第57話 剣と血 3
街の外に出て千メルトも走ると、南の方から異様な気配が立ち昇る。ガキの群れだ。肥大化したケガレもいる。
「なぜガキはあんなに増えた? 以前はもっと少なかったはずだ」
街道から少し離れた岩場に、オーリとソリティアは潜んでいた。
「私も詳しいことは知らないの。でも多分、セルヴァンテが関わってる。物理的にはケガレよりもガキの方が倒しやすいから。ほら、正規の兵隊もちゃんと仕事をしてくれるみたい」
ソリティアがセルヴァの方を指した。
そこにはユカリノが言っていた弓兵が、ずらりと並んでいる。真ん中に立つのはカルロという男だろう。
「最初はあいつらに蹴散らかしてもらいましょう」
「わかった」
オーリにもそこには依存がない。彼らの使う矢尻には、ソリティアとクエーサーの血が染ませてあるのだ。
果たして、その威力は聞いた通り高かった。掠っただけで、ガキもケガレも崩れ去っていく。悪霊が祓い切れたかどうかはともかく、少なくとも実態はなくなる。
ただ、限界があった。
セルヴァの守備兵は多くはない。弓兵となると更に少ない。そして、弓はともかく、矢は消耗品だから、無限に供給できるものではないのだ。
実際二百体くらいのガキを倒したところで、矢が尽きたらしく、カルロ隊は撤退を始めた。
振り返ったカルロが叫ぶ。
「ソリティア殿、オーリヴェール殿! 後はおまかせ申す! 夜は長い! 気をつけられよ!」
そう言ってあっという間に、セルヴァの方へと戻ってしまったのだ。
「なんだあれは。俺たちの動向を知っているのか」
「もしかしたら、ただの宣伝なのかもしれないわね。セルヴァンテはケガレと雄々しく戦っていると刷り込みを与えるための。出陣する姿は街の人に見せているし」
「くだらない」
オーリは立ち上がった。途端に走り出す。ノワキは既に抜き身である。
「せああああっ!」
大振りをして無駄に体力を使う必要もない。己とユカリノの血をたっぷり吸った霊剣は、軽く薙ぐだけでガキどもが崩れていく。
ガキは物理的な体を持っているから、状態や斬り所によっては、盛大な血飛沫が上がる場合もある。すでにオーリの体には穢れた血を浴びていない部分がない。
しかし、彼は躊躇しなかった。ユカリノの血を、剣にも身にも取り込んで、自分が絶対的に強いと信じている。ガキなど、ただ数が多いだけのクズだ。
「早いわね!」
ようやく追いついてきたソリティアが、自分の剣でガキを斬る。彼女の剣も的確にガキを斃していくが、その剣技は人間の兵士よりやや上という程度だ。
「あなた血まみれよ! 大丈夫なの?」
オーリは答えないで、ソリティアの背後から腕を伸ばしたガキを斬った。
なんて力なの!?
「はぁっ!? 今夜は特に多くない?」
ソリティアがオーリが作った小さな空間で一息ついた時、上から声が落ちてきた。
「下がれ!」
クエーサーだ。二人を追ってきたのだ。
「勝手な真似をするな!」
クエーサーの得物は長槍である。穂先は鋭く、一振りで数体のケガレが塵と化した。二人とも高い戦闘力を持っている。末裔とはいえ、竜族なのだ。
「オーリヴェールはどこだ!」
「さぁ!? とっくに姿が見えないわ」
オーリは深くガキの群れ深くに突っ込んでいた。奥に大きなケガレが無数の触手を伸ばしている。
それは手近なガキを喰って、さらに自身を肥え太らせていた。人間を食ったケガレがガキとなり、再びケガレに喰われる悪夢だ。おそらく、弓兵が滅しきれなかった、悪意の塊である魂までも吸い上げていることだろう。
人間だった頃の魂は消滅してしまったのか、いつまでも地獄で苦しみ続けるのか。
誰にもわからない。
「オーリ!」
背後からソリティアの声が聞こえるが、オーリの疾走を止められるものではなかった。
こいつの仕留め方は、ユカリノ様に聞いている。
「やっ!」
オーリは高く跳ぶと、ぶよぶよしたケガレの上に着地する寸前に、ノワキを垂直に突き立てた。
途端に声にならない悲鳴が空間を満たす。おそらく百体以上の悪霊の集合体だったのだろう。恐ろしいほどの瘴気が大気に噴出し、周りのガキがひしゃげる。
足場が悪くなったが、構うことなくオーリは再び跳んで、木の上、そして地に降り立った。
「オーリ!」
「無茶しやがって! 怪我はないか?」
二人の同族の言葉に、なんの感慨もないようにオーリは振り返った。
さすがの二人も怯む悪鬼の様相だった。
顎から腕から、汚水のような血がいく筋も滴っている。ただ彼の瞳と髪のみが、弱い月光の下で鮮やかな銀の輝きを放った。
強くて、恐ろしくて美しい。
な、なんて豪華な男なの!?
それはまさしく竜族の王の姿。
ソリティアもクエーサーも言葉を発せられない。
「ユカリノ様がいなくてよかったなぁ」
血濡れた顔で、オーリは心から嬉しそうに微笑んだ。
順番を間違えて投稿しておりました。修正しました。すみません。




