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エピソード8「アルフレッドの違和感」

 アルフレッドは小さな違和感を抱いていた。


 ルイーゼと印象的な出会いを果たしたあの日から、彼の世界は変わった。以前は白黒にしか見えなかった世界に、色がついたような感覚。彼女との時間は、公務の厳格さや後宮の陰湿さから解放される、唯一の安らぎだった。ルイーゼは明るく、機知に富んだ話題で、アルフレッドや周囲を楽しませる。彼女が口にするのは、帝王学の書物には載っていない、この国の、この世界の、生き生きとした「今」だった。


 彼女が王宮から帰るたびに、言葉にならない寂しさを覚えた。次に会えるのはいつになるのだろうかと、どうしたらもっと彼女を喜ばせることができるのかとも。公務を行なっている間も、ふとした瞬間に、今彼女は何をしているのだろうかと考えることも増えた。執務室の窓から青空を見上げるたびに、庭園で彼女と散歩した時の、楽しそうな横顔が脳裏に浮かんだ。


 これが恋だと気づくまで、聡明なはずのアルフレッドも、時間がかかってしまった。感情というものに疎かったからだ。しかし、一度自覚すれば、その感情は止めどなく溢れ出した。喜びをもってこの感情を受け入れた。彼女が婚約者だったことは、偶然ではない、天が与えた僥倖だとさえ思った。ルイーゼが妻として傍にいてくれたら、自分は幸福だと、心からそう確信するようになった。


 アルフレッドはルイーゼに惹かれている。彼女も同じように自分を想ってくれているはずだ。あの見合いの席で、彼女が身を挺して自分を守ってくれた事実。その後の、彼女からの気遣いや、共に過ごす時間の中での自然な振る舞い。言葉にはしないけれど、互いに通じ合っているものがある。そう信じて疑ってはいなかった。


 けれど、彼女を強く意識するようになって気づいた。彼の熱い視線を受け止めるルイーゼの瞳に、見返すアルフレッドへの恋情の熱がないことを。明るく微笑むその顔が、どこか遠い場所を見ているような気がすることを。彼女が口にする将来の夢の中に、彼と共に歩む未来の具体的な描写がほとんどないことを。


 その違和感は、会うたびに、共に過ごす時間が長くなるたびに、小さな波紋となって広がり、やがて確信へと変わった。


 ルイーゼは、自分を想ってはいない。


 その事実は、アルフレッドの心を少なからず傷つけた。胸の奥が鈍く痛む。自分が一方的に心を寄せているだけなのだと知るのは、初めて経験する種類の苦しみだった。


 だが、アルフレッドはすぐに冷静さを取り戻した。考えてみれば当然のことだ。これは政治的な目的のために父王が決めた、お仕着せの婚約。ルイーゼにとっては、公爵家としての義務のようなものだろう。彼女に、自分への恋愛感情を求めるのは、彼の傲慢だったのかもしれない。


 しかし、アルフレッドは違うのだ。これは義務ではない。政略結婚などではない。


「……責任ではない。私にとっては……」


 そこで彼ははたと気づいた。ルイーゼが自分を想っていないという事実にばかり囚われていたが、そもそも彼はまだ何も彼女に伝えていない。彼女へのこの初めての、そして強い感情を。彼女と共に描きたい未来を。素直で、正直な気持ちも、将来のことも何も。


 言葉にしなければ、この想いは届かない。ルイーゼが、彼との関係を単なる義務や友人関係だと考えているなら、なおのこと。


「……伝えなくては……」


 私は、君を愛しているのだと。この感情が、どれほど偽りなく、どれほど真剣なものであるかを。


 アルフレッドは立ち上がった。執務机に置いてあった書類の山には目もくれず、窓の外に広がる庭園を見やる。あの庭園で、彼女は楽しそうに花の名前を尋ねてきた。その時の笑顔が、彼の心に深く刻み込まれている。


(次の茶会では……いや、それでは足りないかもしれない)


 もっと特別な場所で。二人きりで。この想いを伝えるにふさわしい、真剣な場所で。


 アルフレッドの脳裏に、一つの場所が思い浮かんだ。王宮の敷地内にある、小さな離宮。かつては王族が休息に使っていたが、今はほとんど使われていない。そこならば、誰の目も気にせず、心行くまで話すことができる。


 近侍を呼び、その離宮の準備を命じる。花を飾り、彼女の好む菓子を用意し、そして……。


「ルイーゼ公爵令嬢に、私から手紙を送りたい。至急、届けられるように手配しろ」

「かしこまりました、殿下」


 手紙には、いつもの茶会ではなく、二人でゆっくり話をしたいとだけ記そう。そして、彼女がその招待を受けてくれたなら、そこで、この五年間の彼の心の全てを、真摯に伝えよう。


 アルフレッドは、初めて経験する決意と、それ故の微かな緊張を感じていた。ルイーゼの反応がどうであれ、彼はこの気持ちを偽るつもりはない。


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