表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/62

第14話 予兆 1

 更に四年の月日が経った。

 オーリ、十八歳の秋である。


「ユカリノ様! 右から来ます! 大きい! あと十メルト!」

 オーリは樹上から指示を出した。

「よし!」

 目の前のケガレを祓ったユカリノは、息をつく暇もなく右から襲いかかる悪意の塊に向かって、霊刀フツを斜めにかざし、構えをとる。

 大木の太い枝で足場を固めたオーリは、赤黒い怪物に向かって弓を放った。

 普通の矢でケガレは祓えない。しかし、ユカリノの髪を巻きつけた矢尻は、少なくとも動きを鈍くする効果があるのだ。

 これはユカリノの手伝いをしているうちに、オーリが掴み取った技である。


 八歳で森に捨てられ、ユカリノと出会った最初の三年間は、ひたすら人との関わりを覚え、時折ユカリノが訪ねてくれるのを待つだけの日々だった。

 その後の三年は、ほとんどユカリノの従者と言ってもいい暮らしで、ヤマトであるユカリノの苦悩や、自分ができることに向き合った。

 変わらないのは、誠心誠意ユカリノに尽くすことだ。

 ユカリノの髪を編み込んだ腕輪がお守りになるのなら、武器にユカリノの一部を組み込むのはどうか?

 そう思って、彼女の髪を梳く時に櫛に残った髪を矢尻に仕込んでみた。

 すると、効いたのである。それを見たユカリノは、自分の髪を耳元から切り落とそうとしたが、それはオーリが全力で止めた。

「なんで?」

「なんででも! 絶対にダメです! 究極にダメです! 怒りますからね!」

 ユカリノの髪を切るなど、とんでもないことだとオーリは思っている。いざとなれば、自分がケガレとユカリノの間に割り込めばいいのだ。

 長年ユカリノの傍にいたせいか、オーリはケガレの動きが読めるようになってきている。

 少しでも役に立ちたいと奮闘するオーリを見かね、ユカリノは自分が持っている、もう一つの霊刀をオーリに与えた。

 それは刀ではなく、刀子とうすと呼ばれる小さな刃である。

 ケガレはこの大陸の武器では祓えない。ヤマトの故郷であるアキツクニと呼ばれる、東の島で鍛えられたはがねだけが悪霊を祓えるのだ。それは神の宿る水と火により、万回も打たれた刃だ。

 霊刀には一つ一つに名前がついていて、オーリには読めない文字で刀身に彫り込まれている。

 ユカリノは言った。

「そいつの名前はアスカという。お前はヤマトではないから、刀子のみの霊力でしか戦えない。武器を過信するな」

「はい」

 ヤマトは霊刀に宿る力に、自分の霊力をのせてケガレを祓う。だから、ヤマトでないオーリは、この小さな刀子の力が頼りだ。

 しかし小型のケガレならば深く斬れば有効だし、大きなものでも一瞬、動きを緩める効果は確認できたのだ。

「オーリはすごいな。ヤマト以外に、これほど霊刀を扱える人間を初めて見た。アスカと波長が合うのかな?」

「だったらいいな。俺、アスカ好きです。ちっちゃいところが特に!」

 ユカリノに褒められて、オーリは嬉しかった。だから、オーリは今日も弓や剣の腕を磨く。

 インゲルは大きな町ではないだけに、盗賊やケガレに狙われやすい。だからこそ、ユカリノの守屋が町の北東に置かれているのだ。

 ただケガレは、人を喰ってガキにならない限り、城壁を越えられないが、盗賊は違う。過去には実りの季節や、春に行われる女の成人式に、襲撃を受けたことがある。そのため、強い辺境警備が常駐しているし、街道の警備兵もいる。

 毎日の生活で忙しいオーリだが、その合間を縫って衛士や兵士たちに稽古をつけてもらっていた。大人である彼らも、オーリの素質を見抜き、将来の同僚だなどと軽口を叩きながら、稽古につきあってくれたのだ。

 少年の域を脱しつつあるオーリは、大人の兵士と対等に剣を交えられるほどの腕になっていた。


「今です! ユカリノ様!」

「リン・トウ・ビョウ・シャ・カイ・ジン・レツ・ザイ・ゼン! 無に還れ!」

 左手で印を切りながら、優雅な直刀で、触手を伸ばそうとする赤黒い塊をぐ。途端にケガレは蒸発するように霧散した。

 それが祓い──浄化なのだった。

 しかし、この夜は新月ということもあって、湧き出すケガレは分厚く数も多かった。

 オーリもある限りの弓を放ち続け、ついには地面に飛び降りると、ユカリノを庇うように前に立って、刀子を振るった。オーリによって動きが鈍くなったケガレを、舞を舞うようにユカリノが祓ってゆく。

 気がついた時には夜明けの寸前、闇が一番濃くなる時刻だった。

「うあ!」

 大きめのケガレにユカリノが気を取られている時、地面から伸びた細い触手がオーリの右腕に巻きついた。しかし、巻きついた触手は、オーリが叩き斬ろうとした瞬間、蒸発してしまった。

 じゅ! という悲鳴のような音を発して。

「オーリ!」

 ユカリノが叫ぶ。

「大丈夫です。俺が斬りました」

 実はオーリの刀子は、間に合わなかったのだが、なぜかケガレの方が先に消えてしまったのだ。

「さぁっ!」

 オーリの背後にわだかまっていた最後のケガレを、ユカリノが両断し、霧に変える。

 暗い森に水のような朝の光が差し込むのと、ユカリノが膝をついたのは同時だった。

「ユカリノ様!」

 オーリは息を弾ませて、剣に寄りかかるユカリノに駆け寄る。

「ユカリノ様! どこかお怪我を!?」

「だい……じょうぶ。少しあてられただけだ」

 一晩中ケガレを祓うと、いくらヤマトといえども、瘴気に当てられ、著しく体力を消耗する。昨夜は今までで一番大きなケガレが多く、苦しい戦いだった。初夏で、まだしも夜が短いことが幸いしたのだろうが、それでもユカリノの疲弊は酷い。

「私のことよりオーリ、腕を見せろ」

「俺のことなんて!」

「いいから見せろ。ああ、火傷のような痕が……」

 ねばねばの触手が手首に巻き付いたところが、輪のように赤くただれている。

「痛いだろう……すまないオーリ。私が遅かったから」

「痛くないです! それよりユカリノ様のほうがお辛そうです。今夜は久しぶりにシンゴンも使いましたし」

 オーリは傷のない腕で、ユカリノを支えた。ユカリノも限界だったのか、素直に身をまかしてくれる。

 シンゴンというのは大和に伝わる、邪鬼祓いの聖なる言葉だ。

 かつてはいくつかあったそうだが、残っているのは、このクジと呼ばれるシンゴンだけで、ユカリノは滅多にそれを使わない。霊力を持つ言葉は反動も大きいからだ。

「大丈夫だ。みそぎをすればすぐに回復する。すまないが守屋まで支え」「失礼します」

 オーリはそう言って、片手でユカリノを抱き上げた。

「ちょっ……オーリ!」

「大丈夫です。ユカリノ様、力を抜いて、俺にもたれて」

「……む」

 上から微笑みかけるオーリの言葉に、ユカリノはゆっくりと目を閉じた。そのまま、のしのしと運ばれる。

 頼もしい揺れが心地よかった。


いきなり4年後です!

さぁ、ここからです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