第64話【最終話】 オーリとユカリノ
「ちょっとぉ、危ないですって!」
懐かしい声、大好きな声、愛する声がユカリノの瞼を開かせる。
「……なっ!?」
「なんで、そんなことしてるんです、ユカリノ様。俺、怒りますよ」
オーリはむくりと上半身の力だけで起き上がり、そっとユカリノの手からフツを抜き取る。
「無茶はしないって約束でしょ?」
「お前が言うか! ばか! 私は本気だったんだ! お前と共に逝こうとっ……!」
その先は言葉が続かない。
ユカリノはオーリの胸に身を投げ出した。
「そりゃ俺は、ばかですけど、今回結構頑張ったんですよ〜」
「何のんびり言ってるんだ! もうちょっとで、二人とも死ぬところだったじゃないか!」
「でも生きてる。ユカリノ様も、俺も」
オーリはユカリノを抱きしめる。
「ね? 温かいでしょ?」
「ばかだ! 目覚めが遅すぎる! どれだけ……どれだけ私が辛かったと思ってるんだ! あんなやつに喰われてっ……もう、ダメだと」
「ごめんなさい。これでも必死で頑張ったんです。だってあいつ、すごく強かったんです。俺の体を欲しがってた。すごく欲しくて泣いてたんです。後悔やら憎しみやらがごちゃごちゃで……すごく混乱していた。俺、少しだけ同情して」
「オーリ!」
ユカリノは青年の温かい胸に耳を当てた。心臓が深く、大きく鼓動している。
よかった。
この音はオーリのものだ。あいつの音じゃない。
「……で、あの、ユカリノ様」
「なに?」
ユカリノはオーリの胸に頬を押し付けながら泣いている。
「さっきの話。本当ですか?」
「さっきのはなし? なに?」
「えっと、そのぅ……俺のお嫁さんになってくれるって、言ってましたよね? いや、確かに言ってた!」
「……聞いてたのか?」
「そりゃ聞くでしょ。俺、あいつの中にいたんだから。聞こえてました」
「……」
「嘘じゃないんですね?」
「う……」
真っ直ぐな瞳に見つめられて、ユカリノは思わず目を逸らす。
確かにあの時は必死で、勢いでいろいろ口走ってしまったけど……。
こいつ全部、覚えているのか……。
「そんなに真っ赤にならないでくださいよ。可愛すぎるじゃないですか」
オーリは愛しくてならないように、ユカリノの頬に自分の頬をくっつけた。
それはもう、銀色ではなく、日に焼けたオーリの頬だ。少し痩せたかもしれない。
「俺の愛は重いですけど、ユカリノ様なら受け止められるでしょ?」
「……ああ。受け止めてやる」
「じゃあ、俺のお嫁さんだ!」
そういうと、オーリはユカリノを抱いて立ち上がった。
「うわぁ、いい眺めだ!」
「周りは墓だが?」
「そう言うこと、言っちゃだめですって。ロマンチックってやつです! ほらお日様が」
オーリの言うとおり、東の空からはゆっくりと朝陽が昇りはじめていた。辺りの人々が、いるべきところへと戻り始めている。
光は美しいものも、そうでないものも、平等に照らし出し、降り注ぐのだ。
「日出処……」
「え? なんですか?」
「ひいずるところ。東の果てにあるという、ヤマトの別名だ……美しいな」
「ええ。綺麗です。とても」
「いつか行けたらいいな。お前と」
「え? 本当に? 俺どこまでもついていきますから。だって、ユカリノ様の夫だもん!」
「はは……オーリ」
それ以上の言葉は必要なかった。二人の口づけを、その朝最初の陽の光が祝福する。ユカリノの黒髪とオーリの銀髪が絡んで風にたなびいた。
「死ぬまで……死んでも愛してる」
竜王の呪いが消滅し、大陸からケガレは一掃された。
ヤマト達は、その後もセルヴァンテの庇護を受けながら、小さな村を作って暮らし、細々と子孫を残した。
アルブレロはセルヴァンテ最後の長と呼ばれ、竜族の研究に打ち込んだとあるが、彼は表に出ることを良しとせず、記録はほとんど残されていない。
神聖セルヴァンテという組織は、徐々に権威を失い、徐々に台頭していく都市国家の中に吸収されることとなる。
竜族の末裔は、これ以後も稀に見つかったが、彼らも人々に混じって暮らすことを望んだ。その血は薄まっていくが、消えることもなく、何世代かに一人は銀の皮膚を体の一部に持つ子が生まれたと、都市や村の出生録に記録された。
そして──。
オーリとユカリノはインゲルの町に戻り、数年間二人で暮らしていた。オーリはユカリノによく仕えていたが、数年後、大陸東北の港からどこかに旅立ったとサキモリは記している。
二人の行く末を語るのは、少し先の物語である。
終わり
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
本当はこの話はもっと膨らませることができます(特にラスト!駆け抜けすぎました)。
語りきれていない部分もあるかと思います。また、続編も書くことができます。
最後まで読まれて、一言でいいので感想くださると幸いです。
また、矛盾点や改善点など教えていただけたら、修正します。
感謝を込めて 文野さと