第37話 北東からの風 2
四角い町の広場に一段高く、花嫁と花婿の席が造られていた。
花婿は町の大きな商家の次男で、父は町の評議員も務めている。ミラは、いわば玉の輿なのだ。
「あっ! ミラだ! 綺麗だなぁ!」
広場に着いたオーリは、早速ミラを見つけた。
「施設に入った頃からずっと一緒だったけど、ちっちゃくていつも泣いてた子で、あんなに綺麗で、立派になるなんて思わなかったです」
「そーか」
「あ、でも花婿さんはあんまり知らないです。俺よか少し年上で、いいとこの坊ちゃんだってことしか」
「そーか。よかったなぁ」
「ユカリノ様、さっきから何をむくれているんですか? ほら、お祝いを言いに行きましょ!」
オーリはユカリノの腕を取って、人の多い方へと進んでいく。ユカリノの方は相変わらずの人みしりであるから、その心情には天と地ほどの差があった。
「オーリ! よくきたな!」
「今日は大盤振る舞いだそうだから、たくさん食ってくれ」
オーリのよく知る町の人や、非番の衛士たちから途切れることなく声がかかる。
彼らはまずオーリを見て、それから背中に隠れているユカリノに目を向けた。
「ちょっ……えっらい美人を連れてるじゃないか!」
「黒髪とは珍しい……って、まさか?」
「ヤマトの方!?」
「ユカリノ様!?」
「すっげぇ!」
オーリに手を引かれながら、ユカリノは顔を上げられない。
「オーリ! ちょっと恥ずかいよ」
「だってユカリノ様が綺麗すぎるからですよ。ここまで注目されるなんて。あ、ほら」
「え?」
「ミラ! おめでとう!」
そこには花嫁衣装に身を包んだミラが座っていた。
花嫁衣装は白く、たくさんの布が重なっていて、小柄なミラは花と衣装に埋もれそうになりながら、それでもオーリを見上げて微笑んだ。
「ありがとう、オーリ。私、綺麗?」
「とっても綺麗だよ! えっと……ダイタさんでしたよね! おめでとうございます! ミラはとってもいい子なんで、幸せにしてやってください!」
「ありがとう。そのつもりだ。オーリ君、君も町のために頑張ってくれてるんだよね。皆感謝してくれているよ」
言いながら花婿であるダイタは、ユカリノに視線を移して見て黙礼をした。
「ありがとうございます、ユカリノ様。私も含め、町の者は皆あなたに感謝をしております」
「……」
ユカリノは黙って頷き、小さな花束を渡す。それは彼女が自分で摘んだ森の花で作ったものだった。地味だが香りがよく、魔除けにもなる。
「ありがとうございます、ユカリノ様」
「おめでとう、ミラ。幸せに」
小さな声で囁くと、ユカリノは段を降りた。
もちろんオーリもついてくる。人が溢れる広場の中でも、ユカリノの歩みは滑らかだ、しなやかに隙間を縫いながら、賑わいの広場を抜けたところでオーリに捕まった。
「もう! どこいくんですか!」
「……だって」
「だって?」
「幸せな人を見ると、自分まで幸せな気分になるんだなって、ちょっとびっくりした」
ユカリノの目は広場を見つめている。そろそろ踊りの輪ができ始めている。
「ちょっと待っててください」
オーリは広場の端にある木のベンチにユカリノを座らすと、一番近くの屋台まで走って行った。
「はい! ベリイのジュース! 春はこれがなくちゃ!」
差し出された赤い液体は甘い香りを放ち、朝食以来何も食べていなかったユカリノの食欲を刺激した。
「おお! 一気飲み!」
「美味しい」
広場では町の人たちによる演奏が始まった。若い男女が踊り、子供たちが真似をする。それを見守る大人や老人。それはとても楽しく平和な風景だった。
時々、ふとユカリノの目元が緩むのがとても可愛いと、オーリは見つめている。
「ユカリノ様、踊りましょう!」
「やだ。恥ずかしい」
「そういうと思った。それに、俺もこれ以上ユカリノ様を他人に見せたくない。だから、ここで俺と踊りましょ」
「ここで? でも私、踊りを知らない」
オーリに手を取られてユカリノは立ち上がっていた。
「簡単なんです。俺と手を繋いで……右へ一歩二歩。くるりと回って今度は左。右足まーえ、お辞儀。ここで次の人と変わるんですけど、ユカリノ様は俺とだけ」
オーリはユカリノをくるりと回す。軽いスカートがふわりと持ち上がり、素足の脛があらわになった。
「上手!」
「案外楽しいな! もっと早くてもいいぞ!」
「言ったな! そら!」
二人は息が切れるまで踊り続け、ユカリノが降参して、オーリの胸にもたれかかったところで曲が終わった」
