第1話 入れ替わりは突然に
気付いたら、床に倒れていた。
……まただ。
また、除霊の最中にやられてしまった。
「おいおいおい、相変わらず弱いなあ君」
眼の前に足が見える。
今回、僕に同行した退魔師だろう。
「手に取った物を一時的に法具にする法術だったっけ? なんつうかさ、そのせいでまともな法具が使えないなら……クソだよねえ? 君が法具化した鉄パイプじゃ、悪霊一匹祓えないんだもん。ほんと、弱いなあ。じゃ、仕事完了の報告は俺がしとくから」
彼の足音が遠ざかっていく。
「あとさ、この仕事辞めたほうがいいよ君。才能ないわ」
彼の声が、僕の胸に突き刺さった。
才能が……無い……。
しばらく寝転んでいたら、体が動くようになった。
霊障による体の麻痺だったためだろう。
大本である悪霊は彼が祓った。
だから、僕の体の霊障も消え去ったのだ。
「はあ……。やっぱり僕は才能が無いんだろうか……。これしかないのに……」
ため息が出てくる。
退魔師を輩出する家柄に生まれた僕は、使い物にならないと言われる程度の法術しか持っていなかった。
そのために、家を追い出されて今は一人暮らししている。
正しくは、家にいると才能ある他の一族から迫害されるため、両親が逃がしてくれたのだが。
それでも生きるためには仕事をしなくてはならないし、僕の能力はこの、手にした物を最低レベルの法具に変える法術しかない。
「帰ろう……。それに、バイトの時間だ。せっかく仕事が決まったんだから、頑張らないと」
僕はついにプライドを捨て、退魔師としてだけではなく、フリーターとしてアルバイトで食いつなぐことにしたのだった。
見つかった仕事は……。
ダンジョン配信のサポート。
「ダンジョン配信……。あまり見たことはないけど、素人が悪霊を祓うのをショーみたいに見せるものだろ? 上鳴の家のみんなも、あれは良くないって言っていたし……。それに素人が悪霊祓いなんか危ない。経験者の僕がサポートしないと……。いや、でもよく考えたら僕も一人じゃ悪霊祓いをまともにやれないんだから、同レベルか……」
ため息しか出てこない。
途中で立ち寄ったパン屋で、焼きそばパンを買ってご飯にする。
コンビニより高いけど、美味しい。
「毎度ありがとうございまーす!」
小柄な店主の女性がニコニコしていた。
「ど、どうも」
会釈して、バイト先に向かう。
ファイヤー・アンド・ウインド合同会社。
そういうなんか微妙な名前のところだ。
会社は駅裏の一角。
大きな霊障があったとかで寂れた地区の、古い雑居ビルの中にあった。
場所は四階。
四号室。
ガタガタ音を立てる、古いエレベーターに乗って到着する。
会社の扉をノックしたら、
「集金? 中には誰もいないよ!!」
と野太い男性の声がする。
いないのに返事したらダメじゃないかなあ……。
「あの、今日からのバイトで……。上鳴明です」
「あっ、上鳴くん!? どうぞどうぞ!」
扉が開くと、お腹の出た男の人が立っていた。
体が大きくて、髪の毛を金色に染めている。
根本は黒くなっていてプリンのようだ。
ラウンド型のサングラスをしていて、額からは角が生えていた。
オーガの人だ。
僕が生まれるより少し前に、この世界に異世界の住人が住み着いたと聞く。
物心ついたころからこう言う人達がたくさんいるので、僕は気にならないけど……。
退魔師たちは、こういうのを良くないと思っているようだ。
「社長ー? 誰? バイトの人ー?」
部屋の奥から、女の人も出てきた。
僕と同い年くらいの、気が強そうな人。
黒い髪をボブカットにしていて、背丈は僕より頭半分くらい低い。
ちょっと着崩したどこかの制服姿で、学校帰りらしい。
「花咲里ちゃん、この人ね、配信補助。現役の退魔師だって。即採用しちゃった」
「マジで!? あのバイト代で、現役退魔師雇えたの!? ってか、あたしと同い年くらいじゃない? あ、よろしくー。あたし、花咲里明日奈。上鳴明くんね」
彼女は笑いながら手を差し出した。
「は、はい!」
僕は彼女の手を握り返す。
柔らかくて温かい……と思ったら、思ったよりも指先が荒れてる。
苦労していらっしゃる……!?
