表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】夜明けの猫は、致死量の愛の夢を見る  作者: 文野さと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/62

第33話 二つの種族 1

 明くる朝早く、ユカリノは目を覚ました。

 不思議と体が軽い。

 昨夜の戦いで浴びたケガレの瘴気や、その後の禊のことを考えると、もっと体力を消耗していても不思議はないのに。

「オーリ? どこ?」

 呼べばすぐに来てくれる慕わしい青年がいない。代わりに知らない女がやってきた。

「ユカリノ様、お目覚めですか?」

「あなたは?」

「この正殿に使えるホーリアと申します。昨夜お会いしております」

「……覚えていない」

「昨夜はかなりお疲れでしたから。どうぞなんでもお申し付けください」

「ありがとう。で、オーリは?」

 起き上がったユカリノの目は、既にホーリアを見ていない。

「オーリ様は……隣の部屋で休まれています」

「そう」

「朝食を召し上がられますか? 準備はできております」

「朝食……?」

 尋ねられて、ユカリノは自分がひどく空腹なことに気がついた。けれど、馴染みのない場所で、オーリがそばにいない食事は心もとなく思った。

「私はオーリと共に食べたい。呼べないのか?」

「……いいえ。お待ちください」

「ユカリノさまぁ!」

 ホーリアが扉を開けた瞬間、廊下で待ち構えていたらしい青年が転がり込んできた。

「お身体は? どこかお辛いところはありませんか?」

 オーリはユカリノの周りをぐるぐる回って、状態を確かめている。

「ないよ。オーリこそ怪我をしていたろう? 昨日は余裕がなくてすまなかった。大丈夫か? 傷を見せて」

「俺の怪我なんて、ほら! いつも通り! この通り!」

 オーリは手首に薄く巻かれた包帯を解いて、傷跡を見せた。

「いつも通り? いや……いつもより治りが遅いように見える」

「ええ〜? 普通ですよぉ」

 笑いながら、オーリはユカリノの観察眼に密かに驚いていた。

 ガキの首に噛まれた手首の傷は、一旦塞がっていたが、そこを昨夜アルブレロが再び開いたのだ。血を取るために。二度開いた傷だから、それだけ治りも遅い。

『俺の血をやったら、ユカリノ様にこれ以上、無理をさせないと約束するか?』

 これがオーリの出した条件だった。アルブレロは黙って頷いた。


「ユカリノ様に心配されてもらって俺、嬉しいです」

「あたりまえだろ? 本当に大丈夫か? ちょっと腫れているじゃないか」

「平気です。俺、本当に丈夫みたいですよ。それより、お腹減ってません? 朝ご飯食べました?」

「食べてない……お腹減った」

「はい。すぐにお持ちしますね! 一緒に食べましょう! あ、ホーリアさん、あなたもういいです。俺がお世話しますから!」

 オーリはいつも機嫌がいいが、この朝はさらに晴れやかだ。ユカリノが少し不自然に思うほどに。

「……ああ、頼むよ」

 だが、ユカリノはあえて尋ねなかった。ここはあまり話したくなるような場所ではなかったからだ。

「はい、どうぞ! あ、でも待ってください。念のため。昨日の今日ですし」

 オーリはユカリノの皿から少し取って食べた。毒味である。ここに来てからからずっとそうだった。

「気にしすぎじゃないかな? 私にだって毒の有無くらいわかる」

「気にしすぎでいいんです」

「でも、お前が毒にあたったら……」

「だから大丈夫ですって。俺、丈夫で鈍感だから」

「丈夫かもしれないけど、鈍感ではないよ。オーリはとても繊細だ」

 ユカリノは真っ赤になっている青年に淡く微笑んだ。その微笑みがオーリを魅了しているとも知らずに。

「さぁ」

 オーリが毒味をしてくれた食事を終えると、ユカリノは立ち上がった。

