあるぜ〜、中田さん。」
「それは結構。金さえあれば銃弾だろうが、機関銃だろうが、戦車だって御売りしますよ♪」
若干引きながら、俺は中田に金を押し付けた。
───ガッ! バシッ!
目にもとまらぬ速さで受け取った金を封筒に入れ、引き出しに締まった。確実に拳銃を抜くより速いだろう。「確かにお受け取りしました。」
中田は金をしまうと、背後の扉を開けようとしたが、偶然気がついたように言った。
「私は御注文の品を取りに行きますが、商品庫を見ていきませんか?つい先日新しく入荷したんですよ。」
新しいおもちゃを買ってもらった子供の様な明るい笑いを浮かべている中田。
「ふ〜ん、少し見ていくかぁ」
レイは中田に続いて商品庫の中に入っていった。
───────────────
「ちょ……、中田さんこれどうやって国内に入れたんだよ!?」
商品の中には、ありとあらゆる拳銃、機関銃、グレネート、手榴弾、果てには対戦車ライフルまでが無造作に置かれていた。
「私には本社以外にもちょっとしたコネがありましてねぇ…」
そう言いながら中田は“DANGER”と書かれた弾薬の箱をごそごそやっている。
(“ちょっとした”って─この対戦車ライフルとか米軍のじゃねえか…こっちは中国語とか書いてあるし)
レイはそう考えながら、やたらと漢字が書かれた箱から一丁の拳銃を取り出した。
「それに興味が御有りで?御購入になりますか?」弾薬箱からレイの注文した銃弾を取り出した中田が、レイを見て言った。
こいつの目には商売の事しかないのだろうか…
「い、いや見てただけですよ〜」
俺はあわてて、拳銃を箱に戻した。このまま持っていれば、無理矢理買わされるかもしれない…
「金さえあれば何でも売りますよ、何でも。大事なことですから二度言いました。」
銃弾の詰まった弾倉をレイに渡しながら、中田は黒い笑みを浮かべる。
渡された弾倉はすぐに装填しておいた。
「奥の部屋にもっとオススメが有りますが、見ますか?」
「あ〜、この後仕事なんでまた今度で」
ここにいたら何を買わされるかたまったものではない。適当に理由をいって去るべきだ。
「そうですが…ではまたのご利用を。」
中田は残念そうな顔で言った。
「んじゃあ、またよろしく頼みますよ〜」
レイは足早に中田の店から出ていった。
───────────────
「遅かったね、なんかあったの?」
複合商業施設エリアを出たあたりでリンは待っていた。
(あんまんは既になくなっていた)
「いや〜、中田さんにいろいろ商品とかなんとか見せられてね〜」
レイはうわの空で答えた。
「あの人はいつも商売熱心だからね。」
そう言ってリンは顔をしかめる。この街であいつな好意を持ってる奴はそうそういない。ただ、武器商人としては一流だ。
「…んで、ボスは何時に集合だと言ってたん?」
「時間?それなら11時さ。………今の時間は………」
そこまで言ってリンは自分の腕時計を見る。
…みるみるリンの顔が青くなった。
レイは自分の時計に目を落とした。
既に針は11時を過ぎ、15分な なろうとしている。
「─や、ヤバい…ヤバいぞ、レイ!! もう11時を過ぎてるっ!」
言うやいなや、リンは駆け出した。
「うわ〜、まじかよ…、急ぐとしますか〜」
レイも後を追う。
「だいたい、あんたのせいだよっ!?市場よらないで行けば間に合ったじゃん!」
リンは走りながら悪態をついた。
「まぁね〜 でもリンだってあんまん買ってたよね〜」
「バッ、バカ野郎。あたしはいいんだよっ!」
2人はビル街の奥へと走っていった。
───────────────
溝ノ口エリア
とあるビル。
ブラインドを下ろした室内は薄暗い。部屋の中では2人の人間がソファーに座りながら、煙草を燻らせていた…
「あいつら遅いわねー。どこで道草食ってんのかしら?」
淑女的な女性の声が言った。声とは裏腹に内容が粗野だ。
「……いつものことだ。必ず来る。遅れてな…」
静かな初老の男性の声が受けた。年季が入った声だ。
「フフ……お寝坊さんのガキどもには説教をやらないとね…」
──チャキ、ガキンッ!
重々しい金属音が薄暗い室内に響いた。
───────────────
駅前から続く大通り。
二つの影が走り抜けていく─
「あともうちょっと…、レイ!今は何時!?」
先を行くリンは後に続く青年、レイに振り返りざま叫んだ。
「え〜、今ちょうど11時30分だぜ〜」
走りながら教える。のんきな声だ。
「マジかよ!!確実にボス怒ってるぞ」
女性らしからぬ台詞を吐いて、リンは速度を上げた。
ほどなく、目的地のある雑居ビルに、2人は到着した。目指すは二階だ。
走るスピードそのままに2人は階段をかけあがる。
「ハァ…ハァ…やっとついた。」
肩で息をしながらリンは呟く。
目の前には頑丈な鉄の扉があった。表札を掛けるべきはずのところには、黒地に“BHU”と白字で印刷されたシールが貼ってあった。
「この扉の向こうにボスがいるのか〜、会いたくねぇな」
レイが無責任にぼやいた。
「今日の遅刻はあんたのせいだから、扉はあんたが開けてよ。?」
リンが怖い顔でレイをにらんだ。正論なので反論できない。
「はぁ〜、分かりましたよ。開けりゃあいいんだろ。」
そう言ってドアノブに手をかける。
「案外ボスも遅刻してるかもな〜」
リンに振り返り、お気楽な顔で、ドアノブを回しドアを開けた。
「30分くらい遅れたって大目に…」
レイは顔を戻して部屋の中を見た。
──ガキンッ!
