第8話 ゼロから始めるしかない
花咲里明日奈としての動画配信チャンネルは、アワチューブだけじゃない。
ネチョネチョ動画とか、ツイッピーとか、PickPockにもある。
まあ、どれもフォロワー数が良くないんだけど。
世界はまだ、あたしという逸材に気付いていないのだ。
いつか大いに飛翔することを夢見て、あたしは活動を続ける……はずだった!
上鳴明と入れ替わったせいで全てを失ったあたしは、昼休み中に自分のチャンネルを眺めてため息をついていた。
「もうここで配信はできない……。うう……。しかも明がここで配信するとも思えない……。絶対キャラが違うもん」
ここまで積み上げてきたものが……!
いや、ほとんど成果は出てなかったけど……!
「いつ元の姿に戻れるとも限らないし、下手な未練で残したら明の活動に支障が出る……。ここはゼロからの出直しをするしかないわね。さらば、あたしのチャンネルたち……!!」
ネチョネチョ動画を、ツイッピーを、PickPockを削除する。
ああ、心の中のあたしが涙を流している!
明がこれ以上ビッグになった時、あたしが何かのミスで配信してしまって、あたしがあたしで無くなったことが世界に知られてしまうだろう。
……いや、せいぜい登録者二桁だったチャンネルだとそんなことも起きないか……?
ぬぐぐ、登録者数至上主義の世界が憎い。
「どうしたのですかな上鳴氏。まるで世界を憎んでいるような顔をして」
世界を憎んでたんだよ!
「それで、開かずのオカ研部室攻略の手立てはありましたかな?」
「なんで俺がその作業をする前提に……?」
「ハハハ」
ハハハではない。
刑部恵美奈、食えない女だな!
「例えば上鳴氏が悪霊と戦っている姿でPickPockの動画を撮れば、バズるのではないですかな?」
「なんですって」
彼女の口からポロッと出てきた言葉に、あたしは反応した。
そ、そ、そ、それだよーっ!!
幸い、明の体は法術とか言うものを使える。
そしてあたしは、明の法術の仕組みを解明している。
この肉体とあたしの頭脳があれば……やれる!!
「よし、やろう。こんなこともあろうかと、マスクを持ってきてるんだ」
「マスク……? ああ、個人情報の漏出を防ぐための……? ですが制服と建物の構造でどこなのかは分かってしまうのでは……ひゃああー」
恵美奈が悲鳴を上げた。
あたしがマスクを取り出して装着したからだ。
「な、な、なんですかなそのマスクは!? 黒地に左右に雷マークが入った、見ているだけで背中がムズムズするデザイン!!」
「かっこいいだろう? 俺はこれでサンダーマスクになる」
恵美奈が何とも言えない顔になって身をよじった。
「うああ~、共感性羞恥~」
「何いってんの。あともぞもぞ動くな」
でかいものが動くのが見えると、あたしの中の敵味方判別装置が起動してしまう。
巨乳は敵だ。
なのに明の体が反応する。
ああーっ。
心と体が二つあるー。
「上鳴氏だってくねくねしているではないですか。それで、やるんですか、今すぐやるんですか、どっちなんですか」
「強引なやつだな!? 選択肢が無いじゃないか! いや、やるけどさ」
あたしは素早く、PickPockを再登録した。
登録名はサンダーマスク。
ここから……新たなあたしの戦いが始まる!!
男と入れ替わっても、あたしの人生が終わったわけではないのだ!
「よし、案内してくれ恵美奈」
「な、名前で!! ひええ、男子にそのように接された経験が少ないので、大変ドキドキしますな」
しまった!!
男は女の名前をすぐには呼ばないんだったっけ!?
くそーっ、ルールが何もかも違う……!!
ええい恵美奈、くねくねするんじゃない!
彼女に案内されて向かったのは、校舎三階の端。
使用されていない机と椅子が積み上げられ、即席のバリケードになっている。
ここから先が、開かずのオカ研部室としてダンジョン化してるってわけね。
それにしても、あの有名なリトルウィッチ・デュオがダンジョンを討ち漏らすなんてね。
きっとそこに住んでるモンスターが、よっぽど逃げるのが上手かったんだろう。
二人でバリケードを崩し……。
その奥へと入り込む。
空気が変わった。
屋内だというのに、じっとりと湿った冷たい風が流れてくる。
振り返ると、後ろにはバリケードがなかった。
どこまでも続く、薄暗い廊下だけがある。
「スマホ預ける。俺を撮影してくれ!」
「分かりましたぞ! 上鳴氏の勇姿を見届けますぞ!」
「俺の活躍を撮影するんだからな!? 分かってるな? では……装着!」
「ひええ」
「マスク付けただけでくねくねするんじゃないよ! かっこいいだろこれ? 全く……」
あたしは武器になるものを探す。
どこまでも続く廊下は荒れ果てており、破損した机や椅子が転がっている。
焼け焦げた跡もある。
リトルウィッチ・デュオが暴れた直後から、ここは時間が経過してないんじゃないの?
どういう原理か分からないけど、ダンジョンってきっとそういうものでしょ。
そんな事を考えながら、あたしは折れた机の足を拾い上げた。
「よし、今回はこれで行く。ええと……明の法術ってなんて言ったっけ。まあいいか。おら! 武器になれ!」
あたしが睨みつけると、机の椅子はぼんやりと光った。
これでよし。
「上鳴氏!?」
「サンダーマスク!」
「ひぃぃ、さ、さ、サンダーマスク氏、その力は一体……」
「俺には不思議な力があったんだ……。手にした道具を魔法のアイテムに変えてしまう力だ。そしてもう一つの力がある。これは今から見せてやるぜ」
スマホに指を向けて、ビシッとポーズするあたし。
決まった……!
ああこら恵美奈!
恥ずかしがって悶えるんじゃない!
スマホが揺れる!!
『オ……オオオオオ……。ようやく……ようやく、新たな贄が……』
どこからともなく這い出てくる、ぼんやりとした人型の影。
これがオカルト部ダンジョンに巣食うモンスターか!
「出たな!」
「出たあ!」
妙に嬉しそうな恵美奈なのだった。
きちんと撮影するんだぞー!
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