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第13話 14歳の日常 4

「あんたら、どう言うことか説明してくれ」

 オーリは寝間の扉を閉めたサキモリを睨みつけ、眼鏡を拭いているセルペスに尋ねた。

「イニチャから」

 口を開いたのはサキモリだった。

「ユカリノが身近に他人を置いているということは聞いていたが、まさかこんな少年だったとはな」

「……」

 どうやらイニチャは、オーリのことを神聖セルヴァンテに、詳しく伝えていなかったらしい。もしかしたら敢えてなのかもしれないが。

「俺もヤマトだ」

 オーリは無言で頷いた。彼の黒髪や黒い瞳は、ヤマトの民であることを示している。

 髪は輪にはしていないが、ユカリノと同じように先端で分け、耳の横で解けないように結えている。服装も似たようなものだったが、何よりも違う点は、この男はユカリノよりも大きく、歳も三十くらいに見える。

「正しくは元ヤマトだ」

「ヤマトってやめられるのか?」

 オーリは驚いた。

「もちろん、俺たちは死ぬまでヤマトの民だ。俺の言うのは、ケガレを祓う仕事ってことだ。俺は腕を失い、もう以前ほどには戦えない」

「戦いで負傷したのか?」

「まぁそうだ。無数のケガレに取り囲まれ、喰いつかれてな。瘴気が回る前に自分で斬り落とした。霊刀はまだ携えているが、悪霊を祓う力は弱まった」

 サキモリは部屋の隅に立てかけてある刀を指した。ユカリノのフツよりは大きいが、同じような直刀だ。

「ヤワタと言う」

「ヤマトでなくなることがある!?」

 オーリは叫んだ。その声音には密かな喜びが混じっている。


 ヤマトの危険な仕事から、ユカリノ様が解放される日が来るのか?

 いやでも、この男のいうことが本当なら、体の一部を失うってことだ。

 やっぱりだめだ。


「肉体の一部を失うと、俺たちの力は弱まる。薬を飲まされることはなくなり、俺の体は成長しはじめた」

「あんた、いったい幾つなんだ?」

「四十三」

 どう見てもそうは見えない。せいぜい二十代後半だ。

「力が弱まっても、護衛くらいは務まる。だからここに来た。ユカリノに会うために」

「ユカリノ様に妙な薬を飲ませるためにか?」

「そうです」

 オーリの問いに答えたのはセルペスだった。

「次々に湧いて出るケガレを祓うために、ヤマトの民の持つ霊力と刀は必要なのです。だから、成長を抑え、長く戦える体にするのですよ、少年」

「なんて非道な」

「おっしゃる通りです。しかし、ヤマトの力がなければ、この地方はすぐにケガレに汚染されることになります。ケガレとは、昔の争いの果てに非業の死を遂げた人間の成れの果ての姿です。彼らの願いはたったひとつ」

「願い?」

 あの赤黒い悪意の塊に「願い」などと言う、高度な感情があるとは思えなかった。

「あるのです。本能というか、執念というか……そもそも呪われて、あのような存在になったのですから」

「願いってなに」

「人間に戻ること」

 セルペスは淡々と告げた。

「戦士だったならば戦士に。娘だったならば娘に。母ならば母に。多くのケガレは、元の姿に戻ろうとするのです。人間を喰うことによって」

「……」

「無論戻れるはずもない。ケガレに取り込まれた人間も正気ではいられない。物理的に肉体があるケガレ、ガキとなってしまうのです」

 サキモリがさらに続ける。

「ガキだって?」

「この地方にはまだ、ガキの出現の報告はない。けど、ここよりずっと北の町では、何件か事件があった。事態は悪い方に展開している」

 オーリは激しく顔をしかめた。そして、かっと目を見開く。

 その瞬間、銀色の火花が散ったように、サキモリには見えた。


 なんだ? 今銀色の光が走ったように見えた。


「だから、ユカリノ様は、そのために……縁もゆかりもない、この大陸の悪霊と戦うのか!? 成長を止められてまで! あんたらは人でなしか! 自分らの亡霊なら自分達で戦ったらいい!」

「セルヴァンテには恩がある」

「恩?」

「我々は、祖国である島を追われたヤマトの、ある一族の末裔だ。三艘の船でこの大陸に辿り着いたが、言葉も習慣もわからず、飢えていたところ、セルヴァンテの始祖に助けられたと、伝えられている」

