表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】夜明けの猫は、致死量の愛の夢を見る  作者: 文野さと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/62

第62話 竜王オーリヴェール 3

 その夜は暗かった。

 闇が粘るように皮膚に纏わりつく。風もない。

「いい夜じゃないか」

 クエーサーは壮絶に笑った。オーリもユカリノも応えない。ソリティアも。

 夜の底に竜王の墳墓。

「腐臭だ。呼んだな」

「ああ、奴がな。王様の御命令通りって訳だ」

 クエーサーとユカリノの短いやりとりに、オーリは総毛立った。


 確かに呼ぶ声がした!

 しかも──この俺を!


「囲まれたぞ!」

 クエーサーが叫ぶ。

 陵の麓に鈍く光る、無数の赤黒い光。ガキの目だ。その後に今まで見たことがないほど巨大なケガレの気配。

「ガキは任せたぞ! オーリ!」

「はい!」

 ユカリノはオーリと一緒にガキの頭の上を跳ぶ。靴に嫌な感触が残るが、構いもしない。目指すは小山のようなケガレだ。

「まるで大小二つの墳墓があるようだ」

「多分、あの野郎が全部、粘土みたいにくっつけたんでしょう、行きますよ!」

「は! 竜王をあの野郎呼ばわりとはな!」

 二人は襲いかかる触手の雨を掻い潜り、あるいは斬り飛ばした。触手は次々に消滅し、二人の前に空間ができる。

「オーリ、私を投げろ!」

 オーリは逆らわなかった。ユカリノの前に走り出ると、膝をついて両手を組む。そこへユカリノが跳び乗ると、オーリは渾身の力を込めて腕を跳ね上げる。

 ぐん、とユカリノが上昇した。闇の中でフツだけが発光しているように煌めいた。

「てやああああ!」

 ユカリノが自重を利用して、ケガレの中心を貫き、横に切り裂いた。その間にオーリは小山のようなケガレの表層を、トモエの愛刀ノワキで裂きながら駆け上がる。靴の底にも血が塗ってあって、飲み込まれることはない。

「喰らえ!」

 オーリはユカリノの隣に立ち、彼女が横に斬った上から縦に割った。十文字に斬られたケガレは声鳴き断末魔を上げ、斬られたところから夥しい黒い塵が吹き出した。

「やった!」

「まだだ、オーリ! 油断するな!」

 飛び降りたユカリノは、瘴気を浴びないようにフツを眼前で垂直に立てた。迫り来る瘴気が割れていく。

 ひしゃげた胃袋のようになったケガレは、それでもまだ、ねばつく仮足かそくを伸ばして抵抗する。オーリは憎悪を込めてそれらを踏み潰していった。

 彼の瞳も髪も銀色に輝いている。おそらく、皮膚の異形の部分もそうなのだろう。


 オーリ……


 ユカリノはまるで、竜王その人のような青年の姿に魅入られていた。

 一方。


 ガキと対峙しているクエーサーとソリティアは苦戦していた。

 彼らには霊力はなく、物理的な体を持つ相手に、竜の血だけで対応しているのだ。数が多すぎる。

「キリがない! こいつら何体いるの!?」

「首か頭だけ狙え! どうせ奴らが観察している」

「あいつら本当に味方なの?」

 二人が言うのは、セルヴァンテの兵士のことだ。

 カルロの弓兵もそうだが、アルブレロはこの決戦を知っているはずで、残った兵士たちも、薄めた精油を浸ませた武器で街を守っているはずだ。

「俺たちが数を減らしたところで、お出ましになるはずだ。手柄を独り占めしたいからな!」

「そうみたいね!」

 クエーサーがガキの首を二つ同時に飛ばす。ソリティアも、自分と同じくらいの背格好の元女の口に剣を突っ込んだ。二人でもう、五十体は斃しているだろうか? ガキはまだ百体以上入るだろう。いくら竜族といえども、限界はある。

「オーリを呼ぼう!」

「ダメだ! あの二人はでかいケガレと戦っている。もう少し持ち堪えるんだ!」

 その時、ソリティアの腕に子どものガキが噛み付いた。

「くそっ! 下から!」

「ソリティア!」

「大丈夫よ!」

 頭から串刺しにした小さなガキを、振り払ってソリティアが叫ぶ。その腕から血が滴っていた。オーリほど血が濃くないソリティアでは、ガキを滅ぼすまでには至らないのだろう。

 だが普通の人間なら、ガキと化してしまう傷でも、さすがに竜族のソリティアにはあまり効かなかったようだ。だが、傷は深い。

「少し下がれ!」

「だけど! このままじゃ囲まれちまうわ!」

「くそ!」

 怒り狂ったクエーサーが一番囲みの薄いところに向けて、剣を振り回しながら突っ込んだ。何人かのガキが吹っ飛ばされる。

 そこへ──。

「推参!」

 白い影の塊が乱入した。


「間に合ったか!?」

「サキモリ!」

 白い影は十人余りのヤマトだった。

 サキモリが急いで大陸北部のヤマトを集めたのだ。彼らは自分の配置領域を守ってきたヤマト達だが、ケガレがセルヴァ方面に移動しつつあるのを知り、追ってきたのだ。サキモリは彼らをまとめ、率いて戻ってきた。

