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負けヒロインのはずが、真実の愛(仮)に囚われました。~王子よ、私の老後計画を邪魔するな!~  作者: 阪 美黎


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エピソード2「決意の秋(10歳)」

「……はあ」

 屋敷の階段の下で、私は痛む腰をさすりながらため息をついた。転んだ拍子に頭を打ったのが良かったのか悪かったのか、前世の記憶と、ここが『白百合と暁の王子』というファンタジー恋愛小説の世界であること、そして自分がその中の「悪役令嬢」……もとい「負けヒロイン」、公爵令嬢ルイーゼであることに気づいてしまったのだ。


 脳裏に展開される、これから先の「物語」。


『政治的な結びつきの結婚に王子の愛はなく、侍女として王宮にやってきた田舎貴族のヒロインと王子は恋に落ちるのだ。嫉妬に駆られた私は、ヒロインを王宮から追い落とそうとするが逆に婚約破棄をされて追い出されてしまう。ありがちな……そう、とてもありがちな役どころ。王子は言うのだ。「真実の愛に目覚めた」と』


 ……。


「……おいおい真実の愛って、なんやねん……」


 思わず漏れた関西弁混じりの独り言は、幼い喉からしては不自然極まりなかっただろう。けれど、そんなことどうでもよかった。10歳の私の心は、目の前に提示された未来の展開に対して、純粋な疑問と、それを超えた「アホらしさ」で満たされていたのだ。


 なんやねん、真実の愛。物語の都合で急に湧いて出てくるもんちゃうやろ。しかも、政治的に超重要な公爵令嬢との婚約をあっさり捨てて、身分の低い侍女に走る理由が「真実の愛に目覚めた」って……。いやいや、国の情勢どうなるねん。私の実家、公爵家の立場はどうなるねん。小説としては盛り上がるのかもしれんけど、当事者としてはたまったもんじゃない。


 それに、嫉妬に狂ってヒロインをいじめるってのも、いかにもテンプレすぎないか? 私、そんなめんどくさい性格やったっけ? いや、前世ではごく普通の一般人でしたけど? 急に人の人生乗っ取って、いきなり悪役に仕立て上げられて破滅って、道理が通らへん。


「アホらし……」


 改めてそう呟くと、体中の痛みが少し和らいだような気がした。同時に、メラメラと、ある種の反骨心が燃え上がってきた。


 ――ふざけんな。この「アホらしい」物語の波に、このまま呑み込まれてたまるか。


 破滅? 追放? そんなのまっぴらごめんだ。王子なんて、元々顔も知らんし、どうでもいい。政治的な婚約という立場はまあ、そこそこ悪くない。公爵令嬢という身分も、悪くはない。でも、あの「真実の愛」とやらでご破算にされて、何もかも失うのは耐えられない。


 よし。決めた。


 この「アホらしい」未来を、なんとかして回避しよう。


 まずは、破滅フラグをへし折ることから始めなければ。物語通りに嫉妬に狂ってヒロインをいじめる、なんて愚行は絶対にしない。というか、ヒロイン登場までにはまだ数年あるはずだ。それまでに、私の立場を盤石にするか、あるいは、あの王子との婚約を、もっと私の都合の良い形で解消できるような準備を進めておく必要がある。


 10歳の子供の体に宿ったアラサー(多分)の魂は、早くもフル回転で思考を巡らせ始めた。


「真実の愛」とやらで王子の心を掴むのは諦める。ていうか、掴みたくもない。ではどうするか?


 選択肢はいくつかある。


 1.最高の公爵令嬢になる:教養、礼儀作法、政治、経済……あらゆる面で完璧になり、婚約破棄したら惜しまれる、あるいは婚約破棄そのものが難しくなるほどの存在になる。

 2.別の後ろ盾を見つける:王子や王家以外で、自分の将来を保障してくれるような強力なコネクションを作る。

 3.自立する:財産を築くか、特殊な技能を身につけ、婚約破棄されても一人で生きていけるだけの力を得る。

 4.「真実の愛」カップルを応援する(?):これは最終手段か? 彼らが幸せになるのを助けつつ、自分への被害が最小限になるように立ち回る。……いや、それは虫が良すぎるか。


 どれも簡単ではないだろう。特に10歳という年齢を考えると、できることには限りがある。しかし、前世の知識と経験、そして何より「このアホらしい物語に抗ってやる」という強い意志があれば、きっと道は開けるはずだ。


 まずは、情報収集だ。この世界の歴史、地理、政治構造、主要人物たちの性格や関係性。そして、何よりも重要なのは、あの「真実の愛」カップルがどのように出会い、恋に落ちるのかという詳細。小説の記憶は断片的だが、重要な部分は覚えているはずだ。それを整理し、未来の出来事を予測する材料にする。


 そして、もう一つ。


 あの王子。私の婚約者様。物語のキーパーソンにして、「真実の愛」の体現者(笑)。

 彼に固執するのはやめる。媚びへつらうのもやめる。だが、完全に無視するのも得策ではないだろう。関係性を、悪役令嬢然とした敵対的なものではなく、もっと事務的で、あるいは互いを利用し合えるような、Win-Win(私のWinが多めだと嬉しい)の関係にできないだろうか?


 階段の下でうずくまりながら、私はニヤリと笑った。子供らしい無邪気さとは程遠い、どこか悪巧みをするような笑みだったかもしれない。


「さてと。まずは腰の痛みをなんとかしてから、家庭教師の先生に頼んで、歴史の授業を追加してもらおかな。あと、そろそろお父様に、この国の主要な貴族たちの家系図を見せてもらえるように頼んでみるのも良いかもな…ふふふ」


「真実の愛」? 上等やんけ。

 物語の主人公様たちには、どうぞご自由に愛を育んでもらおうじゃないか。

 その陰で、この「負けヒロイン」だったはずのルイーゼ・フォン・ア〇〇〇〇〇〇(←公爵家名、今はどうでもいい)が、どうやって「アホらしい」破滅ルートを回避し、自分だけの新しい人生を切り開いていくのか――。


 これからの私の物語は、原作とは全く違うものになる。そして、きっと原作よりもずっと面白くなるはずだ。


 そう決意した10歳の秋だった。


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