第52話 致死量の愛の夢 1
サキモリの言った通り、ホールの右、外に面した空間に小さな泉があった。
そこは泉というより、溢れ出す湧水を一旦溜めておく、大きな石の水槽といった風情だが、身を清めるに問題はない。溢れた水は水路を通って建屋に循環している。セルヴァンテの正殿は、皆このような作りになっているのだ。
丸い人工の泉は、明るくなり始めた春の空を映して澄んでいた。
「少し待っていてください。布を用意しますから」
オーリはそういって、先ほどクエーサーの部屋から無断で拝借してきた、毛布や敷布を丁寧に広げた。
濡れたユカリノを、すぐに包み込んで温めるためだ。
「こら、待っていてって言ったのに」
振り返ると、既にユカリノが泉に滑り込んでいる。
とぷん
地面より深く掘ってある丸い水槽は存外深いようで、あっという間にユカリノは頭まで見えなくなった。自然の泉のように岸辺がないのだ。
「ほらぁ!」
オーリは泉に飛び込み、ユカリノの脇を支えた。
「びっくりした」
「足が立たないでしょ。ほら、一緒に」
湧水は肌にとろりと馴染み、清冽な冷たさをもってユカリノを洗い清めていく。
「ああ……気持ちがいい。セルヴァンテの本部で、こんなに気分になるとは思わなかった」
ユカリノは髪を解き、腕を上げて流れる水を楽しんでいる。オーリは白い肌の上を滑る水を羨ましいと思った。
俺も水になってユカリノ様の全てを覆ってしまいたい。水になればこの方の中に入り込めるのに。
だが、オーリにとって、その冷たさと清らかさは都合がいい。
自分の奥に燻る、決して表に出してはならない熱を、冷ましてくれるからだ。体が水中にあることがありがたかった。
「オーリ、口づけ」
濡れそぼった髪をかき上げてユカリノがねだる。誰がこの甘美な誘いを断れるだろう?
オーリは黙ってユカリノに唇を重ねた。二人の間にある水がすぐに熱くなる。
「あ……はぁ」
角度を変えて何度も口づける。そっと舌を忍び込ませてもユカリノは逆らわなかった。以前より大胆に絡めてくるのをオーリは夢中になって貪った。
「オーリ……血をちょうだい? 私のもあげるから」
「いくらでも」
オーリは自分の舌の先を噛み切り、ユカリノに含ませた。ユカリノは長いまつ毛を伏せて、彼の舌を吸っている。
「オーリ、私も噛んで」
「え?」
「噛んで。舌を」
「でも痛いから」
「いいの」
オーリはユカリノの舌先を小さく噛んだ。途端にユカリノが眉根を寄せる。
「すみません! 痛かった?」
「平気だ。ほら吸って」
そういって差し出された花びらにオーリは喰らいついた。滲む血を何度も吸い上げる。
ああ、美味しい。なんて甘い。このままユカリノ様の全てを食べることができたなら……。
水中であるのにオーリの中心は、これ以上ないくらいに滾っている。
「オーリ」
「はい」
「私はトモエを祓った」
「え!?」
「彼女はガキにされていたんだ。だからフツで心臓を……」
オーリの首にしがみついてユカリノは告白する。頬が濡れているのは泉の水か、涙なのか。
「ユカリノ様、トモエ様はあなたに滅されて、良かったと思っているはずです」
「そう……思いたい。ヤマトというものは辛いものだな」
「俺がお助けしますから」
「オーリ、頼みがある」
「なんですか?」
「もし私がケガレに喰われてガキになったら、お前が殺してくれ」
「なにを言うんです! 俺が絶対にお守りします! それに死ぬって言うなって、ユカリノ様はおっしゃったではないですか……俺だって、俺だって……怒ります」
オーリの声は震えた。
ユカリノが死ぬなんて、あってはならないことだった。
「ああ。そうだな。だからこれは保険だ。私は死ぬならオーリに殺されたい」
「……」
「私を愛しいと言ってくれるなら、その想いの全てを込めて、フツを私の胸に沈めてくれ」
「い、嫌です」
「オーリ、お願い……愛している」
ユカリノは冷たい濡れた指で青年の頬を包んだ。
「なら、俺もユカリノ様を殺したフツで、自分の胸を突いて死にます」
「オーリ! それはだめだ。お前はやっと同族に会えたんだ。もしかしたら竜族の復活が……」
「竜族なんてどうでもいい。俺はヤマトになりたい。だから、ユカリノ様がいないなら意味がないんです」
「……」
「ユカリノ様、俺を触って」
オーリはユカリノの手を握って、自分の首、そして胸に触れさせた。
「竜族の血が俺を強くして、ユカリノ様を守れるなら、俺は俺の血に感謝します。でもあなたがいない世界で生きる意味はないんです。愛してます。あなたが欲しくて狂いそうになる」
そう言いながらオーリの手はユカリノの指先を、胸から腹へ、そしてその下へと導いていく。
「ここ、硬いでしょう?」
「ああ。私とは違う器官だ。女は柔らかい」
下衣の上から掴むその部分は、筋肉の強靭さとしなりをユカリノに伝えた。
「あなただからこうなるんです」
「痛い?」
「ええ、とても。あなたに触れられると、特に」
「あ、ごめん」
ユカリノは慌てて手を引っこ抜こうとしたが、オーリに止められる。
「大丈夫。今……今だけこうしていてください。触れるだけでいいので」
「わかった」
「ああ……」
オーリは恍惚となって明け始めた空を見上げた。その瞳から雫が溢れる。
「ユカリノ様……俺たちは死ぬ時も一緒ですから」
「ああ、今度こそ本当の約束だ。お前と一緒なら今すぐ死んでもいい。お前に愛されながら私は死にたい」
この運命から解放されるならば。
「ええ。俺の愛は致死量ですからね。あなたを抱きながら俺も逝きます。でも、それあ今じゃない」
「そうだな、オーリ。ありがとう……もっとして」
「ユカリノ様……俺のものです」
二人は首まで泉に浸かり、深く口づけを交わしあった。




