第49話 竜族 3
ああ、この熱、この香りだ……。
青年の腕に抱き込まれながら、ユカリノは夢見る。
いつかこの腕の中で逝きたい。お前に愛されながら私は死にたい。
しかし、口をついて出たのは真逆の言葉だった。
「オーリ、離せ。まだ戦闘は終わっていない。それに、戦う前から死ぬとか言うな。不吉だぞ」
そう言ってわざと邪険に体を揺すった。もちろん、腕は解けずに、ますます強く絡めてくるばかりだ。
「ユカリノ様ぁ! そんな、冷たいこと!」
「冷たい? 心外な」
ユカリノはオーリが自分を抱きしめながら、ぶんぶんとぶん回す間に反論したが、そっと地面に下ろされると、照れたように下を向いた。
「……嘘だ。甘えているのは私の方だ」
そして、嬉しさで顔がぐしゃぐしゃになっているオーリを見上げる。
「つき離すようなことをしてすまなかった……本当はずっと待ってた」
「はい! よくできました」
オーリは腰を屈めてユカリノに短いキスをする。
「……あったかい。昨日はとても寒かった」
「今夜から、ぬくぬくにしますからね! ずーっと抱っこしてあげます!」
「……あのなぁ、お前ら、今どういう状況か、わかってんのか?」
べったり体をくっつけた二人の背後から、呆れたような声がかかる。
「っ! サキモリもいたのか!」
「いましたとも。最初から」
慌てて体を離したユカリノを半目で見返し、サキモリはつまらなさそうに首をすくめた。その額に赤い印がある。
「それはオーリの血か?」
「ああ。俺はもう以前のようには戦えないからな。魔除けに血印を押してもらった。これでガキどもが距離をとってくれる。小型のケガレくらいならまだ祓える」
サキモリは右腕で霊刀ヤワタを構えた。元は大剣だったものを片手で扱えるように、刀身を切り詰めている。
「オーリ、お前の血はそんなに強いのか?」
「いや、最初からそうじゃなかったと思います。考えられるのは……おっと!」
背後から押し寄せたガキに押され、手前にいたガキがよろよろと近づいた。
「今はとにかく、こいつらを少しでも減らしましょう!」
オーリはユカリノにもらった刀子アスカで、薄く手のひらを切った。
「ユカリノ様、行きますよ!」
「ちょっとばかし強くなったからって油断するな!」
「ユカリノ様こそ、腐った息とか浴びないようにね!」
その後は戦いともいえないような有様だった。
ユカリノに、オーリに、サキモリ。
ケガレとは違い、物理的な肉体を持ったガキのはずが、オーリの血に触れると次々に体が崩れていく。そこにユカリノとサキモリの霊刀が触れると、切っ先が掠めただけで塵となって還ってゆくのだ。
月が中天を過ぎ行き、かなりのガキを減らしたと思った時、それは突然起きた。
「あっ! ガキどもが!」
叫んだのはサキモリだ。ガキの体が一斉に崩れ始めたのだ。
「これは!」
「ガキがケガレに戻っていく!」
言葉通り、皮膚から口から目玉から、赤黒いねばねばを染み出させながら、溶けるように地面に吸い込まれていく。後には腐り果てた死体が残った。
それは悍ましい光景だった。
「奴ら……逃げたのか?」
「そうとしか、考えられない。この墓地に入って来るのも、なにか躊躇う様子だったから」
「ガキを追いかけてまでこんなところまで来ちゃったけど、ここはなんですか? お墓?」
オーリは無邪気に尋ねた。
「お前……なんにも感じないのか? あの小山を見てみろ」
「え? はい……で、感じるって何を? ちょっと気味が悪いですけど」
「お前なぁ…」
ユカリノはどっと肩を落とした。この男は、ユカリノのこと以外は昔から鈍感だった。
一応お前のご先祖様だと思うんだけど。
三人は、なおも警戒しながら古い墓地を出た。
後には月を背にした小山が黒々と蟠っているのみだった。
ざわざわざわ
木々が不規則に揺れている。
「……?」
不意にオーリは、首の後ろにちりちりするものを感じ、鋭く振り返った。
ふん。さっきからそこにいたのか……。
「オーリ、どうした?」
「いいえなんでも。さ、ユカリノ様、冷えますから俺の傍へ」
オーリはユカリノの肩をさらに引き寄せ、自分の身で小さな体を隠した。




