第51話 竜族 5
「つがいだって?」
「そう。あなたのつがいよ。私がなってあげる」
竜族の女ソリティアは、オーリに一歩近づいた。薄いシャツからはみ出しそうな豊かな胸、引き締まった腰を強調するかのように、体をひねる。
彼女はオーリ以外、誰にも目を向けていない。
「……ねぇ、ユカリノ様、つがいってなんですか?」
「は?」
ユカリノ、サキモリ、クエーサー、そしてソリティア。その場の四人ともがオーリに視線を集めた。
「ちょっと、あんたね!」
ソリティアが詰め寄るが、オーリは彼女を見てはいない。
「俺はユカリノ様に聞いてるから黙って。つがいってなんですか?」
「えっと、オーリ……その、つがいっていうのは、私もよく知らないけど多分、一般にふ……夫婦のことかな?」
「えっ!? つがいって、夫婦のことなんですか? むぐ」
サキモリが慌ててオーリの口を塞いだ。
「ちょっとオーリ、声が大きい! おい、クエーサー! お前の部屋に連れていってくれ」
「やれやれ」
それまで黙っていたクエーサーは、脱力した様子で階段へと顎をしゃくった。
「……それで」
この中で、唯一の常識人とも言えるサキモリは、そんなに広くないクエーサーの部屋を見回した。
なんの冗談だ。こんなところにヤマトが二人。
おまけに竜族が三人も揃ってる。
多分、アルブレロはとっくに気がついていて、放置しているのだ。
俺たちの行動を眺めて楽しんでいる。
「とりあえず。座ろう」
一人用の部屋に、五人は狭かった。
寝台と椅子が一つずつ。椅子はこの部屋の主のクエーサーに譲り、オーリはユカリノと並んで寝台に腰を下ろした。ユカリノを自分にもたれさせるためだ。後の二人は床である。
「ちょっと、女を床に座らせるなんて、どういう神経?」
「ユカリノ様はお疲れなんだ。また禊もしてない」
「はん! ヤマトって軟弱なのね」
「ユカリノ様の悪口を言うな!」
オーリはソリティアに向かって言った。
「悪口じゃなくて事実を言っているの。ヤマトは、特定の武器でしか戦えないし、すぐに瘴気に当てられて、使いものにならなくなるんでしょう? それに」
ソリティアはユカリノを見て笑った。
「その貧弱な体、とてもあなたの相手ができるとは思えないわ」
「お前!」
思わず立ちあがろうとするオーリをユカリノが止める。
「よせ、感情的になるな」
「……はい」
浮かせた腰を下ろし、オーリはソリティアに向き合った。
「あんたのつがいなんかにならない。俺はユカリノ様を愛している」
「だから、そういうことをあけすけに言うなってば! まったく……こっちが恥ずかしい」
胸を張るオーリの横で、ユカリノは頬が染まるのを隠すように縮こまった。
「すみません。でもユカリノ様、禊がまだですけど、本当に大丈夫ですか?」
「禊? あ、ああそういえば。でも、なんだろう、いつもほどは疲れてないような気が」
不思議だ。疲労も倦怠感もあまりない。
確かに戦った時間は長くはなかったが……それにしても……?
「なぁんだ。ミソギってやつをしないと、回復しないの? やっぱり弱いじゃない!」
「弱くない! ユカリノ様は強い! そして綺麗だ。可愛くて、時々甘えん坊で、ずっと抱きしめて……」
「オーリ、お前はもう黙れ」
見かねたサキモリが制止する。ユカリノはサキモリと部屋の薄暗さに感謝した。頬がきっと真っ赤だ。
「あんた変わってるわね。私になんにも感じないの?」
ソリティアが自分の胸を見せびらかすように、オーリの前で腰を屈める。
「特になにも」
「私だって世間から隠れて暮らしてきたけど、竜族なら、同族の気配に引っ張られるものだと思っていたわ」
「だったら俺は、そんなに大した竜族ではないんだろう?」
「お前の皮膚を見せてみろ」
クエーサーはそう言って自分の胸を晒した。そこにはオーリと同じような硬い青銀色の皮膚がある。ソリティアも喉に巻いた布を取った。そこにもやはり、オーリと同じ皮膚があった。
「見せてみろ」
重ねて問われ、オーリは仕方なく服をはだけ、髪を上げた。二人に驚きが走る。
「おお! 胸と首に二箇所も! それに俺たちよりも硬い」
「綺麗だわ……」
「俺はこんなもの嫌いだ。さ、ユカリノ様休みましょう。サキモリさん、この神殿の泉はどこにある?」
さっさと服を直したオーリは、まだ俯いているユカリノを片手でひょいと抱き上げた。
「さっきのホールの右手に小さな沐浴場がある。そこに連れて行け。あと、部屋はこの近くの空き部屋を使うがいい。いくらでもあるし、アルブレロも承知だろう」
「ありがとう。ユカリノ様、俺にもたれて」
「ねぇオーリヴェール、後でちゃんと話がしたいわ。私の部屋に来て。この隣よ。決して悪いことじゃない」
ソリティアが言った。
「俺の名前はオーリだ。オーリヴェールなんかじゃない」
そう言うと、オーリはソリティアには一瞥も与えず、ユカリノを抱き上げて部屋を出ていった。
「……なんなのあの子は」
ソリティアは、頭を抱えているサキモリに向かって言った。
「ソリティア。あの馬鹿は諦めた方がいい。ユカリノと出会ってから、彼女のことしか見てないし、考えてない。一途というにも程がある奴だから」
「しかし、あいつの血は俺たちよりも、かなり濃いぞ」
クエーサーが低く言った。
「アルブレロは俺たちの血も取って、ガキやケガレに試した。薄まった俺たちの血でも、ある程度の効果はあったが、奴の血ほどではなかった」
「なのにどうして私たちのことを、少しも感じてくれないの? 私はあなたにだって波長を感じたのよ!」
ソリティアがクエーサーにつめ寄る。
「俺達では血が希薄すぎて、あいつには感じられないんじゃないか?」
「お前には家族がいるんだったな。クエーサー」
「ああ。妻は俺の異形のことなんて気にしなかった。だが、隠れているに越したことはない。俺は町外れで大工をしていた。息子が一人いるが、俺のような皮膚は今のところ体のどこにもない」
「そうか。竜族と言ってもいろいろなんだな。それは俺たちヤマトも同じだが」
「あの子、ちっとも私を見なかった!」
ソリティアはいまだに悔しそうである。
「ヤマトって薬で成長を止められるんだよね? じゃあ、小娘のように見せてるけど、本当は大年増なんじゃないの?」
「さぁな。ただ、薬が強すぎて、最強のヤマトである、ユカリノが戦えなくなれば困るというんで、今は減薬している」
「私、あの子にはとても強い波長を感じたわ」
ソリティアはオーリが出ていった扉の方に目をやった。
「ねぇ、サキモリ」
「なんだ」
「あの子たちは、もうそういう関係なの?」
「いや、違う。オーリはユカリノが大切すぎて、守ることしか考えてない。手など出せないんだ」
「そう。ならまだやりようはあるわね」
ソリティアは美しく笑った。
ここはひとつ、アルブレロの計画に乗ってやるのもいいかもしれない。




