第41話 セルヴァンテの思惑 3
ユカリノは北へ、そして東へと道を急いだ。
大陸北東、神聖セルヴァンテの都、セルヴァ。
聖都セルヴァと呼ばれる神殿都市。
北東、不吉な方角だ。
ヤマトの古い言い伝えでは、厄災とは北東の方角からやってくるという。
誰から聞いたのだったか、そんな伝説を。
ユカリノの守屋があるインゲルの森から、セルヴァまではかなり遠いが、途中で馬を手に入れることができたので、行程がよほど捗った。
目立つ黒髪はフードとマントの中に隠し、霊剣は布で巻いて荷物に紛れ込ませている。
急いではいたが、真夜中の旅を避けていたので、ケガレとはほぼ遭遇しなかったし、ガキの出現は皆無だった。おかげで今はもう、セルヴァの郊外の村だ。
ユカリノは情報を集めている。
宿では宿泊客の会話の聞き取りをするために、普段出入りしない酒場の隅で夜を過ごした。
そしてわかってきたことは。
「なぁ、聞いているか? 最近悪霊たちが人間の姿で出るようになったってよ」
「ええ……ってことは、ひょっとしたら、目の前のおめぇが悪霊だってこともあるってことか?」
「馬鹿言え! 悪霊に知能なんてあるかよ。けど、恐ろしいじゃないか。噂じゃ、罪人や、死んだばかりの奴の姿で人を襲うっていうぜ」
「うわぁ、怖くて夜は出歩けねぇな……って、真っ昼間以外は出るって話もある」
「恐ろしい話だ。城壁の外だけでなく、人気のない暗い町外れも危ねぇって聞く。ここらじゃあまだ噂程度だが、聖都セルヴァじゃあ、かなり深刻になっているって話だ」
「聖都が!? あそこは神官達が守りを固めているんじゃないのか? 神官長のアルブレロ様だっていらっしゃるし」
「けどほら、ここら辺の宿がこんなに混み合っているのは、聖都から逃げ出した奴らが多いからだ。きっとセルヴァで何かが起きている」
横から大柄な男が口を挟む。
「セルヴァンテは隠したがっているが、みんな危ないって思ってるんだろう」
ケガレが聖都に向かっている? ここまでケガレに出会わなかったのも、そのためか? あえて夜旅を避けていたけれど。
ユカリノが夜旅を避けていたのは、ケガレと戦うことで体力を消耗し、旅を遅らせたくないからだった。
けれど今の話によると、そんな必要はなかったのかもしれない。
しかし、この村は聖都から半日余りのところに立地している。ケガレがセルヴァを目指しているのであれば、おそらく──。
「ご馳走様。お勘定を置いておく」
ユカリノは店の奥に立つ店主に向かって、銅貨数枚を並べた。
「ちょ、ちょっとお兄さん、夜は危ないよ。この上は宿屋だ、今夜は泊まっていきな。あいにく部屋は空いてないけど、相部屋を頼んでみるから」
「大丈夫だ。ありがとう」
心配そうな店主を前に、ユカリノは出口へと踵を返す。
「兄さん、そんなちっさな体で無茶だよ!」
「そうだ、俺も部屋を取れなかったんだ。今夜はここで俺たちと飲み明かそうぜ」
そう言った男がユカリノのマントの背中を掴む。その拍子にフードが滑り落ちた。黒髪、そして異国風の美貌が灯火の下に明らかになった。
途端に賑やかだった酒場が静まり返る。
「あんた……ヤマトの人か」
「すげぇ、俺初めて見た。まだ子どもじゃねぇか」
「けったいな格好だ……けど、綺麗なもんだな」
ユカリノは構わず歩き出す。
「おい、あんた」
呼び止めたのは大柄な男だった。
「あんたはヤマトか」
「……」
ユカリノは小さく頷いた。
「ならさっきから話は聞いていたな。あんたがここにいるってことは、この村もやばいってことか?」
「それを確かめるために来た」
「そんなちっさな体で戦えるのか? 俺はこれでも元兵士だ。何だったら手を貸すぜ」
「必要ない」
「怖くないのか? 武器は」
「ある。見せられないが」
「どうやって悪霊と戦う?」
よほど腕に自信があるのか、それともユカリノに興味が湧いたのか、男は執拗だった。
「祓う」
「ハラウ? なんだそれ」
男が手を伸ばすのを、ユカリノはさっと避けた。
「おい! 失礼だろ……あ」
立ち上がった大きな男を遮るように、水平に構えられた霊刀フツ。鞘を見ただけでも、それが通常の武器ではないとわかる。額に汗を浮かべて男は下がった。
「もう行く」
ユカリノはフードを被り直すと、今度こそ酒場を後にした。
男たちの視線が、自分の背中に集まっているのを感じる。
皆、怖いのだ。
ケガレが。
──そして、自分が。
ユカリノは明るい宿屋を後に、夜の道を一人進んだ。




