表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】夜明けの猫は、致死量の愛の夢を見る  作者: 文野さと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/62

第35話 二つの種族 3

 頭がぼうっとしている。


 ユカリノ様から俺にく……口づけを?

 

 自分からしたことはあった、その時はユカリノが辛そうだったので、必死で自分を抑えた。

 けれど今は。


 こっ、これはいわゆる、プロポーズってやつを、受け入れてくれたってことになるのか!?


 オーリは、背伸びwpしているユカリノを抱き込むように腰を折った。

「ああ……好きです! ユカリノ様、大好き!」

「うん。だからちょっとだけ我慢してくれ」

「え?」

 戦慄(おのの)く唇を割るようにして、小さな熱い肉がオーリの口の中に侵入してきた。

「ん……ん……」

 目を閉じたユカリノは、眉を顰めて少し難しい顔をしている。

「むぅ……やっぱり舌は難しいな。オーリ、すまないけど膝をついて」

「は、はいぃ!」

 期待に胸を高鳴らせてオーリが床に沈み込む。

「ちょっと噛む」

 オーリの唇をユカリノが覆い、小さな犬歯が食い込んだ。瞬間、鋭く甘美な痛みがオーリの喉を震わせる。

「んっ! んんっ……」


 うわぁ……なんて甘い……ユカリノ様が俺の血を飲んでる! そして傷を癒そうとしてくださってる。


 血を舐めとるユカリノの熱い部分を感じ、オーリは恍惚となった。体の奥に火が灯る。

「んん……これでいいかな。オーリ大丈夫か?」

 ユカリノは唇を話して、自分の唇の周りを拭っている。

「だいじょうぶれす……」

 オーリの頬は、これ以上ないくらい緩んでいる。いわゆるだらしのない顔だ。

「変な顔をしているな。いきなり悪かった」

「いいえ〜。でもどうして?」

「以前、私はオーリの指の血を飲んだことあったろう?」

「ええと、あれはソドラに行く前でしたっけ。俺がナイフで指を切って……」

「そうだ。あの後の戦闘で、私はよく体が動き、触手の動きも予見できた。大きなケガレをお前と一緒に祓ったな」

「えっと……はぁ」


 さっきまでの甘い雰囲気は、なんだったの?

 

 オーリが拍子抜けするほど、ユカリノの顔は真面目だ。

「その時は深く考えなかった。でも、オーリはケガレに傷つけられても、ガキにはならなかった。あれからずっと考え続けて、もしかして、オーリには……オーリの血には、特別な力があるんじゃないかと、思い当たった」

「……アルブレロさんと何か話しました?」

 オーリは、アルブレロに乞われ、血を与えている。

 しかし、その事をユカリノは知らないはずだった。だから、ユカリノは自分で、アルブレロと同じ考えに至ったとしか思えない。

「ふぅん……つまり、アルブレロもお前に、血を強請(ねだ)ったのか」

「い、いえ……あの、そうです。血を取られました」

 ユカリノの洞察は鋭い。オーリはすぐに降参した。

 ユカリノにこれ以上負担をかけないという条件で、オーリはアルブレロにかなりの量の血を与えた。大きめのカップ一杯分の量だ。

「セルヴァンテは、ヤマトに一体一体祓わせるよりも効率良く、ケガレを一掃しようと考えている」

「それってどういう?」

「オーリも知っているだろう? 普通の武器では祓えない悪霊であるケガレが、人を喰ってしまえば、肉体のあるガキとなって、普通の人間にも殺すことができる」

「だっ! だけどそれは、ガキに喰われて、犠牲になる人がいるって前提で!」

 オーリは思わず震えた。ガキのうつろな目を思い出したのだ。底知れない虚無を秘めた闇を。

「だから、犠牲を作るつもりなんだよ。今回は病んだ娼婦だった」

「でも、ガキは自ら仲間を増やしていた! そのやり方ではガキを増やすだけです」

「うん。その辺は想定外だったんだろうな。奴らの中の腐った脳が鈍く機能していて、仲間を増やしたいという欲望のみで人間を襲う。私たちがそれを証明した」

「……」

「そしてオーリ、お前がいたから奴らを斃せた」

「そんな。俺は……」

「オーリ」

 ユカリノは自分を見下ろす、逞しい青年の肩に手を置く。

「お前はかつて、大陸に君臨した竜族の末裔なのだろう?」

「アルブレロに聞いたんですか?」

「初めて会った時、お前に肌を見せられた。その時は生まれつきなんだろう、かわいそうに、と思っただけだが、傷の治りが早いこと、町と森で働きづめなのに疲れないこと、そして何よりケガレがお前を警戒している様子を見て、私なりに仮定を立てるようになった」

