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1:無知かつ博識

━━━空に穴があいていた、という印象だった。正確には元魔王城は海の底に作られた空間へと沈められ、海の水と陽光が入り込むと言うだけの穴なのだが。


「…暗いな」


魔王がこの国とも言えぬ場所でふと呟いた。どうすることも出来ない中で、魔王は穴へと戻り魔王城の入口へと降り立っていた。

海という存在は魔王も記憶していた。彼が全盛期であったであろう、女勇者と対決するその間際…その時点まで存在する全ての生物を持ってしても調べきれない光をも飲み込む場所。そんな場所に魔王城ごと周りの土地をそのまま移動させ、そして海に沈める…それほどまでに発展した文明があるのだろうか?と現実逃避気味にため息をついていた。穴から見える陽光により、辛うじてこの場所が壁に包まれた大きな半球である事が判明していた。だが現状それだけなのである。壁は水圧に負けない頑丈さを保たせるためか、光を通さないのだ。これにより灯りは穴から入る陽光だけ、見覚えのない魔王城の周りの街からは全く灯りが出てこないのだ。


「…そもそも人が住んでいるのか?いや、住んでる訳がないか…だが…住宅が残っているのなら、なにか情報…そうだ手記でもあればいいが……」


この様な場所に人が住んでいるとは思えないが、魔王はふと疑問に感じていた。復活した直後で、彼には一切の情報がない。封印されて復活するまでの情報が彼には無い。少しでも情報が得られないか、その為に魔王は歩き始めた。魔王城を起点とし、周りの住宅を時計回りで調べていく。大きな目印がある以上わかりやすい方法ではあるので━━━


「━━━時計、周り?いや、今はいいか…」


ふと思い浮かんだ単語に疑問がよぎったが、すぐに消える。そんなことよりも、今は情報だと魔王は一軒一軒しらみ潰しに調べていく………が、案の定人が住んでいないのが一軒目にして判明した。人骨が残されていたのだ。それも途中で息絶えたかのように倒れ伏した状態で。


「人間共じゃないにしても…わざわざ骨を残して生活することも無いだろう。俺だってそんなことはせんよ…しかしこうなると、手記じゃないにしても…壁を掘るなどがあればいいが……む…早速収穫か」


人骨の下に数枚の用紙を見つける魔王。丁寧に拾い上げ、その場に座り込んでゆっくりと読み始める。紙も劣化しているのか、所々シミが出来ていたり乾ききってひび割れていたが……文字は魔王が封印される前のものと一緒であった。


『3■2■年■月■日

確かに俺は仕事で■スをした。しかし、死人どころか怪■人だって出ていないのに■の街で余■を過ごせとはあまりにも■道ではないだろうか。■■■様は、我らが神は厳しいなんてものではない。一切の失敗■許さないというのか。こ■には■料の自給は魚■かない、それでは精々もって■0■■しか生きられないのではないだろう■。し■しやらねばならない、■されなかった以上…諦■るしかない。■はここで終わりだ』


「……初めからこれか、重いな。所々のシミで読めなくなっているが…この男は仕事でなにかやってしまったのだろうな、そしてこの街に送り込まれたと……流刑地、という事か?しかし年代のところが少々分かりづらいな…4桁年なのは間違いなさそうだが……俺が封印される前は一体何年だったか……3桁だった様な…いや、それならば俺は2000年は封印されてしまっている…そんなに長い間封印されていたと…?いや、次を読むか…」


『■■2■年■■8日

思い■した。過去に■記を書いていた。■が■いた。何故?■■?何■?思■■せない。何故■こにい■るのか』


「…これだけか?何日経ったのかわからないが、精神が壊れたようだな。まぁ続きを読むとしよう、何かわかるかもしれない」


『6■■■■■月■■

睡眠魔法、数■■寝■』


「………待て、どうなっている。意味がわからん…いや、そもそもこれが順番通りじゃない可能性…いやそもそも2枚目で精神が壊れていたな…」


手記の男の書いてる通りならば、2千何年かから…6千何年かまで生きている人間では無い長生きしていることになる。しかし魔王は二つの違和感を持って、この男の書いてる事に違和感を持っていた。1つは年代、もう1つは記述されている魔法である。


