残された仲間
■継承の光
あれから百年が過ぎた。
勇者と魔王も世代が流れ、私は新たな勇者について観察を続けていた。
いや、正確には違う。勇者が「失った後」のパーティメンバーの行く末と言った方が正しいだろう。
三人が魔王城へ辿り着いたのは、勇者が命を落としてから三日目のことだった。
剣士ゲイル、僧侶ハーラン、魔法使いミュリエル。
誰が見ても戦い続けられる状態ではなかった。けれど彼らは来た。勇者の遺した何かを、手のひらに残る熱のように抱えたまま。
玉座の間には、巨獣のような魔王がいた。
影と憎悪を圧縮したような姿。もはや人の形の面影すらない。
だがその瞳だけは、獣よりも鋭く、そしてどこか疲れていた。
「行く……ぞ……!」
「勇者の意志は……我らが……!」
「せめて……届いて……!」
三人は互いの身体を支え合い、ふらつきながらも前へ進んだ。
私は距離を取りながら、それでも確かに筆を走らせていた。
ゲイルの剣は欠け、ハーランの祈りは掠れ、ミュリエルの魔力は空っぽだった。だがその足だけは止まらなかった。
勇者が灯した小さな火を、消さぬように守るために。
魔王が一歩踏み出す。石床がたわむほどの重圧。
その一歩だけで、三人の身体が吹き飛んだ。
魔法が砕け、剣が折れ、祈りが途切れる。
だが魔王は、動きを止めた。
倒れていく三人を、まるで“理解しようとするように”見つめていた。
敵としてではない。
哀れみでもない。
ただ――違和感。
勇者でもない者達が、ここまで辿り着いた理由を、理解できないという表情。
その視線の前で、三人の身体に光が灯り始めた。
白い光。
静かで、温かくも冷たい光。
死者を慰める慈悲とも、祝福とも違う――もっと別の何か。
私はあの光を知っていた。勇者が死んだときにも見た光だ。
光は三人を包みこみ、輪郭を削り取り、やがて跡形もなく消した。
まるで“素材を回収する”かのように。
魔王は、その光景をただ見ていた。
手を伸ばすことも、触れることもできない。光は魔王を拒むように、淡々と三人の存在をさらっていった。
私は震える手で記録帳を開いた。
勇者の死のたびに現れる光。
その光が死者を回収する現象。
それが勇者だけでなく、その仲間にまで及ぶという事実。
ひとつの仮説が形になりかけていた。
――勇者の力には継承の仕組みがある。
――倒れた勇者の力だけでなく、その仲間さえ、次代のための糧となる。
――積み上がるほどに、次の勇者は強くなる。
もし、何十代、何百代と重ねた先に、完全に“仕上がった勇者”が生まれるとしたら。
そのとき世界は、どうなる?
魔王はどうなる?
神は?
私は記録の手を止めた。魔王がこちらを見ていることに気づいたからだ。
巨獣の形でありながら、その目だけは、どこか痛ましかった。
まるで――気づくべきでない真実を、共有してしまったかのように。
光が消え、静寂だけが残った。
私は記録帳を閉じる。
「……やがて勇者は、魔王を圧倒し始めるのだろうか。
その果てにあるのは……救いか、それとも破滅か」
答えはない。
ただ魔王だけが、深く、苦しげに息を吐いた。
私はその音を最後に、筆を置いた。