「仮説……?」

「ああ。大きな街に行った時、セルヴァンテの書庫で調べもした。特に秘密でもなく、竜族に関する本はいくつもあったよ」

「……そんなこと一言も俺には」

「お前が嫌がるかもしれないと思ったからだ。傷つくかもしれないとも」

「……」

「竜族というのは、人間より上位の存在だったのだろう」

「でも滅んでしまったと」

「滅んでない。オーリの中に血を繋いでいる」

「俺はずっとこの皮膚のおかげで、忌むべき子でした。竜族なんて知りませんし、今更そんなこと言われても……」

「そうだな。オーリも私も、この大陸では異分子なんだ。勝手に利用され、忌み嫌われる。だから助け合えるだろう? 婚姻はできなくても」

「……」

「たとえお前が何者でも、私にはオーリはオーリだ。優しくて強くて可愛い、私の小さなオーリだ」

「ユ……ユカリノ様より、だいぶん大きくなりました」

 オーリは深く俯いた。広い肩が震えている。

「泣いているのか? オーリ」

「べっ、別に……」

「何も心配いらないよ、オーリ。私たちは今までのまま何も変わらない。一緒にケガレと戦おう。セルヴァンテの思惑に乗るのは業腹だが、お前を育てた町の人たちを守ると思えば、この戦いにも意味はある」

「俺を育ててくれたのはユカリノ様です」

「私はお前に戦いしか教えなかった。お前がこんなにいい男になったのは、インゲルの町の人のおかげだ」

「……だから俺に口づけをしたのですか? 感謝……的な意味で?」

「違う。オーリだから」

「俺だから?」

「口づけしたいと思った……オーリ、好きだよ。私はオーリの体と心が好きだ。愛しい」

「ユカリノ様……」

 男にしては大きめの、オーリの目から溢れるものがある。

「なんで泣いてる」

「だって、嬉しくて……俺、もうずっと、俺だけがユカリノ様のこと、愛しく思ってるって……」

「オーリってば、苦しいよ」

 オーリの腕は、ユカリノの体に回り込んでもまだ余る。その全身全霊で、青年は愛する娘を抱きしめていた。

「ユカリノ様、好きです! そんで好きよりもずっと愛しいです。俺だけのものだってみんなに言いたい!」

「でも、お嫁さんにはなれないぞ」

「そんなのいいんです。俺、ずっとユカリノ様のそばにいられたら、それで……あの。お願いが」

「なに?」

「俺にもユカリノ様の血をくださいませんか?」

「ん……いいぞ」

「え? いいんですか?」

「ああ。好きなだけ、取るがいい。アスカを」

 ユカリノはオーリに与えた刀子アスカを受け取ると、自分の指先を突いた。

 真っ赤な血が細い指を伝って流れた。

 オーリの目が銀色に輝く。

「以前、私がやったようにして」

「……つ!」

 ユカリノの言葉が終わる前に、オーリは白い指を深く口に含む。

「……あ」

 その刺激に、ユカリノの体が反った。竜族の末裔の青年は、その腰を逃さない。夢中で血を啜っている。

「甘い……甘いです。ユカリノ様……」

 オーリはようやく指を解放すると、ぺろりと唇を舐めた。

「愛してます。ユカリノ様」

 唇が重なり、ヤマトと竜族、両方の種族の体液が舌を介して混じり合う。それは滅びゆく者同士の血の口づけだった。

 甘美で危険な味。二人は体を絡めせあい、何度もお互いの血と唇を求め続けた。


 それは運命の夜だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