「それで、俺がここの社長のファイヤーね。俺がファイヤーで、花咲里ちゃんが風ってことで、ファイヤー・アンド・ウインド合同会社。俺は撮影と編集担当で、花咲里ちゃんはダンジョン配信担当。君はこの補助だね。頼むぞー、現役退魔師くん!」
ファイヤーさんが俺の肩をバンバン叩いた。
「は、はい! 頑張ります!」
凄い……凄いパワーだ……!!
「じゃ、早速行こうか」
「はい? ど、どちらへ……?」
「どこって、ダンジョン配信に決まってるじゃん! いい? あたしらには……時間がない!! ないんだよ明くん!!」
「えーっ!?」
話が……話が早すぎる!
二人の顔を見た次の瞬間に仕事が始まるなんて。
退魔師の仕事でも、こんなにスピーディーじゃないぞ!?
しかも今回の仕事場は、とても近いところだった。
同じ寂れた街の一角で、経営者が首を吊ったんだそうだ。
その経営者は悪霊になり、雑居ビル一つを占領してしまった。
こうなったビルは霊郭と呼ばれる悪霊の住処になり、中身は本来の空間よりもずっと広くなる。
構造まで大きく変わって、まるで迷宮のようだ。
巷ではこれをダンジョンと呼んでいて、これも退魔師協会では苦々しく思っているようだ。
しかも、ダンジョン認定された霊郭は国の管理化に入るため、退魔師もおいそれと手出しができない。
ダンジョン攻略は入札制なんだそうで、退魔師がうかうかしていると今回みたいにダンジョン配信者に持っていかれるんだそうだ。
僕が生まれたときからそういう世界なんだけど、唐突に世界がこう変わってしまったら、確かにみんな困るよなあ……。
「はい、上鳴くん! これ音声器材ね! 俺撮影するから。君はそれを持って花咲里ちゃんの後ろ走ってね! 花咲里ちゃんが危険になったら悪霊を蹴散らしちゃっていいから!」
「あ、はい! ……なんですかこれ?」
「木の棒にマイクくくりつけたやつ」
「撮影機材もなんか、その……」
「俺の自前のスマホ。本当は配信用のアドベンチャラーフォン……通称Aフォンってのが必要なんだけどさ。俺も花咲里ちゃんも、先立つものがなくて……」
「そそ。あの事務所だって、実質社長とあたしの家だもん」
「なんですって!?」
と……とんでもないところにバイトに来てしまったかも知れない。
というか、バイト代は払われるのか!?
「じゃあ配信するからね! 上鳴くん、お喋り禁止だぞ!」
「あっ、はいっ!」
配信が始まる。
一度もまともに見たことがないダンジョン配信。
まさか、配信者のサポートに回って体験することになるなんて……。
人生は分からない。
でも、仕事である以上は精一杯頑張ろう。
花咲里さんが身につけていた服を脱ぐと、その下からアイドルみたいなひらひらした緑色の衣装が出てきた。
そんな格好で悪霊祓いを!?
「こんかざり~! かざりちゃんねるへようこそ! 今日はですねー、この近くのスーパーで買ってきたゴボウを使ってダンジョン配信していこうと思うんですよね!」
「ゴボウで!? そんな無茶だ!!」
思わず声が出てしまった!
でも、危険すぎる!
そんなの止めなくちゃ!
