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負けヒロインのはずが、真実の愛(仮)に囚われました。~王子よ、私の老後計画を邪魔するな!~  作者: 阪 美黎


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エピソード5「動き出す世界」

 アルフレッドにとって、結婚相手など誰でも同じことだった。


 母の出自が低く、後宮で常に肩身の狭い思いを強いられている母のため、アルフレッドは自身の価値を高め、権力基盤を築く必要があった。父王が公爵家との繋がりを求めた時、彼は異論を挟まなかった。むしろ、それが最も合理的だとさえ思った。数多の侯爵令嬢たちと次々に見合いをしたが、皆彼の顔色をうかがうばかりで、話題もそれに準ずるものだけ。当たり障りのない賛辞と、退屈な世間話。誰にも何にも期待などしていない。感情を表に出すことも、他者に心を許すこともなかった。


 一個人ではなく、父や兄を助け、ただの公僕として生きることを母は望んだ。それが、母自身を守るためなのだと理解していたから、彼は自身の感情を押し殺し、冷徹なまでに自身を律してきた。アルフレッドにとって、王子である自分は国の歯車の一つ。そのように自身を冷たく捉え、そう振る舞うことで、周囲の期待に応え、そして母を護ることができるのだと信じていた。


 そして、ルイーゼ公爵令嬢との見合いの日。


 おそらく皇后の指示により、出来の良いアルフレッドを亡き者にせんと放たれた刺客に囲まれた時、アルフレッドの体は反射的に固まってしまった。訓練は受けている。護衛もいる。それでも、剥き出しの悪意と刃を向けられた現実に、思考も体も石のように硬直した。


 だが、ルイーゼはどうだ?


 突然の事態に、彼女も恐怖に怯えたはずだ。まだ12歳の、華奢な少女だ。にもかかわらず、彼女は叫び、アルフレッドの腕を掴んで庇い、そして傍にあった装飾用の槍(それは木製だったが)を手に、果敢に刺客に立ち向かってみせたのだ。


 刺客の剣先がアルフレッドに届かなかったのは、紛れもなく彼女が身を挺してその場を守ったからだ。彼女は怪我を負いながらも、真っ先に気遣ったのはアルフレッドの身だった。あの、どこか大人びて見えた落ち着きとは裏腹に、彼女は紛れもない12歳の少女であったのに。


(……なぜ、あの時、体が動かなかった)


 騒動が収まり、安全な場所に落ち着いてから、アルフレッドは自身への怒りに震えた。敵意に直面し、恐怖で固まり動けなかった自分自身を、これほどまでに恥ずるとは思わなかった。震えているしかなかった自分と、アルフレッドを守るために立ち上がり、怪我まで負ったルイーゼ。そのなんたる違いか。


 ルイーゼとて、彼にとっては他の令嬢となんら変わらない少女のひとり。公爵家との繋がりという「価値」を持つ存在。そのはずだった。あの瞬間までは。会話もろくに交わさず、彼女を知ろうともしなかった。表面的な情報だけで判断し、感情の伴わない関係を結ぶことに何の疑問も持たなかった。


 目の前にいたルイーゼは、公爵令嬢という立場に縛られない、等身大の少女であったのに。怯えながらも勇気を振り絞り、痛みに耐えながらアルフレッドの無事を心底から案じる、一人の人間であったのに。


「ルイーゼ公爵令嬢を……私はルイーゼ嬢を、もっと知りたいと思う」


 部屋に戻り、近侍の青年を前にして、アルフレッドはぽつりと呟いた。その言葉は、彼自身の耳にもひどく不慣れに響いた。他者への関心など、生まれてから抱いたことがない。まして、見合い相手の少女に対して、こんなにも強い衝動を覚えるなど。


「……私のせいで怪我を負わせてしまった」


 左腕を切られたルイーゼの姿が脳裏に焼き付いている。痛々しい傷。白い肌に滲む赤。そして、それを見せないように咄嗟に腕を引っ込めた彼女の仕草。


「見舞いの品は、何がいいだろう?」


 近侍の青年に躊躇いながら問いかける。何を贈れば、あの傷と、そしてあの時の彼女の勇気と優しさに対する、彼の中の複雑な感情を伝えることができるだろうか。


 近侍の青年は、アルフレッドのわずかな変容に目を見開き、そして深く、心から嬉しそうに微笑んだ。いついかなる時も感情を押し殺し、氷のような理性で振る舞ってきたアルフレッドが、初めて見せた人間らしい戸惑いと、他者への関心。それは、彼にとって長年待ち望んでいた主君の姿だった。


「はい、殿下。ルイーゼ公爵令嬢にふさわしく、殿下のお気持ちが伝わる品を、すぐに手配いたします」


 アルフレッドは、その言葉に静かに頷いた。ルイーゼ・フォン・ア〇〇〇〇〇〇。あの物語の始まりの瞬間に、私の世界に飛び込んできた少女。


 歯車として生きる未来しか見えなかったアルフレッドの心に、初めて一筋の光が差し込んだような気がした。この光が、今後どのような道へと彼を導くのか。それは、まだ誰にも分からない。

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