第47話 竜族 1
「竜族の末裔?」
二人とも普通の人間だ。その瞳と髪は、色合いは少し違うものの、オーリと同じ灰色がかっていた。
「そうです。見せてやりなさい」
ユカリノが驚いて見つめる前で、二人は黙ってアルブレロに従った。
「あ……」
男の胸、そして娘の喉には、オーリと同じ硬い皮膚があった。
「竜族の皮膚……か」
「左様。これが動かぬ証拠です。私は大陸中を探し回り、ようやくこの二人を見つけたのです」
「……」
「二人ともオーリ殿と同じように、隠れるように暮らしていたようです。私が保護しました」
「俺は別に、今までの暮らしでよかったんだがな」
男が初めて口を開いた。
「あんたが楽して食わせてやると言ったから、ついてきただけだ」
「クエーサー、そんなつれないこと言わないでくださいよ」
「二人はその、ふ……いや血縁なのか?」
ユカリノは夫婦と言いそうになって、言い換える。この二人の持つ空気が夫婦でないことは、こういうことに疎いユカリノにも理解できた。
「違う」
クエーサーは即座に否定した。その間にアルブレロはホーリアに顎をしゃくってみせた。退室させろということなのだろう。
入った時と同じように二人は出ていく。こうしてみると、二人とも背が高く、しっかりした骨格を持っていた。オーリはまだやや線が細いが、いずれこのようになるのだろうか?
ユカリノが見つめていると、ソリティアがちら、とユカリノを振り返った。
その灰色の瞳には、微かな敵意が含まれているように見えた。
「ユカリノ殿、オーリ君を呼んでもらえますか?」
「さっきも言った通り、それはできない」
ユカリノは即座に言った。
「私は今、彼がどこにいるか知らないのだ」
「では探させましょう。というか、もしかしたら既に彼の方から、こちらにやって来るかもしれないですが」
「なぜだ?」
「ここに竜族が二人もいるからですよ。彼らの血は引き合います。あなたはオーリ君を同族に会わせてやりたくはないのですか? だとしたら、それはあなたの傲慢だ、ユカリノ殿」
「なっ……!」
「一度に多くを伝えてしまってすみません。さぁ、あなたもお疲れでしょう。ホーリアに案内させますから、部屋で休んでください」
アルブレロはそういうと、ユカリノの返事も聞かずに出ていった。
「ユカリノ様」
ホーリアが遠慮がちに尋ねた。
「……わかった。行く」
ユカリノはとにかく休むことにした。
用意された部屋は、正殿の北東の三階で、小さいながら高い位置に窓がある。窓からは傾きかけた陽の光が、床に模様を描いていた。
監視はされているだろうが、ユカリノにはまだすることがあるのだ。ケガレは確かにセルヴァに集結している。
今夜城壁の外に出たら、また襲って来るだろう。
「オーリ、来るな。サキモリと逃げていてくれ」
言葉に出したのは自分を戒めるためだ。心の奥ではオーリを渇望している。素直に自分を求める、あの強い瞳に映り込みたくてたまらない。腕を、唇を欲して体が震える。
お前、なんてことをしてくれたんだ!
ユカリノは理不尽だと思いながら、ここにいないオーリに文句を言った。
「私とてヤマトだ。この手でケガレを祓う! そして、もっと知らなければいけない。ケガレについて。竜族について」
窓の下ですらりと霊刀を抜くと、フツの刀身に自分が写る。心細そうな弱い瞳。これが今の自分だとユカリノは思った。
夜、聖堂を抜け出すのは造作なかった。
高い窓枠にユカリノは難なく跳びついた。硝子を押すと、簡単に持ち上がる。はめ殺しではなかったのだ。
部屋は三階だが、これも少し気をつければ問題ない。石壁に各階ごとに彫刻のある溝が掘ってあるため、そこを伝って飛び降りたら、もう裏庭だった。
音もなく走る。
衛士が大勢いる正面階段は避け、木立に遮られて目立たない壁を乗り越えると、市街地だ。ユカリノは大通りを行かずに、聖堂の北東に向かって走った。
聖都セルヴァは大陸の北東にある。レリーフがあった部屋も聖堂の北東だ。セルヴァンテでは、北東が意味のある方角なんだ。
ユカリノはヤマトの古い言葉を思い出していた。今では誰も使うことのない古い言葉を。
キモン。
それは北東を表す言葉で、よくないものが来ると言われている方角だ。しかし、その言葉に意味はない。
全ては勘だった。
しかし、ユカリノの足には迷いがない。一気に駆け抜けて壁外に出る。
そこには広々とした荒れ地がひろがっていた。遠くにセルヴァの神殿が見え、その間に生ぬるい夜の風が吹く。冬の名残の枯れ草がざわめくが、月がなければ自分の指すら見えないだろう。
何かある。この方角には何かあるんだ。
もはやそれは、確信だった。
半時ほど駆けて、ユカリノが足を止めたところは古い墓地だった。
小規模のものから立派なものまで、墓石が何百と並んでいる。ほとんどは朽ち果て、傾いたり埋まったりしていた。
そして更に奥の、夜の底にわだかまる黒い丘──。
それは墳墓と言ってもいい規模を持つ陵墓であった。斜面があちこち崩れかけて、樹木が生えている。
ユカリノは古い墓地の間を恐れげもなく進み、陵墓の麓に立った。月が真上に昇っている。
ふと見ると、足元にひび割れた石碑が埋まっていた。弱い光で判別しにくいが、そこには確かに正堂で見たレリーフと似たものが彫られていた。
「やはりここが、オーリヴェールの墓なんだ」
指先で土くれを弾き飛ばすと、風説で摩耗してはいるが、真ん中に確かに男の姿がある。その周囲に彼に額づく、男女の姿もあった。
ユカリノは墳墓を仰ぎ見て叫んだ。
「竜族の王子よ! 極東の島、アキツクニのヤマトを父祖にもつ、ユカリノが挨拶に参った。その尊い眠りを妨げてしまったこと、お許し願いたい!」
無論、墓からはなにも聞こえない。しかし、ユカリノは躊躇わなかった。
「人間に滅ぼされた最後の竜族である、あなたの呪いは、もう長い時を経てしまった。どうかもう大地を穢す者どもに、永遠の安らぎを与えてはくださらぬか!」
月を背にした小山は、黒々と地に蟠っているばかりである。
しかし、背後からの気配は明らかだった。
風が凪いでいる。なのに、腐臭が鼻をついた。
「ガキどもか」
振り返った荒野に光るのはガキの腐った目。その先頭に立っているのは──
「トモエ……なのか!?」
いつもユカリノを気にかけてくれたヤマトの女、トモエが月光を浴びて佇んでいた。