「睡眠魔法…真面目に考えるなら、水の魔法から…冷たさのイメージだけをして、体を冷やし無理やり不活性化する魔法…か?」


この世界に直接的な眠気へと誘う魔法はない。火、水、土、風、光、闇…この六属性だけであり、使用者は魔法の属性からイメージしたものを行使して様々な効果を発揮するのだ。今言ったように、冷やして不活性化などがふと思いつく魔王の精一杯であった。


「…手記ですら分かるほどの心の壊れ具合だ、最早意識や記憶がまともではないのだろうな……次は………うわっ」


『■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』


「………ダメだなこれは」


シミではなく、インクによる無茶苦茶な殴り書き。最早紙が真っ黒になってしまっているので、これ以上は情報を得られないと魔王はその手記を投げ捨てる。

━━━その際魔王が気づかなかった最後の1枚が、投げられた表紙に人骨の方へと滑り込んでいく。その1枚は殴り書きされていた1枚にくっついていたようで、投げられた表紙にシミが綺麗に剥ぎ取れていた。


『10253年10月31日

アリスはかつては勇者などと持て囃されていたようだが、ただの暴君だ。何が勇者王妃だ、一部の危険な奴もいるにはいるがそれらと同じ括りで色々なやつをこの街に閉じ込めた。彼女は人類からすればとてつもない偉業を次々と成しえた英雄だが、私は7千年ほど閉じ込められてようやく悟った。奴は暴君だ。自らの事以外を何も考えていない、そんな奴が力を持ってしまった。偉業を成してしまった。この世界は既にあの英雄に取って代わられている。終わりだ、私はまだ2000年は残っているが最早この世界に絶望しきっている。この命は、既に亡き神へと返すとしよう。恐らく私より後にこの闇の街に連れてこられた奴らもその内同じ決断をするだろう。そして私より前に連れてこられた奴らも同じ選択をしたのだろう。私は、この世界を、勇者アリスを、絶対に許さない』










,










「……手記に関しては誰も彼もが最終的に精神崩壊を起こす、単に読めないのもない訳では無いが…荒唐無稽が過ぎていまいちピンと来ないな」


魔王は資料を読み漁っていくにつれて、この街に転がっている人骨が全員何かしらの犯罪者又は加害者だという推測を立てていた。

大雑把に言えば、意識的にしろ無意識にしろ…直接的にしろ間接的にしろ…人に害を成した又は成しかけた人物が集められる場所。街1つが抜け出せない監獄なのだろう。


「…食料の自給ができる場所ではない。穴から落ちてくる魚や巻き込まれて落ちてくる海藻だけが唯一の食料であり、そしてここで生きている人間はそのうち発狂し…そのまま寿命を尽きさせると言ったところか」


1番小さなものは他人を威圧に怒鳴りつけた、いちばん大きなものは連続殺人犯。それらが一堂に会してこの街に入れられた…………というのは、少し違う。


「…信じたくはないが、この街に来てる人間は時期がばらばらにして入れられている。そしてどの手記もアリスという奴の名を恨んでいた。そしてその名は心做しかあの女勇者の名前と部分一致している…」


異世界の人間である女勇者有栖川芽衣(ありすがわめい)、こちらの世界ではメイ・アリスガワと名乗ることもあればニックネームとしてアリスと呼ばれる事もある…いつ知ったかは定かではないが勇者の名と部分一致しているのは間違いがなかった。


「時期がバラバラ……だったらいいが、下手をすれば年代すら離れている。シミが着いて読みづらくなっているとはいえ、俺が封印されてから人間は随分と『長生き』になったようだ」


