─【五】─It will be rainning, but … <part4>
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狭く薄暗い部屋の中に重い空気が流れた。
誰かしらが持つタバコの煙が、無頓着に各人の合間に広がっていく。
この部屋にいるのは、みなあの時代──Peaceful age……平穏時代の終焉───を経験したものばかりだ。
あの時代は激しすぎた、…………そう、何者も喪失から逃れられないほどに。
沈黙の時間は一瞬だが、今この部屋の中のそれぞれの心ではあの激動の全てが繰り返されていた。
「…………まあ、各人思うことはあるかもしれないけど会議を続けるわ。」
どんよりとした部屋に山中の声が響いた。
「今回見つかった情報は合衆国のもの……それは確かだわ。
でも中身はたいした内容ではないニホンの気象情報やら雑貨の備品状況やら。
今のところ軍事的には何の動向もない。心配する必要はない………
………って言うのはあまっちょろい考えね。」
山中のずいぶんな溜めを含んだ言い回しに、聞いているものたちは顔をあげて眉を細めた。
「……なんだい?その言い方は、あぁ?
そんなに気になることがあるっていうのかよ?」
湿気た煙草をくわえて、腕を組んだ小林は不服そうに吐き出した。
「ふん……貴方の単細胞なお脳じゃあわからないかもしれないわね……
「おい……喧嘩売っt「うるさいわねぇ……
貴方にも解るよう簡単に言ってあげるわ。
疑問はこうよ
何故こんなどうでもいいような情報をスーパーコンピュータを使って解読するような暗号に変換したのか……
しかさその情報を何故東柴社が運んでいたのか……
まあこういうことよ。
貴方も街を牛耳るくらいならこれくらい考えなさい。」
再び青筋をたてて口を開いた小林を制しながら山中は言い切った。
最後ににやっと笑いながら。
「ぐっ………毎度毎度見下げたように言いやがって……
………ずる賢い女狐野郎め」
「あら、それをいうなら貴方は野生のゴリラよ?
それに“見下げたように”じゃないわ……
“見下げてる”の。」
互いに顔を突き合わせながら言いあう。
お互いの利き腕が既にポケットの中の獲物を握っているのは明らかだ。
「───ほらほら、口喧嘩なり殴り合いなりは会議が終わってからにしてくれませんかねぇ?
我らが求めてるのは汚い罵りと飛び交う銃弾ではなく、“情報”。
そう、“情報”なのですよ」
今まで傍観していた中田が煙草に火をつけ、薄ら笑いを浮かべながら口を挟んだ。
「……全く俺も同感だ。
そこの金に汚い武器商人と意見が合うとは夢にも思わなかったけどね。
情報屋の俺としては金に勝るものが情報なもんで。」
相変わらず足を組みながら崎山も呟く。
「私にとっては情報=金なんですよ」
快活な笑いをあげながら中田がその後に付け足す。
目は笑っていなかった。
「………ふふ。最もな理由ね。
今ある情報は少ないわ。
それに対して過剰な反応するのも馬鹿らしいし、完全に無視するのも危険……」
睨み付けていた小林から目を離し、ソファに深く腰掛けながら神妙な顔で山中は言った。
「………というコトは……必要なのは更なる情報、そうデスネ?」
足を組んで顎に手を添えながら、義は尋ねる。
「その為の会議よ。各人には情報網の拡大をお願いするわ。」
「……なるほどな。
別に街に大きな影響力があるわけでもないのに、俺が呼ばれた訳が解ったよ。」
崎山が両手を首の後ろに回して伸びをする。
「そういうこと。
この街は危うい均衡の上に成り立っている……
あの時代の終焉から興った街よ。
矛盾と混沌を基礎となし、暴力すらも糧として存在する………
この街を守る。
異物を排除し我らが“街”を維持する。
それが私達、力有る者の“raison d'etre──存在意義”よ。
暴力と金を牛耳る私達のね。」
そういいながら山中は各人を見回す。
その目には鋭い光が煌めく。
「ふん──要は影でこそこそしてやがる、顔に覚えのない野郎共を見つけりゃ良いわけだろ?
簡単な話だ。」
くわえていた煙草を摘まみながら、小林が答える。
「───単純明快───
それが“力”さ。
正直あんたらの誰とも分かりあえるたぁ、これっぽっちも考えてねぇ。
だがな、“力”は唯一俺たちが同じように持つもんだ。
だから言わしてもらうぜ。
俺たち“鬼口会”は
極道の仁と義にかけて
この街に忠誠を誓う。
それだけだ。」
そう言うと小林は、部屋の隅に置いてあったごみ箱に向けて湿気た煙草を放り、スッと立ち上がった。
「俺ぁ先に帰らしてもらうぜ。
頭を使うのは俺たちヤクザの仕事じゃねぇしな」
「新しい情報が入り次第、連絡するわ。
貴方とは二度と会いたくないのだけどね」
体を翻し、ドアに向かうその背中に向けて山中は呼び掛けた。
「はぁ、そうかい……そんな事ぁ俺だって思うぜ、この女狐野郎。
じゃあな、他の方々。」
ドアを開けて最後の台詞を吐く。
───ガッシャン!!
小林は乱暴にドアを閉め、出ていった。
「…………さてと、
メンバーも欠けたことですし、これ以上ここで話し合うこともないでしょう……
自分も帰らせていただきますよ?
仕事を残していましてね」
立ち上がった中田がスーツの折り目を正しながら言う。
「ワタシも帰らしていただくヨ、山中サン?」
それと同時に隣に座っていた義も立ち上がった。
「───ええ、さっき言ったように情報の件は頼んだわ。
他については後日におって連絡する。」
二人が出て行った後、部屋には山中と埼山が残された。
「そう言えば、あんたのとこの他の連中はどうしたんだよ?」
埼山がふっと気づいたように言った。
「私無しで仕事にいってるはずよ。」
「………ふーん。
もしかしてガソリン関係か?」
「……何で知ってる?」
山中が訝しげに鋭い目を椅子に座ってる青年に投げかけた。
「……ああ、リンの奴が此方に来て情報を買ってったんでね。
確かそんな感じの情報だったはずさ」
ズボンのポケットから使い古した手帳を開き確めながら言っていた。
「………成る程ね。
で何でそんなこと聞くのよ?」
納得げに埼山の返答を聞いた山中は、切り返し質問をする。
………ちょっと考えるように間を置いて埼山は呟いた。
「…………いや、なんとなくね
嫌な感じがして」
「──ま、私も含めてBHUは、いつでもトラブルに巻き込まれているようなものよ」
煙草を取り出して火をつけながら、自嘲気味に彼女は言う。
吐き出す煙は薄暗い室内の闇に消えていった……
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