「…─伏せろ!!!!」
レイはリンの後頭部を押さえて、床に伏せた。
─ズダダダダダダダダダ!!!!
熱い熱風が二人の頭上を一瞬遅れて、吹き抜ける。
放たれた無数の弾丸は開け放たれたドアの向かうの壁に、無惨な傷を紡ぐ。
「ってぇー!! なっなんだよこれ!?」
無理やりレイがリンを床に伏せさせたので、彼女は額を床にぶつけたらしい。
「…頭を…頭をあげるな!!」
鉄の暴風は二人の15cmほど上をなぎ払っている。当たればただではすまない。
─ズダダダッ! キン、キン、キンッ…
「…あら、ずいぶん遅いのねぇ?お二人さん?」
部屋の扉の向かうで、女性が仁王立ちになっている。キリッとした顔立ちに、笑みを浮かべているが、放たれる感情にはどす黒い怒りが込められていた。
手にはなんと、MINIMI─軽機関銃が握られていた。
(おいおい、あんなんで撃たれちゃガチで肉片しか残らないぜ)
地面に伏せたまま、レイは白い顔で固まった。
「どこをうろついてたんだか知らないけど、時間は守りましょうねぇ?」
機関銃を構えながら彼女は二人に近づき、しゃがんだ。
「さて、どうしたものかしら?」
彼女の目が二人を見下ろす。淑女的な表情で微笑んでいたが、目が冷たい。
「あ〜、ボス? すまない弾薬の補給に行ってたのさ。そしたら中田の野郎が…」
─ガキンッ!
レイの額に硬くて冷たい突起物…つまるところ機関銃の銃口が当てられていた。
…レイの顔に冷や汗が流れる。
「言い訳は無用。」
彼女の顔にはさっきまでの淑女の趣が消えていた。そこにあるのは無表情な殺戮機械だ。
「…お…遅れてすいませんでした…。」
レイは正直に謝った。
まだ死にたくはさらさら無い。
冷や汗があごを伝って床に落ちた。
─ジャキッ
「分かればよろしい。さっさと仕事始めるわよ。」
既に表情は淑女的なものに戻っている。
二人はほっとため息をついた。
そう、彼女こそが神崎 零とリンの“ボス”─山中智美だ。モデルかと思うほどの長身をスーツに包んだ姿、漆黒の長髪に口紅を塗った唇、鋭い眼。どこからどう見ても大手企業の女性重役にしか見えない。
しかし彼女の本質は戦闘狂だ。外国の外人部隊に居たらしく元軍人なのだ。
ちなみに歳は聞かない方が言い。M2重機関銃で肉塊になりたくなければ。
「…さっさと仕事の話をしてくれ…」
初老の男の声がした。
「あぁー、来てたのかい?村仲のおっさん。」
床から起き上がったレイは、部屋の中央にあるソファに座る男に気がついた。
「…一時間くらい待ったぞ…」
村仲とよばれた男の前にある灰皿には、待った時間の長さを表すように煙草の吸い殻の山が出来ていた。
─彼の名前は村仲 理儀。優秀なドライバーだ。口数の少ない、地味な服装をした初老の男だが、腕は確かである。
「あ〜、すまねぇな、おっさん。」
レイはさすがに謝った。彼はここの一番の年長者だ。
「…かまわない。お前が自分の仕事をやってくれればな…」
新たに煙草に火をつけながら、彼は興味がなさそうに言った。
「それで今日の仕事ってなんなのさ、ボス?」
リンはソファーに座りながら、山中に聞いた。
「あぁ、まだ言ってなかったわね。」
山中は今気づいたように言う。
「今回の仕事はある企業から。川崎南部から北部へ行く輸送車から、あるものを強奪してほしいっていう内容よ。」
「あるもの?」
レイが拳銃の手入れをしながら聞く。
「情報よ。大量のメモリースティック。平穏時代のものらしいわ。」(平穏時代のものか。どうせ今は残らない先端技術のものってか)
銃身の掃除をしながらそう考えた。
「…中身がなんだろうと関係ない。奪って依頼人に届ければ良いだけの話だ。」
村仲が言う。
彼は先ほどの煙草を吸い終わり、次の煙草を箱から出そうとしていた。
箱の中に煙草が一本も入ってないのが分かると、明らかさまに顔をしかめた。
「そういうこと。あんたたち二人が遅れている間にこっちの準備は出来てるわ。そっちの準備ができ次第、行動開始よ。」
そう山中は言いながら、ソファーの向かい側にあるデスクの引き出しを開き、煙草の箱を取り出すと、村仲に放ってやった。
「…恩にきる…」
初老の男は嬉しそうに受け取った。すぐさま封を開けて煙草を吸い始める。
「俺はいつでも準備オーケーだぜ〜、ボス?」
「たいして準備する事は無いわね。」
レイとリンはそれぞれ自分の銃を確かめた。それだけでOKだ。
「そう言うと思ったわ。さぁ、こんな仕事さっさと終わらせるわよ。」
「「「了解っ!」」」
男女4人は席をたち、ドアから各自出ていった。
…俺たちの仕事?
俺たちは“奪い屋”
職務内容は人からものを奪うこと。
チーム名は“BHU”
─Black Hold Uppers─
──黒き簒奪者だ