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第14話(Side Narumi)

 昼下がりの教室。鳴海は自分の机に突っ伏すように項垂れていた。

 勢いで告白してしまってから三日。メッセージアプリのやり取りも、あの日からぱたりと途絶えている。

 困らせてしまっただろうか。

 けれど、あれ以外に、和を引き止める方法が思いつかなかった。

「……さすがに怖がらせたかなぁ」

「なんの話?」

 弁当を食べ終わったばかりの鳴海の机の上で、同じ水泳部に所属している(幼稚園からの幼馴染である)アキトは、鳴海の数学のノートを写しながら首を傾げた。

「アキトには内緒」

「微妙に可愛い子ぶるの、やめてくんない?」

 キモイから、とアキトが笑う。もうノート貸すのやめようかな、と一瞬ムッとなったけれど、思考はすぐにそれどころではなくなって、鳴海は溜息を吐いた。

(もっとゆっくり近づいていくつもりだったんだけどな)

 自分の行動を思い返して、鳴海は苦く笑った。

 一目惚れだった。

 水泳しかなかった人生で、その水泳が怪我のせいでままならなくなって、薄曇りのような毎日を過ごしていた。そんな中で、彼女に出会った。南藤井第一に入学して、初めての水泳競技大会の日。ぶつかりそうになった女の子を見た瞬間、目が離せなくなった。

 そのあと、無意識に声を掛けていて、重そうに抱えていた彼女の荷物を一緒に運んだ。同じ市内にある、東潮ノ台高校の生徒だということは、和の襟元に光る校章で分かった。

 急に声を掛けたから困った顔してたよな、とか、名前なんていうんだろう、とか。自分の後ろをついてくる女の子の気配を感じながら、頭の中は忙しく色んなことを考えていた。

――あのっ、ありがとうございました!

 そう彼女が笑った瞬間。世界が瞬く間に色づいた。

 名前すら聞けなかった帰り道では後悔でどうにかなりそうだった。けれど、それから縁が奇跡的に重なって、病院や合同練習で再会することができた。

 このチャンスを逃してはいけないと、体が勝手に動いた。連絡先を聞いて、デートにも誘った。

 カフェでのデートの帰り道。彼女が、とても大きなトラウマを抱えていることを知った。

 詳しいことは分からないけれど、体が震えるくらい、男性に対し恐怖を感じるときがあること。思い返せば、初めて会った日から彼女の首にはいつも黄色い防犯ブザーが下げられていた。

――あんまり近付くんじゃねぇよ。

 そう割り込んできた、彼女の幼馴染の鋭い目付きや言葉の理由にも合点がいった。

 それでも、「今日は楽しかった」と言ってくれたこと。「藤原くんのことが嫌だとか、怖いとかじゃない」と伝えてくれたこと。「もっといっぱい遊びたい」と言ってくれて、とても嬉しかった。

 それからは、彼女を傷つけないように、怖がらせてしまうことがないように、ゆっくりと近づいていくつもりだったのに。

 早く彼女に会いたくて、現地集合で良いのにわざわざ家まで迎えに行ったり。幼馴染の「なご」って呼び方に嫉妬して、「なごちゃん」って呼びたいってつい口走ってしまったり。傘を返し忘れたのはワザとではなかったけれど、別にメッセージのやり取りでも事足りるのに、声が聴きたくて電話してしまったり。

 ましてや、「好きだ」なんて告白までしてしまう始末。全然ゆっくりじゃない、と鳴海は両手で自分の顔を覆った。

「なる、なにしてんの?」

 またまた同じ水泳部に所属しているクラスメイトの京介の声が聞こえてくる。

「珍しく情緒不安定。ひとり百面相中」

 アキトの説明に、京介は「なんだそれ」と笑った。

「そういえばさー、なる」

 アキトが思い出したように口を開いた。

「あの潮高の子、すげぇ可愛いよなぁ」

 なんか守ってあげたくなる感じ、とアキトが自分で自分の体を抱きしめる。鳴海が顔を上げると、京介が呆れたように笑った。

「アキト、お前ずっとそれ言ってない?」

「前の合同練習のとき、話しかけておけばよかったって後悔するくらいには」

ああ、そうだ。こいつ、あのときちゃっかり握手しようとしてたんだった。

「なるとあの子、いつから仲良いの? 彼女とかじゃないんでしょ? よかったら俺にも紹介して、」

「絶・対・紹介しねぇ!」

 立ち上がった弾みで椅子が大きな音を立てる。バン、と机を叩く音が、昼休みの喧騒を黙らせた。ジン、と両の掌に痺れが広がっていく。教室中の視線が鳴海たちに注がれた。

 鳴海の気迫にアキトが「ひっ」と小さく悲鳴を上げて身を縮こませた。

「い、や……なる、必死か」

 冗談っぽく京介が苦笑いを浮かべながら言う。そのうちに、徐々にまた教室内に喧騒が広がっていった。

「……あ~、もう!」

 鳴海は頭を抱えながら天井を見上げる。必死か? そんなの決まってる。必死すぎるくらいに必死だ。

 頭の中は和のことでいっぱいだし、三日も連絡がないならもう会ってくれないんじゃないかって不安で胸も詰まる。

 返事はなくていい、とか。これからも俺に会って欲しいが本音なのに「よかったら」と前置きをしたりとか。和の負担になりたくないという意地だけで何とか最後は恰好つけたけれど、心の中は大荒れだ。

 今すぐにだって和に会いたいけれど、自分からメッセージを送ることも控えている。

 机の上に置いていたスマートフォンがメッセージの受信を告げて震える。スマホの通知が鳴るたびに、和からかと期待して、違ったと落胆する三日間だった。

 どうせ母さんか姉ちゃんからだ。きっとそうに違いないと、期待しないようにしながらスマートフォンを見た鳴海は、

明日、会えないかな。

 和の名前とともにポップアップ通知に表示されたそのメッセージに、「あああ」と小さく声を漏らしながら、その場に力が抜けたようにしゃがみ込んだ。


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