二重絵画・表裏
土間に敷かれた藁の上で、君は熱い息を吐いている
粗末な山中の小屋だ
救うには手立てが少ない
僕には為す術もなく、汗ばんだ君の手を握りしめる事しか出来なかった
「早く逃げなよ」
君が、苦悶に身を曲げながら僕に言う
僕はかぶりを振ると、「でも」と言った
「でも、君はまだ生きてる」
君は馬鹿にしたように笑うと、力無く震える手で僕の躰を押しやろうとした
「もうすぐ、怪物になるよ」
「解るだろ」
答える代わりに、僕は君の唇に自分のそれを重ねる
君は驚いたように一瞬眼を視開いたあと、不意に哀しげな顔をした
「やめろよ」
「…………まだ、生きてたくなるじゃん」
君が隠しもせず涙を流す
僕は、雫の伝う君の頬を嘗めたい衝動に駆られた
代わりに僕は、横たわる君を抱きしめる
君は「やめ…」「離せよ………」と身をよじったが、直ぐに諦めて僕の頭と背中に腕を回して受け入れた
瞼を降ろす
君の心臓の音と、僕の心臓の音しかしない
この優しい時間がいつまでも続けばいいのに、と君が言った
程無くして、君の躰がびくんと跳ねる
そろそろの様だった
君が、僕と初めて会ったみたいな眼で僕を視る
ここまで総てが僕の望み通りだったのに、この事だけは胸が締め付けられた
君は、さっきまで瀕死だったとは思えない力で僕の首を絞め、けたけた嗤いながら僕の躰を片手で持ち上げて振り子の様に揺らす
「ありがとう」と言いたかったが、僕の口からは唾液が漏れるだけだった
『君が』
僕は心のなかで告解を始めた
『僕を食べてくれないから、こんな事をしたんだからね』
僕はずっと、君に食べられたかった
比喩では無く、一つの肉として君の歯に咀嚼されたかったのだ
君の胃に溶かされ、血になり、躰の総てを駆け巡りたかった
君の肉躰になりたかった
君は喉をいたぶるのに飽きると僕を乱暴に引き寄せて、菓子でも食べる様に肩を食い千切った
多幸感が脳裏いっぱいに広がって、僕はそのまま死んでしまいそうになる
───駄目だ、しっかりしないと…!!
君の食事は始まったばかりだ
その総てを味わい尽くす為、僕は期待に満ちた顔で息を吸い込んで呼吸を整えた