「数人はケガレの方に行かせた。だが、ユカリノとオーリの攻撃のおかげで、あっちはなんとかなりそうだ。けど、すごい数だな」

「ああ。危なかった。礼をいう」

 クエーサーは腕を噛まれたソリティアを一旦引かせ、サキモリに預けた。その間にもヤマト達はそれぞれの霊刀を手に、ギマを斃してゆく。

 霊刀は肉体を持つガキにはケガレよりも効果が弱いが、それでもヤマト自身に霊力があるので、あんなに不利だった形勢が一気に逆転しようとしていた。

「あれがヤマト……すごい」

 ソリティアは白く舞う影の動きに見とれた。

 ユカリノもそうだが、彼らは皆若く、黒髪を重い思いに結い上げ、体格は小さめだ。

 けれども、その動きは最小で最大の効果が上がるように訓練されているのか、的確にガキを屠っていく。

 百体以上いたガキは、半数までに数を減らした。

「おいおい、ようやくのご登場だ」

 背後の正殿から現れたのは弓兵である。

 彼らはカルロの合図で餓鬼に向かって一斉に矢を放った。闇が深く、外れる矢もあるが、それでまたガキの数が減っていく。

「おおおおお!」

 弓兵の後には有力な市民も控えているらしく、大きな歓声が上がった。

「俺たちの血で、手柄を勝てようってか」

 高い塔から見下ろすのはアルブレロだ。彼は初めからこの戦いの趨勢を見極めていたのである。


「サキモリ!」

 かけてきたのはユカリノだ。フツには曇りひとつない。

「ユカリノ! あっちのデカブツはどうだ?」

「それが……かなりの痛手を与えたはずだが、消滅する前に、地面に吸い込まれるように消えてしまった」

「なんだって!? オーリは?」

「気配を追って飛び出していった」

「追わなかったのか?」

「……追いつけなかった」

 サキモリは黙り込んだ。


 ユカリノが追いつけない? そんなことが?


「だが、行き先はわかる。それを伝えにきた」

「ああ。こちらも竜族の二人と、ヤマトと、言いたくはないが、アルブレロの兵達のおかげで、そろそろ決着が……え?」

「見ろ!」

 ユカリノの指の先、赤く光っていた無数のガキの目が閉じられていく。

「……終わった、のか?」

「違う! 奴ら移動している。引き寄せられているんだ!」

「引き寄せ……ああ!」

 わさわさと鈍く動くその先にあるのは──。

 竜王の墳墓だ。

「あの先には竜王の墓が!」

「しかし、奴は死んで百年以上経つんだ。まさか、まだそんな力が……」

「あるんだ! とにかく数を減らせ!」

「承知!」

 ユカリノが突っ込むのを見て、他のヤマト達、竜族の二人、壁上の弓兵が攻撃を更に強める。十何体かは倒せたが、先の方を行くガキが墳墓に取り憑き始めた。

「ケガレが!」

 ヤマトの誰かが叫んだ。

 陵墓の頂近くから、姿を消したケガレが湧き出てきたのだ。

「奴め! 力を取り戻している! そうだ! オーリ……オーリは?」

 先ほど二人で弱体化させたケガレは突然逃げるように、地の底へと染み込んだ。オーリはその気配を、尋常でない速さで追って行ったのだ。

「オーリ! どこだ! どこにいる!」

 ユカリノは声のかぎりに、愛しい男の名を呼んだ。だが、いつもなら「はぁい」とすぐに駆けてくる大きな姿が一向に現れない。

「オーリ!」

 ユカリノの声が掠れる。恐怖で喉が絞られ、身体中の血が引いていくのがわかった。

「ユカリノ! いかん!」

 サキモリの止める声を背中に聞きながら、ユカリノは墳墓に向かって駆け出した。墓の麓には倒し切れなかったガキが何十体も取り付いている。


 オーリはケガレを追いかけて行った。そしてケガレはあの墓のどこかにいる!


「オーリ!」

 叫びながらユカリノは地を蹴った。一番近くの木の枝は頼りないものだったが、それでもなんとかユカリノを受け止め、さらなる跳躍の足がかりとなった。

 次の足場は、腐りかけた大柄な男のガキの体だ。ユカリノは躊躇わない。

 

 ぐしゅ


 嫌な音がしたが、なんとかなった。これでガキの群れを飛び越えて墳墓の斜面へと効果できる。

「オーリ!」

 猫のように着地したユカリノは、愛しい青年の名を呼び続けた。

 ケガレを追って行ったのなら、この辺りにいるはずなのに、古い墓の斜面には草一本生えていないのに何も見えない。すぐ後ろからはガキがよろよろと這い上ってくる。これ以上ここに留まるのは危険だ。

「ユカリノ戻れ! オーリはもう諦めろ! 俺にも気配が掴めない! ケガレに取り込まれたんだ!」

 サキモリの声などユカリノには届かない。

「オーリ! 出てきてくれ! お前が愛しい。お前の姿が見たい!」

 ユカリノの叫びが斜面を駆け上がった。風が澱み、墓の頂に立つ《《もの》》がある。

「なに?」

 ユカリノが見つめる歪んだ墳墓の表層。

 そこは朽ちた石板が埋まっている。刻まれた紋様からじわじわと石から滲み出るように、赤い光が漏れ出した。かすれかけていた紋様が鈍く輝く。

 そこには人、男が描かれていた。男は右掌を大地にむけている。大地からは無数の腕が伸びていた。

 瞬間、石が割れた──いや沈んだ。我ながら沈んでいくのだ。そしてその穴の中から黒いものが噴き出る。

「ユカリノーッ! 逃げろ! それは不吉だ!」

 サキモリの叫びを遠くに聞きながら、ユカリノは魅せられたように、その影を見つめていた。

 影は人の形をとり始める。それは男だった。

「お、オーリ? オーリなのか?」

 ユカリノの見つめる前で、黒い粒子は薄らぎ、風に散った。

 銀色の長い髪、銀色の肌。そして、整った瞼がゆっくりと開いていく。そこにあるのは銀色の瞳──もうユカリノにもわかる。

 彼は竜王。

 竜王、オーリヴェールなのだ。


後、2話で完結です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