「楽しかったー!」
ほんのり汗をかいたユカリノを、オーリは黙って抱きしめている。
「ありがとう。こんな楽しいところに連れてきてくれて。あ、ミラが抱き上げられてる」
広場の壇上では花束を持ったミラが、ダイタに横抱きにされている。花びらが空に舞い、歓声が上がっていた。
「ユカリノ様」
「ん? わ!」
オーリもユカリノを抱き上げた。
「俺、昨日ウソをつきました」
「嘘?」
「俺、本気でユカリノ様をお嫁さんにするつもりなんです」
オーリは腕の中のユカリノを見つめて言った。
「でもそれは無理があるんじゃないか?」
「ねぇユカリノ様、結婚の意味ってわかりますか?」
「愛し合った男女が一緒に暮らすことだろ? つまり家族」
「もちろんそうですけど、子どもをつくったりするんです」
「ああ、そうか。子どもは結婚すると生まれるんだったな」
「えっとね、別に結婚しなくても子どもは作れるんです。男って、好きな女の人にいろいろしたいわけですよ」
「いろいろ。ああ、触れたり口づけしたり。知ってる、私たちもやってる」
「ユカリノ様が知らないことがあるんですよ」
「知らないこと?」
「ごめんなさい。今は教えられないのです。だって、今は俺とユカリノ様はそういうふうになっちゃいけないから」
「それは私がヤマトだから?」
「違います。俺はね、ユカリノ様だから好きなんです。ヤマトでもいいし、なくてもいい。もっと言えば女の人じゃなくてもいいし、おばあさんでもいい」
「……おばあ……それはちょっとひどくないか?」
「要するに!」
オーリはユカリノの唇の橋についていたジュースの赤を舐めとった。
「俺はユカリノ様が大好きなんです。愛してます。愛しいです。あなたのためなら、なんだってします! 悪いことでも」
「悪いことはダメだと思う」
「ええ。だからね。ユカリノ様、俺はあなたとしちゃいけないことがある。それをしたらきっと、俺を嫌いになる。あなたに男の汚い部分を見せたくない」
「オーリは汚くない」
「汚いんですよ。男は大体そうです。でも、俺は我慢する。あなたを傷つけたくないから」
「オーリになら傷つけられてもいい……かもしれない」
「そんな可愛いこと言わないでください。本気にしてしまいます」
オーリはユカリノから手を外して俯いた。
「でもね、俺はお嫁さんにするなら、ユカリノ様しかいないって思ってるんです。別に子どもを作らなくてもいいから、ずっと一緒にいたい。誰に憚る事なく、ミラとダイタさんみたいに、一緒にいたい」
オーリは切々と訴えた。
でも本当は、全部触れさせてほしい。吸わせてほしい。抱かせてほしい。俺の全てを受け入れてほしい。
だけど、そんなことしちゃいけない。ユカリノ様だって望まないだろう。この方は自分の使命に忠実だから。
「……オーリ、もういい。わかった、わかったから」
「……」
背の高いオーリが唇を噛んで項垂れている。ユカリノは自分から腕を回して彼を抱きしめた。
「帰ろ。今日は楽しかった。この服も嬉しかった」
「……はい」
ユカリノは猫のようにオーリの腕から逃れ、勢いよくくるりと回った。スカートの裾が大きく持ち上がり、いつもは見えない太ももまで見えた。
「ユカリノ様……」
オーリも立ち上がり、広場の人から彼女を隠すように背を向け、ユカリノを抱きしめる。
「口づけたいです。いますぐ」
「ん……しよ?」
オーリは紅を塗った唇にそっと触れた。今はこれで十分だった。
今は。
ユカリノは背の高いオーリの首に腕を回し、オーリはユカリノの腰を支え、何度も唇を擦り合わせた。
「帰ろうか」
手を繋いで、賑わう広場を抜け出す。城門でイニチャと出会った。
「イニチャさんじゃないですか。広場で見かけないと思ったら」
「俺は今日も仕事だよ。ミラは綺麗だったかい?」
「ああ。綺麗で幸せそうだった」
ユカリノはもう見えない広場を振り返った。
「ユカリノもその服よく似合うよ。見違えた。ところで手紙が届いている。ヤマトの特殊文字で書かれているから、俺には読めない。だが多分、重要なことだ。よかったら後で教えてくれ」
イニチャは厳重に封をした手紙を渡すと、仕事に戻っていった。
守屋に着くとユカリノは手紙を解く。丈夫な紙に鮮やかな墨痕。
「サキモリの筆跡だ」
オーリには読めないヤマトの文字。それはインクより黒い墨と言われるもので書かれている。
「……なんて言ってきたんですか?」
さっと顔色を変えたユカリノに、オーリの不安が高まった。
「トモエが死んだ」




