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第4話

「えっ、なる、プール入んの?」

 練習も終盤に差し掛かろうとしているころだった。和は聞こえて来た会話に振り返る。

「うん」

 いつの間にか競泳水着に着替えていた鳴海は、腕を伸ばして準備運動をしていた。

「痛むようなら無理すんなよ」

「大丈夫。……だと、思う」

「だと思うって、お前、適当すぎるだろ」

「じゃあ、大丈夫」

 じゃあ、って。と、笑い声が聞こえて来た。キャップを被り、鳴海はゴーグルを装着する。スタート台に立ち、トラックスタートの姿勢を取った鳴海は、笛の合図と同時に、理想的な角度で水面に潜り込んでいった。

 和はその姿を目で追う。五十メートルプールを鳴海はクロールでぐんぐんと進んでいった。

 綺麗なフォーム。肩の不調があると教えてくれたが、その影響を少しも感じさせることのない泳ぎに、和の口元は自然と和らいだ。

 しかし、ターン後、左腕のストロークが乱れたように見えた。しかしそれは一瞬で、次のときにはもうその乱れはなくなっていた。見間違いだっただろうかと、和は目を細める。

「やっぱ、速ぇなぁ。なる!」

 和の前を通り過ぎていった南藤井第一の部員が言った。

 確かに速い。潮高、南藤井第一、両方の部員の中でもトップレベルのスピードだろう。

 一緒にスタートした人たちの中、トップで百メートルを泳ぎ切った鳴海がプールから上がる。

 上がった彼は、プールに背を向けたまま振り向かない。右手が左肩を掴む指先だけが、爪の白を際立たせていた。一瞬感じた違和感はきっと、見間違いではなかった。

――肩、悪くてさ。

 淡々と紡いだ、あの日の鳴海の声が頭の中で響いた。あのときも彼は、一体どんな顔をしていたのだろう。


  *


 鳴海と連絡先を交換してから一ヶ月が過ぎた。

 天気がぐずつく日も増えて来て、間もなく梅雨入りが発表されるころだろう。天気予報では夜から雨が降ると言っていた。どんよりと曇り空が広がっている。

 学校帰りに受診した病院終わり、また偶然にも院内で鳴海と鉢合った。

エレベーターの前を通り過ぎて、当たり前のようにエスカレーターの方向へと歩いていく鳴海に和は驚く。

「帰らないの?」

 エスカレーターの前で鳴海が振り向いた。

「か、帰る」

 小走りで和はエスカレーターに駆け寄った。鳴海が些細なことを覚えてくれていることが嬉しくて、少しだけ顔が熱くなった。

「そういえば。連絡先聞いておいて、全然連絡しなくてごめん」

「あ、ううん。それは私も。なんか、改まって何かを送るって難しいよね」

「笹原さんにキモイって思われたらどうしようって思ったら、何も送れなかった」

「キモイなんて」と和は笑った。

「みんな、どんな内容でやり取りしてんだろ。普段、部活の連絡くらいでしか使ってないから」

「私も家族としかほとんどやり取りしないから分かんない」

「猫の写真とか送って良い?」

 学校のプールに野良猫がよく出て写真撮ってて。と、言いながら、鳴海はスマートフォンの中からその写真を見せてくれた。

 可愛らしい黒猫なのだろうけれど、めちゃくちゃ威嚇されている。背中の毛がこれでもかというくらい逆立っていて、和は吹き出してしまった。

「あはは。うん、送って。見たい」

 和は目元に滲んだ涙を指で拭う。

「笑い過ぎじゃない?」

「だって、すごく威嚇されてるから」

「なんか、俺だけすげぇキレられるんだよね」

 他愛ない話をしながら、駐輪場までやって来た。和は徒歩だったけれど、鳴海が自転車で来ているというから、流れでそのままついてきてしまった。

「え? 笹原さん、潮高のマネージャーじゃないの?」

 自転車のロックを外しながら、鳴海が目を丸くし、和を見る。

「うん。大会のときも、この前の合同練習のときも、頼まれて手伝ってただけで」

「ああ、だからか。先週の大会、いないなって思ってたんだ」

「うん。本当は帰宅部なの」

「そっか」

 自転車のスタンドが跳ね上げられる音が響いた。

「……じゃあさ、次の日曜とか、予定ある?」

 鳴海の視線が斜めに下げっていく。

「別に大したことじゃないんだけど。カフェとか……一緒に行かない?」

「……私と?」

 思わず、そう聞き返してしまった。

「俺はそのつもりで言ったんだけど」

と、今度は鳴海が肩を揺らして笑い声を上げた。


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