第45話 ケガレの真実 2
アルブレロは語る。
ケガレとは、竜族が滅んでから増え続けた人間同士の争いの結果、死んだ者達の成れの果てである。それはこの大陸に、無数に埋まっている。焼かれたものも、水に呑まれたものもいる。
しかし普通なら、どんなに無惨な死に方をしても、悪霊──ケガレにはならない。
それがなぜケガレという、人間を襲う化け物に転じたのか。
「それは『竜王の呪い』と言われております」
「竜王? 王がいたのか? それに純粋な竜族は、人間の争いよりもずっと前に滅んだのでは? いや、もしかして……」
ユカリノは、そこであることに思い至った。
自分達ヤマトにも、ある程度この大陸の歴史の知識がある。しかし、その知識すら、セルヴァンテに用意されたものだとしたら?
我々は知らず、印象操作されていた?
ユカリノは質問を変えた。
「竜王の呪いとは?」
たとえ、作り話だとしても聞かなくてはならない。そこから推測できるものがあるはずだから。
いつもユカリノの傍にいる青年の、明るい顔が浮かぶ。
「ご存知のように、竜族は人間との生存競争に敗れていった。この大陸は人間の支配するところとなったのです。その後も人間は、食糧と土地を求めて争い、たくさんの血が流れ、土地は穢されていきました」
ユカリノは頷いた。それも、聞かされた歴史の一部分である。
「しかし、その頃には竜族は、まだ僅かにでも存在していました。すると次には、別の争いが起きたのです。強く美しい竜族と混血することを人間は望んだ。竜族は囚われ、女は犯され、男は子種を搾り取られた。そして最初に女が絶滅し、男も死に絶え、純血の竜族は完全に滅んだとされました」
「血を受け継いだ人間は、その後も混血に混血を重ね、世代を重ねた。胸糞の悪い話だ」
「そうです。その後も争いは続きました。人間が土地を荒らし、戦と病と飢えで疲弊しきった後、それまで隠れ潜んできた竜の一族が、突然姿を表したのです」
アルブレロがホーリアを促し、彼女は一つのレリーフの前の大きな燭台を灯す。
そこには丘の上に立つ三人の竜族の男女が大きく描かれ、それを取り囲む人間の姿が小さく無数にあった。
「ま、姿を表したというのは伝説で、実際は探し当てられたのでしょうね。このレリーフは立派すぎます」
アルブレロは皮肉な笑いを漏らした。
「その時点で、竜族が滅んでから百年は経ったと言われていますが、彼らは密かに血を繋いでいたのです。元々長命種でもありますし、おそらく王族……とでもいうような、より強い血を持った方々だったのでしょう」
「つまり、血族婚を繰り返していたのだと?」
「かもしれません。子どもができにくい種族ですから、できた子はよほど濃い血を受け継いだのでしょうね。中央に立っているのが一番若い方です」
「これか」
それは逞しい青年の姿だった。
石の彫刻だから、彼らの特徴である硬質な皮膚の質感は伝わりにくいが、整った顔立ちの髪の長い男だということが伝わる。
「オーリ……」
ユカリノは思わずつぶやいた。それほど二つの姿は似ていたのだ。
「やはりそう思われますか? 私も初めてオーリ殿を見た時は驚きました。まぁ、オーリ殿は一見、人間とほとんど同じ姿をしておられますが、その実……」
「呪いの話だったな」
ユカリノは無理矢理に話題を戻した。
「ああ、失礼致しました。ええ、当然、人間はこの三人を我が物にしようと襲い掛かりました。特にその頃には、人間にもいくつかの集団、いわゆる国ですね──ができていて、覇権を争って王たちは争い、ますます死者を増やしたのです」
「土地が更に穢れたか」
「ええ。そして、三人の竜族のうち、二人が酷く殺されました。残った青年は、王たちの前で自分の心臓を短剣で抉り、喉を掻き切った後、こう叫んだのです」
「……」
アルブレロの話し方は、どこか面白そうだった。彼は芝居がかって両腕を上げた。
『呪われた人間どもよ、お前たちに穢された大地は、これより長らくお前たちに復讐する! 人間よ、苦しめ! 大地の嘆きを思い知るがいい!』
「そう言って最後の竜族、竜王オーリヴェールは絶命しました」