長生きという単語では抑えが効かないほどの長命…しかし手記の共通点としては、年月日の記入してあるものが総じて短くても数百年長ければ数千年生きてるほどの計算になる。明らかに異常である。


「…それで、神は何をやっているんだ…人間がここまで異常な進化を遂げているのは明らかにおかしいぞ…?」


神は自身が選んだ人間に力を貸し、魔物…もとい魔王と戦う力を与える。神の力そのものを行使してしまえば、物理的にも概念的にも人の世に多大なる影響を起こしてしまうからだ。そして魔王は人間を襲う。魔物を作り出し、人間を襲わせる事で悦楽を得て人間を滅ぼす。

では人間には何ができるか?それは神を信仰することである。信仰が神の力となり、命となり、世界の繁栄を促す。

魔王は人間を襲い、人間は神を信仰し、神は人間に力を与えて魔王を討伐する。それがこの世界での関係性だった。だが人間に力を与えるだけが神の役割ではない。生物の管理もまた仕事なのだ。故に長く生きてもせいぜいが100年程度の寿命なのである。それ以上の寿命があったところで、人間の脳が持たないのだ。


「……?どこでこのような知識を身に付けたんだったか……まぁいいか」


調査は未だ続いている。しかし外は既に日が落ちているのか、かなりの暗闇が拡がっていた。火を灯して灯りの代わりにしているが、自分の周りだけしか照らされず散歩先は何も見えない程の暗闇である。


「次の場所で最後にするか………だが今まで調べたものは似たりよったりの情報だ…新しい情報が出るといいが…ん?」


ふと、魔王は視線の先に瓦礫があることに気づく。劣化による崩壊を迎えたのか、それとも人為的に壊されたのが放置されているのか。それは分からないが、何棟もの建造物が破壊されていた。


「…魔王城よりは小さいが、俺が大体1.7等身程だから…この量と瓦礫1つのサイズから考えるに…俺10人分程の高さの建物か?これが崩壊した時は、さぞやパニックに…なるだろうか、このまともじゃない街で」


下手をすれば一番人数がいても10人に満たないようなこの掃き溜めのような街で、パニックになるようなまともなやつが生きているのか?少し考えてから、考えても仕方の無いことだと魔王は切り捨てる。


「…風化してるな。風化して壊れたのか壊れてから風化したのか…可能性としては後者かもしれないな。何せこんな空間だ、暴れる輩がいてもおかしくない」


いたであろうその者に嘲笑を向けつつも、魔王は溜息を着く。ここまで酷い有様になっていても、暴れた者は何も変えることができなかったのだろう。目の前を変えることのできない鬱憤を、元の日常には帰れない鬱憤を、向けたところで返す者がいない鬱憤を…果たしきれなかった訳だ。それがどうも、魔王にとっては寂しいものに感じてしまったのだ。


「……っと…感傷に浸る暇はないな。さて、次はどこを…………」


ふと、陽光を確認しようとした魔王の動きが止まる。上から入り込んでくる水に疑問を抱いたからだ。海から入り込んでくる水は、一体どこへ流れているのだろうか?


「………下に、何かがあるのか?これより、下に…」


溜まっている様子も無ければ、見た範囲内で外に放出されているようにも見えなかった。つまり下に海水を排出する機構があるのかもしれない…と、魔王は考えているのだ。そしてただ下に排出する機構をつけるだけでは無い……という可能性も考えていた。最初は街の探索だけのつもりだったが、ここで考えが変わっていた。


「…試しに、行ってみるか」


何も無ければそれでいい、それならそれで疑問が1つ解消されるだけなのだから。そう考えた魔王は、地面を軽く一踏みして土の力で穴を開ける。穴は自分の肩幅よりも5倍は大きく作っていた。何かあった時の為に、ある程度の広さは確保しておきたかったからだ。そうして少し大きな火の玉を自らの頭上へと作り出して飛び降りる。

まるで、何かに食われているようだと自重しながら…魔王はその深淵へとさらに奥深く進んでいくのであった。

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