第28話 あなたが愛しすぎて 2
ユカリノ様……。
冷たく青い水の中にあってなお、ほんのり紅い唇が微笑む。
ユカリノは白い衣に手を掛けると、帯を解いた。上昇する気泡の力を借りて、合わせの衣は、いとも容易く脱ぎ捨てられ、泡と共に水面に浮かんだ。
今、ユカリノは裸体だ。普段の禊は着衣で行うが、オーリはたいてい守屋で、ユカリノが好きな風呂の準備をしていた。
なんて綺麗なんだ……この人は本当に人間か?
細い体に長い手足。水にたなびく黒い髪。女の証である胸は、まだ小さいが、それでも形よく柔らかそうに揺れている。足の間にはうっすらと陰りすらある。
オーリは水中であることも忘れ、しばし異国の血を持つ少女に見とれた。
ユカリノの表情に羞恥の色はない。ただ微笑んでオーリを指差す。正しくはオーリの服を。
ユカリノはオーリにも脱げというのだ。
そういえば、さっきガキに噛みつかれたっけ? 血も浴びたし。
人間の体をしていても、ガキの息や血は、当然穢れている。悪霊なのだから。
傷は痛くもなく平気だと思ったが、ユカリノはそうではないと思ったのだろう。
オーリに考える余地はなかった。早くしないとユカリノの息が上がってしまう。オーリは慌てて服を脱ぎ出した。
そして──。
二人は今、生まれたままの姿で向かい合っている。結んでいたオーリの髪は解け、ユカリノと同じように泡に持ち上げられている。
「……」
ユカリノは黙って、視線をオーリの胸に滑らせ、自分の首に手を回した。
オーリの異形の皮膚のある部分だった。生まれた時から胸と首にある。青い鱗状の硬い皮膚。
オーリは娘のようにその部分を隠そうとしたが、ユカリノの動きの方が早かった。
ついと腰を折って水を蹴ったユカリノは、オーリの胸のその部分に口づけをしたのだった。
「え?」
ごぼりと口に水が入る。
ああ……。
オーリは恍惚となって、自分の胸に唇を寄せるユカリノを見下ろした。
自然に腕が体に回り、抱きしめる形になる。オーリの男根が自分とユカリノの腹に挟まれていた。
二人の姿は、湧き上がる気泡で見えなくなった。
そろそろ息が苦しい。
もう十分だろうと、オーリはユカリノを抱いたまま、足を鰭のように使って上昇する。
「ぷはっ!」
ユカリノはオーリの肩に顔を載せたまま、目を閉じている。
「大丈夫ですか? お苦しくは?」
「……眠い」
そういうと、ユカリノはオーリの首に両手を回して、脱力してしまった。
こんな時ながら見られなくて幸いだと、オーリは思った。異形の皮膚以外で、一番醜い男の象徴。
もしかしたら、ちょっとは見られちゃったかもだけど。でも、お気にされていないようだし……。
それより、早く温めて差し上げなくては!
オーリは無理矢理、罪悪感を抑え込む。
「オーリ……寒い」
ユカリノは目を閉じたまま、もごもご言っている
「あ! そうですよね! でも服、びしょ濡れだし! これじゃ、部屋までお運びする間に冷えてしまう。どうしたら……」
二人の服は泉のほとりに浮かんでいる。オーリは慌てて、ユカリノの衣を拾い上げたが、ふと泉のそばに、きれいな布が置いてあるのが目に入った。
「こんなものさっきはなかったはず」
しかし、背に腹は変えられないので拾い上げると、それは上等の絹だった。大きいのでユカリノ一人くらい、十分包み込むことができる。
オーリは慌ててユカリノを包み込むと、濡れた自分自分の服を腰に巻きつけ、醜く硬直している部分を隠した。
「お部屋までお連れします」
オーリは耳元で囁いたが、ユカリノは柔らかな絹に鼻を埋めながら、ぐっすり眠っていた。




