第31話 オーリに眠る血 2
「話とはなんだ?」
オーリは短く尋ねた。
本来、オーリの性格は明朗だ。ユカリノとはもちろん、街の人やインゲルの衛士達とも気さくによく話をする。聞き上手でもある。
しかし、この海千山千と思えるセルヴァンテの管理官、アルブレロに対しては慎重にならざるをえない。
オーリは自分が大して頭が良くないと思っているが、今回ばかりは全神経を研ぎ澄ませていた。
自分では気がついていないが、オーリが集中すると、灰色の瞳が仄かに銀色の光を帯びる。それがアルブレロを魅了した。
「ま、まぁ、座ってください。オーリ君」
アルブレロは内心の高揚を隠して、質素な椅子を示した。室内も飾りひとつない。部屋の壁は石なのでうすら寒いが、暖炉に火が焚かれているから、震えるほどではない。
「まずは今夜のことだ。どうして、ガキがいることを事前に知らせなかった?」
「それについては、謝るしかありません。私は、ユカリノのヤマトとしての技量を正確に見たかったのです。私もこちらにきて日が浅いのです。普段は聖都セルヴァにおりますので」
「ふぅん。つまり、あんたらも俺らを信用してなかったってことだな」
ヤマトの持つ武器や技量に関しては、彼らを管理するセルヴァンテで共有されているはずだ。だから、今更試すということは、アルブレロの独断専行なのだろうと、オーリは推測する。
アルブレロは、殊勝に頭を下げた。
「申し訳ありません。どうしても見たかったのです」
「しかし今回、想定外のことが起きました。あの地区でケガレに娼婦が一人喰われたのは知っていました。だから、聖油を撒いて立ち入り禁止にしたのです」
「……」
「ケガレに喰われた人間は、肉体を持つケガレ……つまりガキとなり、力は増しますが、普通の武器で倒すことは可能です。しかし、我々が把握していたガキは娼婦のガキ一体だけだった。それだけは正確に言える。だからあの大男は、ガキになった女に喰われ、ガキとなった」
「……どういうことだ?」
「つまり、人を喰ってガキになったケガレには、ある程度知能があるってことです。多分、生きている娼婦のふりをして、男を立ち入り区域に誘い込んで襲い、自分と同じガキにしたんでしょう」
「ガキにはガキを増やす力がある?」
「ええ。ガキにはうっすら知能があるとわかりました。きっと自分の一部、たとえば血などの体液を飲ませるかして、同類にしたんでしょう。こんな例は今まで聞いたことがない」
「俺達には、ガキになったケガレを見分けることができないってことか?」
オーリが畳み掛ける。
「ええ。一見しただけでは。しかし、所詮はケガレですから、人間並の知能は持てないとは思います。脳は早く腐るので。しかし、ケガレと違って、昼間も多分動ける。ガキの欲望はケガレと同じで、ただ一つ。仲間を増やすこと」
ケガレは人間に戻りたくて人間を喰う。そして喰われた人間はガキとなって、自分と同じガキを増やすために人間を誘い、襲う。
「……で、ユカリノ様は、二体のガキの相手をさせられたってわけだな。あんたはどこかでそれを見ていた」
「結果的にそうなりました。もしかしたら、あなたは気がついてたのではないですか?」
確かに、オーリは妙な気配を感じていた。しかし、ごく弱いものだったし、ユカリノの集中を乱すのを恐れて伝えなかったのだ。
「なんで助けなかった!」
「助けたくてもできないのです。私自身には何の力もない。武器も扱えない。右目は潰れて見えない」
そう言ってアルブレロは、ゆったりした官服の裾を捲った。
「……う」
左足は膝から下がなかった。
「膝から下は義足です。昔、ケガレに襲われて、目と足を喰われたのです。だから、私は穢れ、いつ死んでもいい。だから、この役目を担っている」
「あんたの不幸には同情するが、情報の出し惜しみのおかげで、ユカリノ様はひどく傷つかれた。ガキの汚れた息を浴び、回復にどれだけ時間がかかるかわからない」
「わかっております。どうぞゆっくりご静養を。しかし、私の懸念は完全に払拭されました。ユカリノは大変優秀なヤマトです。比類なき強さと霊力をお持ちだ」
「そんな評価は、少しもユカリノ様を幸せにしない」
「幸せ? そんなものをヤマトである彼女は、望んでおられるのでしょうか?」
「知らない。けれど、俺は望んでいる。ユカリノ様の幸せと安らぎを。あの方が傷ついて弱る姿など見たくない」
「なるほど。だから、あなた……なのですか」
彼の残された左目は、熱っぽくオーリを見定めている。
「なに? それはどういう意味だ?」
「言ったでしょう? あなたにも話があると」
アルブレロはオーリの胸を指差した。