「帰ろう。ここでの仕事は終わった」


 二人がインゲルの街に戻ったのは、往路よりもゆっくりな五日目の朝である。

 その間なぜか、ケガレが出なかったのは幸いだった。

 オーリはユカリノを早く守屋で休ませてやりたいと思ったが、ユカリノは役所に報告をすると言って町に入ったのだ。

 役所にはイニチャが待ち構えていた。

「よう、お疲れさん」

「今帰った。トモエは? 会わなかったが」

「ああ、彼女ならもう行ったぜ。次の依頼が来て、朝早く」

「トモエも盛りを過ぎているのに忙しいことだ」

 ユカリノは思わしげに眉を寄せた。彼女の行く末は自分の未来なのだ。

「アルブレロに会ったんだな」

「ああ。どうせここにも彼から報告が来ているだろうが、私の見解も伝えておこうと思う、イニチャ」

「ああ、頼む。アルブレロさんはあの通り、心底の見えないお方だから」

「その点、あんたと似ているな。真面目なんだか不真面目なんだかわからない」

「褒められてるのか? それ」

「さぁね。ユカリノ様は疲れているんです。無駄口はよしてください。行きましょう、ユカリノ様」

 オーリが二人の間に割って入った。オーリのイニチャへの心証は、アルブレロの言葉でにより著しく低下していた。


 この人、俺のこと最初からセルヴァンテに報告していたんだ。


「ええ? 俺の目には、お前の方が疲れているように見えるんだがなぁ、オーリ?」

「俺は頑丈ですよ。知ってるでしょ?」

「そうかぁ? なんか目の下にうっすらクマが……寝不足かい?」

「違いますって!」

 オーリがイニチャとやりとりしている間に、ユカリノは簡単な報告書を作成していた。

「ざっとこんな感じだ。ソドラでは人間を喰ったガキが仲間を増やしていた」

「噂は本当だったんだな」

「この前、こちらで戦った奴らも大型化していたし、どうも、ケガレに異変が起き始めているようだ。なんでだかわかるか? イニチャ」

「俺みたいな木端役人にわかるわけがない。けど、なんとなく察することはある」

「やっぱり、神聖セルヴァンテの上層部かな?」

「ユカリノもそう思うか? 俺はアルブレロさんのことは、あまりよく知らないんだが」

「まぁ、ケガレを一掃したいあまりに、何か禁忌に触れようとしている雰囲気は伺えた」

「……」

「ん? オーリ、どうした、珍しく考え込んで」

「珍しく……俺だってタマには頭使うんです!」

 オーリは珍しく喧嘩腰だ。

「ああ、はいはい。もういい。私は守屋に帰って寝る。オーリは久しぶりに自分の部屋に戻れ」

「ええ〜。だってユカリノ様、何にも食糧がないでしょ? ご飯はどうするんです」

「夕方また来てくれたらいいさ」

 二人が一緒に役所の別館を出たところで、ミラとばったり出会った。今日はエプロンをつけていない。

「オーリ! おかえりなさい。ユカリノ様も」

「ああ。ただいま。どうした? 顔が赤いぞ」

「ちょっと……相談したいことがあって。聞いてくれない?」

 ミラが照れたように頬を染めている。恥ずかしいのか、嬉しいのか。

 いずれにしても自分が関わることではないと、ユカリノは思った。

「久々に町でゆっくりしてこい。私なら一人で平気だから」

 そうして、オーリの返事も聞かずにユカリノは門を出た。そのまま真っ直ぐに守屋へと帰る。

 やはり疲れているのか、まだ体が本調子ではない。ユカリノは旅装を解いて、体を拭くとすぐに寝床に潜り込んだ。


 おかしいな。夜はオーリが部屋の外で見張っててくれるから、よく眠ったはずなのに。どうしてこんなに気持ちが騒ぐ?

 ミラはまた、綺麗になっていた。広がった可愛い服を服を着て、髪を編んで。

 ……オーリと、どんな話をするんだろう。


 不毛な思考を重ねているうちに、ユカリノはいつしか眠っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