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第9話

 日曜日の図書館。学習スペースとして使える窓際のテーブルに二人は並んで座った。テーブルの上には「図書館では静かにしましょう」というプレートが立っている。

 トートバッグの中から数学の教科書を取り出すと、鳴海が「それ」と小さく声を上げた。

「俺のも同じ」

 ほら、と鳴海もバッグの中から、同じ表紙がデザインされた数学の教科書を取り出す。ただそれだけなのにテンションが上がる。和たちはくすくすと笑い合った。

「なんか、今日だけ同じ学校に通ってるみたいで嬉しい」

 教科書で口元を隠すようにして鳴海が言った。口元は見えないけれど、目元で笑っていることが分かる。和の心の真ん中が、きゅんと小さな音を鳴らした。何かに摘ままれたような感覚。顔に熱が上がって来るのが分かる。和は慌てて鳴海と同じように教科書で顔を隠した。

「そ、うだね」

 そう答えた和の声は微かに上擦った。

 後ろから聞こえる咳払い。驚いて振り返れば、図書館の職員が二人のことを見ていた。静かに、という忠告のようだ。和たちは「すみません」と謝って、テーブルに向き直った。

 そっと和は鳴海の横顔を盗み見た。シャープペンシルをカチカチとノックして、教科書に向き合う横顔があった。和の視線に気づいたのか、鳴海の視線が動く。和は見ていたことがバレないように、急いでノートに視線を落とした。

 また、知らない鼓動の音が胸の中に響いている。


 時々小声でお互いの分からないところを教え合いながら、勉強を進めていく。それが一時間半を過ぎたころ、鳴海がテーブルに突っ伏した。

「もうダメ。一旦、休憩」

 鳴海はふにゃりと和に笑って言う。

「休憩室行く? 私も疲れちゃった」

「そうしよう」

 和たちはそれぞれ出したものをトートバッグの中に片付けて、席を立つ。図書館の奥に自動販売機とベンチが置いてある休憩室があった。そこでなら普通に話をしても良いというルールが設けられている。

 和と鳴海は冷たいお茶を購入して、ソファーに腰を下ろした。お茶を一気に呷った鳴海は「生き返る」と大きく息を吐き出して、どっぷりと背もたれに背中を預けた。

 和もお茶を一口、喉に流し込む。ずっとフル稼働していた頭が冷やされていく感覚。体の力を抜くように息を吐いて、「疲れたね」と鳴海に笑いかけた。

「しんどくない?」

 鳴海のその質問が、心の調子について訊いていると分かる。

「全然、大丈夫」

 和が胸の前で小さく拳を作ってみせれば、鳴海は「それはよかった」と安心したように口元を緩めた。

 休憩室の外に植えられた大きな木によって、夏らしい陽射しは随分柔らかな日差しになって窓から差し込んでいた。

 足音さえ慎重になる、独特な静かな空間。本の香りはほんのりと休憩室にまで漂って来ている。

「笹原さんって、幼馴染に『なご』って呼ばれてるの?」

 脈絡なく、鳴海が問いかけて来た。

「さっき、そうやって呼ばれてるの聞いて」

「うん。大地だけじゃなくて、お母さんとお父さんもそうだよ。あと、幼稚園からの女の子のお友達からは『なごちゃん』って呼ばれてるかな」

 そうなんだ、と鳴海は頷くと、じっと黙り込んだ。

「藤原くんは? あだ名とか、ある?」

 話題を広げようと、今度は和が質問を返す。

「俺? 俺は、水泳部の奴と家族からは『なる』って呼ばれてる」

「そういえば、南藤井第一の水泳部の人が『なる』って呼んでるの聞いたことあるかも」

「小学生のときから一緒の奴が一人いるんだけど、そいつがそうやって呼ぶから、部内でも広まって」

「そうなんだね。でもいいな、仲が良い感じする」

 和はもう一口、お茶に口をつけた。頭の疲れもだいぶ解けて来たように思う。

「もうちょっと勉強頑張ろっか」と鳴海に声をかけて腰を上げようとしたときだ。

「あのさ」という鳴海の声に引き戻される。鳴海の視線が木の葉が揺れるように彷徨う。その後に、その視線は和に定まった。

「俺も、笹原さんのこと『なごちゃん』って呼んでも良い……?」

 おそるおそる、紡がれた言葉だった。予想もしていなかった申し出に和は一瞬呆けてしまったけれど、すぐにこくりと頷き返した。

「う、うん。もちろん、いいよ」

「え、本当にいいの?」

「うん。なんか、男の子にそうやって呼ばれることないから、ちょっと変な感じするけど」

 笑ったつもりだったけれど、なぜか頬が熱くてぎこちない。和は自分の顔を隠すように、下ろした髪の毛先を指で梳いた。鳴海のことが上手く見られなくなって俯く。

「やった」

 俯いた和の耳に、小さくそんな声が聴こえてきた。和は驚いて顔を上げる。そこには両手で口元を覆う鳴海がいた。顔は大きな手によって半分以上隠れてしまっている。その手の下の表情は、どんな風になっているのだろう。「やった」と小さく紡がれた言葉が聞き間違いじゃないのであれば、そこにはどんな感情が込められているのだろうかと、和は耳まで赤くしながら考えていた。


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