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第16話 予兆 3

「最近のケガレはどうです?」

 眼鏡を指で押し上げてセルペスが尋ねる。

 半年に一度やってくるサキモリとセルペスは、神聖セルヴァンテの連絡兼、監視役だ。

 サキモリはユカリノと同じヤマトだが、十年前にケガレに利き腕を奪われて以来、ヤマトとしては十分に戦えなくなった。

 以来セルヴァンテに、伝令や護衛として仕えている。

 オーリはこの二人が、特にセルペスが嫌いだった。彼は枯葉色の髪を顎まで垂らした飄々とした風貌の男だが、オーリは全く信用していない。ただ、彼はインゲルの役人のイニチャとは気が合うらしい。


 そもそも俺は、神聖セルヴァンテという組織を信用できないんだ。

 

 だからオーリはユカリノに頼みこんで、二人がやってくる時は必ず同席させてもらっている。ただし、口を挟まないという条件つきでだ。

 今も、口をへの字にして腕を組んだまま、壁際に立っている。

「……ふ」

 ユカリノはそんなオーリに薄く微笑みかけ、それから二人に向き直った。

「ケガレな。前よりも大きくなっている印象だ。そして厚みを感じる」

 ユカリノはセルペスにではなく、サキモリに向かって答えた。

「なにが起きている?」

「ヤマトの数がますます減ってきている」

 サキモリが難しい顔をして言った。

「そうか。トモエは?」

「無事だ」

 トモエとは、ユカリノが遠くの依頼を受ける際や、投薬で体調不良の時に代役となるヤマトの女だ。

 ユカリノよりも長くヤマトを勤めているが、能力としてはユカリノの方が上だと、セルペスは説明している。

 ユカリノの民族であるヤマトとは、数代前に東の島国から流れ着いた一族である。彼らの祖国である島国、アキツクニでも争いがあったようなのだが、それは口伝で飲み継承され、詳細はよくわかっていない。

 記録によると、最初にエストア大陸に着いたヤマトは、三百人を超えていたらしい。

 同じ頃、長い戦乱の世がどうにか収まり、人々の生活が安定しだしてから悪霊ケガレは現れた。

 まるで、平和を妬むかのように。

 大陸にケガレが出現するようになってから、神聖セルヴァンテは浄化の力を持つヤマトの民を悪霊祓いに従事させたのだ。

 ヤマト達は保護された恩に報いるため、彼らだけが扱える霊力を込めた武器を用いて悪霊と戦った。最初の代のヤマトの功績は素晴らしく、ケガレはどんどん祓われていった。

 神聖セルヴァンテは、最初の十数年でケガレを全て殲滅できると考えていたが、実際はそうはならなかったのだ。

 たった三百人でできることはしれている。ヤマト達は次第にその数を減らした。一旦収まりかけたケガレの災厄は、初代のヤマト種が減るにつれて再び増えだしたのだ。

 セルヴァンテは焦り、成長を抑える秘薬を彼らに施したのだった。

 しかし、いくら薬で成長を抑え、少しばかり延命しても、人間の持つ寿命は必ず来る。慌てたセルヴァンテの上層部は、ヤマト種同士を無理やりつがいにし、子を産ませようとした。

 つがいになっても、そんなに都合よく子は生まれない。それならと、アキツクニへと船を出しても、そこは、いつしか辿り着けない幻の島となってしまっていた。

 海図通りに航海しても、島が見つからないのだ。まるで、世界から消えてしまったかのように。

 そして月日が流れ、大陸のヤマトは現在は百人を切っている。


「まぁ、仕方がないんじゃないか? もともとケガレはこの大陸の悪霊だ。ケガレと呼ぶのは、私たちの言葉で悪霊や死を表すからだ。悪霊の発生に縁もゆかりもない、ヤマトに祓わせようということが間違ってる」

 ユカリノの言葉は冷淡だった。

「それはそうです。だからセルヴァンテも、ヤマトに頼らず悪霊を払う方法を模索しています。その一つがこれなのです、ユカリノ殿」

 セルペスは懐から、うす赤い液体の入ったガラス瓶を取り出した。

「それは?」

「これはそうですね……ある種の油だといいますか。これをケガレにぶちまけますと、一時的に力を抑えられるようです。希釈してあるので霊刀には及びませんが、一定の効果はあります」

「どうして原液を使わないで希釈する?」

「まだ量産できないのです。少々、差し障りがあるようで……」

「差し障りとは?」

「さぁ、私のような下っぱには、上層部の思惑までは伝わらないのです。すみません」

「ふん!」

 壁際からオーリが鼻を鳴らす音が聞こえるが、セルペスは無視を決め込んだ。

「聖都のアルブレロなら、もっと詳しく教えてくれるのか?」

「アルブレロ様? いやもう、滅相もない。私ごときが言葉をいただけるはずもなく」

「セルヴァンテの情報は密のはずだ」

 ユカリノは胡散臭そうに言った。

「嘘はついていません、本当に今のところ量産できないものです。とりあえずこれをお渡しします、ユカリノ殿。今日の要件です」

「澱んだ赤みが見える。不吉な色合いだ」

 受け取った瓶の中身を揺らしながらユカリノがつぶやく。そしてガラスの栓を抜いて、匂いを確かめると嫌な顔をした。

「ユカリノ様、どうされました!?」

 途端にオーリが飛んでくる。

「なんだか嫌な気配がする」

 ユカリノは瓶を慎重に棚に置いた。中の液体がとぷんと揺れた。油よりも粘性がありそうだ。

「何もないよりはいい。試しに使わせてもらう」

「ありがとう。また様子を聞きにきます。我々はこれで」

 セルペスはフードを被ったまま、頭を下げた。

「ユカリノ、決して無理はするなよ。ケガレなど所詮、この大陸の悪霊だ。俺のようになるな」

 そう言ってサキモリは、セルペスの後を追った。


 嫌な感じだ……。

 

 オーリはこの顛末の、一部始終が気に入らなかった。

 それは予感だった。


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