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第17話 ミラ 1

「オーリ、今日の粥、とても美味しい」

「本当ですか? スープを変えてみたんですよ? お替わりあります。もっと食べますか?」

「うん。あと卵も。半熟で粥に乗っけて」

「はい!」

 ユカリノは小柄な体格に似合わずよく食べる。

 ケガレを払うという、大変な仕事をしているのだから当たり前なのだが、ゆっくりと成長しつつあるなかで、体が滋養を欲しているのではないか? とオーリは考えている。

 自分の作った料理をユカリノが美味しそうに食べる姿が、オーリは大好きだった。

 最近オーリは、午前中に頼まれ仕事をこなすと、すぐに町を出て森に入り、夜中、時には明け方近くまでケガレを祓い、守屋で一眠りしてから朝方街へ戻ることが日常になっている。

 本当はずっとユカリノと過ごしたいのだが、それは彼女が許してくれないのだ。

「ヤマトではないオーリは、町を生活の本拠地とするべきだ」

 ユカリノは常々そう言っている。

 けれど、オーリが生活の手助けをすることには寛容になってきた。いや、寛容というより、甘えてくれているのでは? とオーリは感じている。

 最初は森に入ることさえ、だめだと言われ続けたものだが。

「おやすみ」

 ユカリノはまだ寝足りないのか、寝間からオーリを送り出した。

「はい。おやすみなさい。また後で」

 オーリは、自分が頑丈な性質でよかったと思う。

 十八歳とは、兵士で言うなら新米か見習いの年齢だ。けれど、身体能力の高いオーリは、ベテランの兵士とも互角に戦えるし、睡眠時間が短くても、飯を食っていさえすれば疲れない。

 自分はユカリノを助けるために生まれたのではないか? 十年前のあの出会いは運命ではないか?

 そう思えるくらいには、オーリは自分に自信を持っている。


 そんなある日。

「連絡が来て、明日からソドラに出むく。三、四日は帰れない。午後にはトモエが来てくれる」

 午後、いつものようにやってきたオーリに、ユカリノはそう告げた。ソドラは北の大きな街だ。

 出張は昔は年に一回ぐらいだったのが、最近は数ヶ月おきに仕事が舞い込む。それだけ各地のケガレの出現頻度が上がっているということだろうか?

「だからオーリは、町でゆっくり過ごしなさい」

 少しも嬉しくないユカリノからの勧めに、オーリは肩を落とした。ゆっくりするのは苦手なのだ。

「だけど、ソドラ周辺って、最近物騒だって噂を聞きます。ケガレも増えてるし、最近では人間の野盗も出るって」

「野盗はともかく、ケガレは、街中に出たらしい」

「街中!」

「夜の街外れだと言うことだ。ソドラには歓楽街があって、外側はかなり荒れた廃墟になっているらしい」

「そんな危険な場所に?」

 確かにユカリノはケガレには強いが、人間とやり合ったらどうなのか? 霊刀フツは悪党にも通用するのか?

「ユカリノ様、俺も行きます! そんな危険なところに、ユカリノ様一人で行かせられません!」

「だめだよ」

 ユカリノは、遠出用の大きな荷袋を取り出しながら言った。オーリに背中を見せているので、その表情は見えない。

「だめと言うのが、だめです。なんだか嫌な予感がします。俺の援護が要るかもしれません。お願いです。ついて行かせてください」

「オーリ」

 ユカリノが振り返った。その顔はいつもと同じように静かではあったが、ほんの少し不安が滲んでいるように見えた。

「お願いです! お役に立ちますから!」

「……わかった。私を助けてくれ」

 ユカリノはしばらくオーリを見つめた後、そう零した。

「勿論です!」

 途端にオーリは、嬉しさではち切れそうになった。ユカリノが自分から頼ってくれるのは、本当に稀なのだ。だが、彼女も少しずつ変わってきている。

「言っちゃあなんだけど、ユカリノ様自分のことには割と無頓着だから心配なんです」

「無頓着じゃないぞ」

 ユカリノは唇を尖らせた。その仕草も可愛らしい。

「もうね、以前のように少年に化けられるユカリノ様じゃないんですよ。道中変な男に目をつけられるかもしれないし」

「ないだろ」

「いーや。戦いになる前に、きっと騙されます。意外とユカリノ様世間知らずだから。俺、世間とか常識とか、危機管理に慣れてきたし」

「私だって旅慣れている」

「でも俺の方がきっと器用だから! いつも、お役に立っているでしょう? 俺がいた方が便利でしょう?」

「……う、うん」


 だから困るんだ。

 

 ユカリノは再び荷袋に向き直った。

「わかった。では、頼む。オーリ、私と共に行こう」

「やった! 二人で旅……もとい出張だ!」

 オーリは背後からユカリノに抱きついた。

「ん……また少し成長されました?」

 ユカリノの首筋に鼻を埋める。身長差が大きくなって、オーリは腰を折らねばならない。

「さぁ? 自分ではなんとも。けど、腹はよく減るなぁ」

 首に巻きつく逞しい腕にユカリノは、頬をもたせかける。

 あんなに小さかったのに、いつの間にこんなに大きくなったものか。

「でしょ。穀物と固形スープがあったら俺、おいしいお粥作りますし! 卵があったら、ふわふわの卵粥もできます!」

「……ふわふわのお粥」

 ユカリノはオーリの作る粥が大好物なのである。

「じゃあ、道中の食料もたっぷり持っていかなくちゃ! あと、小物とか。これから一緒に、町に買い物に行きましょう!」

「町? しかし私は」

「大丈夫です。あれはもう三年前のことですよ。今はもう、ユカリノ様を悪く思う人はいません」

「だけど、いつも東門の付近だけで、町中に出たりは」

 自分の立場をわかりすぎている生真面目なユカリノは、町の人達と交わることを極力控えている。

 オーリはそれが歯痒く、なのに独り占めしたい気持ちもあって、複雑だ。


 独り占めしたいのに、みんなにこの人を見てほしい。


 オーリは自分の我儘と矛盾をよく自覚していた。

「大丈夫です。携帯食少なくなってたでしょ。新しい品が出たから一緒に選びましょう。大きめのフード付きの外套を着てください。ユカリノ様、薄着だから目立つし。はいこれ。俺から離れないようにしてくださいね」

「わかった。でも、オーリも町で仕事があるんじゃないか?」

「今はないです。二人で歩きたいです。午後に戻れば、トモエ様と合流できるでしょ?」

「そうだけど」

「決まりだ。早く行きましょう。荷物は俺が持ちます」

 オーリはユカリノに外套を着せた。袖を通して身頃をしっかり合わせ、フードで黒髪をすっぽり隠す。

「お金を」

「あ、それも俺が」

「オーリが?」

「馬鹿にしないでくれます? 俺、手間仕事してもらったお金、ほとんどそのまま持ってるんです。ユカリノ様に綺麗な髪飾りを買ってあげますね」

 上機嫌でオーリは笑った。


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