「そんなの、その一代限りじゃないか!」

 オーリは尚も納得できない。

「ヤマトの民は恩を忘れない。一族が祖国──アキツクニから持ち出した霊刀が、この大陸のケガレに有効だと知って、代々大切に引き継いでいる」

「その通りです。神聖セルヴァンテの上層部も、ただ黙ってヤマトたちに頼り切っているわけではない。もっと効率的にケガレを祓う方法を模索している。そして方法は見つかり、希望はある。ただまだ試験の段階で」

 セルペスは言いよどみ、オーリは彼を睨みつける。

「手っ取り早く、ヤマトと言うわけか。勝手だな!」

「ユカリノはずっと、この時期になるとセルヴァンテまでやってきて、自ら薬を飲んでいた。なのに、なぜか今年は現れなかった。だから我々が出向いて来たのだ。お前なら知っているか? ユカリノがセルヴァンテに来られなかった理由を」

 サキモリが話の矛先を変えた。口ごもったセルペスを助けたのだろう。

「知らない! 知るわけない! 確かにユカリノ様は、依頼がある時は、遠方まで行かれるけれど……」

 その出先のひとつが年に一度、セルヴァンテで薬を飲みに行くことだったのか?

 オーリはユカリノの今までの歩みを思う。


 あの強さはは、壮絶な自己犠牲によるものだった。

 自分はずっと前から不可解だと思っていたのに、尋ねないことがユカリノ様の意に沿うことだと思っていた。

 

 心が鉛を飲み込んだように重い。


 パチ


 炉の火が爆ぜた。もうだいぶ夜も更けたようだ。かたり、と奥の扉が開く。

「ユカリノさまっ!」

「オーリ、寒い……」

 ユカリノの白い顔が、今は青白くなっている。

 オーリが駆け寄り、胸で組み合わされている腕に触れると、指先だけでなく、腕全体が硬く冷たく、湿っていた。

 おそらく体全体がそうなのだろう。眠れないのも仕方がない。

「今すぐにお湯を!」

「いい……来て」

「え?」

「眠いのに冷たくて眠れない。だから一緒に寝て」

 そう言って、ユカリノはオーリの手を取った。

「一緒にって……」

 当惑のあまり、オーリは今の二人を振り返る。セルペスの顔は見えなかったが、サキモリは黙って頷いた。

「俺たちは明け方帰る。坊主、ユカリノを頼んだぞ」

 その言葉を最後に扉は再び閉じた。


「さむ……い」

 夜着を纏ったユカリノは、素足のまま震えている。

 オーリはさっとユカリノを抱き上げ、一段高くなっているしとねへと横たえ、布団をかぶせた。布団は上質で軽くて温かいものだ。

 なのに、ユカリノの体は冷たい。普段の禊でもここまで冷えないのに。

「ユカリノ様、お体を俺に」

「ん……」

 夜着を掻き合わせながら、ユカリノは素直にオーリの体の中に滑り込んだ。オーリは、細い体を足の間に挟み込むように抱きしめる。足指も濡れたように冷たい。薬の影響もあるのだろう。これはいつまで続くのだろうか?

 しかしオーリは、もう、何も考えなかった。

「大丈夫です。ユカリノ様、俺がついてます。安心して」

「ん……オーリ。暖かい」

 ユカリノの吐く息がオーリの胸にかかる。オーリは小さな黒い頭を抱きしめた。

 それは出会った昔、自分がしてもらった行為だった。

 冷たさにうわずっていたユカリノの浅い息が、ゆっくりと静かなものへと変わり、強張った体が解けていく。

「ユカリノ様……」

 オーリは自分の体をできるだけ広く、ユカリノに沿わせた。

 頬、腹、太腿で。オーリは今は深く眠りに沈んだユカリノに、体を押し付ける。

「ああ……」

 思わず吐息が漏れる。熱く切ない風がユカリノの頬を撫でた。体の奥が硬く熱を持つ。

 いけないとはわかっている。だが、オーリは確かに幸福だった。初めて会ったあの夜と同じように──いや、それ以上に幸せだった。

 この感情の名前を、オーリはまだ知らない。

 ただ、胸の異形が焼けつくように熱かった。


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