※『男の声が!?』『かざりちゃん嘘だよな……!?』『なーんちゃって』『社長さん、また新しいスタッフ雇ったんだな』『次はいつまで生き残れるか……』
社長の持っているスマホに、そんなコメントが流れていく。
社長は僕を見て、難しい顔をした。
「元アイドルの配信に男の声が入ったら、恋人疑惑で炎上しちゃうでしょー! 花咲里ちゃん今が大事な時期なんだから! 控えてねって言ったでしょー!」
「あ、す、すみません」
※『ガッツリ声入ってるんだがw』『いつもの茶番w』『いえーい社長見てるー?』
「こらお前らーっ! これは! あたしの配信だっつーの!! あたしを見ろ! あたしだけを応援しろーっ!!」
※『はーい!』『ウィ』『ダー』
なんだ……!?
なんなんだ、この光景……!?
僕達が入り込んだこの雑居ビルは、完全に霊郭になってしまっている。
危険な気配をビンビンに感じるし、とてもふざけていられるような場所じゃない。
なのに……なんだ、この和気あいあいとした空間は……!
そしてそこへ現れる、悪霊。
『ウボア~……! 恨めしい……恨めしい……!! 運営資金を持ち逃げした共同経営者が恨めしい……! 捜査が遅々として進まない警察が恨めしい……! ちょっと倒産しそうだって告げたら子ども連れて家財道具一式持って逃げた妻が恨めしい……』
「えっ、かわいそう。流石に周りがヤバいってそれ」
花咲里さんが素で同情した。
いい人なのかも知れない。
『おおおおお! だから! このビルに入り込んだ全ての人間に! 八つ当たりをするぅぅぅぅぅ!』
しょぼくれた男性に見えていた悪霊が、その姿を大きく変える!
顔の半分が骨のような覆面に覆われ、体の大きさは二倍近く。
長く伸びた手には鉤爪が生えていて、これを振り上げる!
「あっ! コ゚、ゴボウでこれを防ぐ……!」
「伝説の配信者、きら星はづきはこれで伝説になったんだ! いける、いけるよ花咲里ちゃん!」
「いけるわけないだろーっ!?」
俺はマイクを放り投げて走り出していた。
だって、ゴボウ一本握りしめた女の子が、攻撃を加えようとする悪霊の前で棒立ちしているんだ!
見てるだけなんてできるはずがない!
※『同接七人だし?』『さすがに無理ではないか』『いかーん』『あ、画面外から男が出てきた』
僕は彼女が握っているゴボウに手を伸ばし、
『護法転身!』
法力を使った。
沢山の人が見ている配信で、秘すべきものである法力を行使する。
それは退魔師にとってご法度だ。
だが、人の命が失われようとしているんだ!
構ったことか!
ゴボウに、僕の力が宿る。
それは法具となって……悪霊の一撃をどうにか受け止めた!
……受け止めた!?
いくら法具になったとは言え、ゴボウが!?
だけど、僕らは無事じゃなかった。
悪霊の一撃はすごい威力で……。
「あひいいいいいいいいいい」
「うわああああああああああ」
僕らは一緒になって吹っ飛んだ!
「か、花咲里ちゃーん!! 上鳴くーん!!」
社長の叫びが聞こえる。
僕らは抱き合うようにして床をゴロゴロ転がり……。
置いてあった事務机にぶつかって止まった。
「あいたたた……」
僕の声がする。
「やっぱゴボウじゃ無理かあ! 伝説の武器とか言われてたけど、誇張でしょそんなん……!」
僕の声で、何か喋っている。
……!?
僕はそんなこと、言ってないぞ!?
「ちょっと、ちょっと待って。なんで僕の声でゴボウなんて……」
僕の口から出た声は、高くて澄んだ女の子のものだった。
な、な、なんだこれーっ!?
立ち上がる僕。
眼の前には、目を見開いて僕を見下ろす……僕がいた。
「ななななな!? なんであたしが!?」
「どうして僕が!?」
「これはもしやー!!」
社長の大声が響き渡った。
同時に、彼の持っているスマホの画面でコメントが流れる。
※『い、入れ替わってる~っ!?』
数話ごとに、一人称の語り手が上鳴明、花咲里明日奈で入れ替わります。
お読みいただきありがとうございます。
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