エンド後エピソード「終わらない物語」
件のお茶会を通して、私とアルフレッド王子との仲は、以前よりもぐっと近くなったように思う。それは物理的な距離感だけでなく、心の距離感もだ。何か秘密めいた話をする時は、ごく自然に距離を詰め、お互いに耳打ちで囁き合うようになった。第三者に聞かれたくないことや、本音を漏らす時の、私たちにとっての単なる仕草なのだけれど、どうやら宮廷ではかなーーり、ラブラブしているように見えるらしい。エマが困った顔で教えてくれた。
「アル様、少し懸念があります」
いつものように、二人の時間を過ごしている最中。私はアルフレッドにそう切り出した。アルフレッドがルイーゼを呼び捨てているように、彼女もふたりきりの時や耳打ちする際は、彼の希望により通称で呼ぶようになった。最初は照れくさかったが、今ではすっかり馴染んでいる。
「懸念……?なんだろう?」
私の言葉に、彼は少しだけ首を傾げた。彼の隣にいると、以前のような張り詰めた空気はなく、柔らかく穏やかな雰囲気が漂う。これが、感情を知った後の彼の姿なのだろうか。
「実は……」
私は声を少し潜め、彼の耳元にそっと顔を寄せた。
「皇后様一派との政争が、そろそろ本格的に始まるのではないかと」
私の言葉を聞いて、アルフレッドの目が僅かに鋭くなった。私の肩に回されていた彼の腕に、微かに力が籠るのを感じる。
そう、本来の物語では、私が嫉妬に狂ってヒロインをいじめ、婚約破棄されて宮廷を追われた後に、アルフレッド王子が『真実の愛』のヒロインを守るために、後ろ盾のない状態で皇后一派と戦う……という胸熱展開が待っているはずだった。しかし、ヒロインの座に私がつき、しかも物理のパワーで彼を救ったことで、物語は完全に改変された。そして、ヒロインが別の場所で幸せになった今、この物語は次のフェーズに移るはずなのだ。
私の計画した「マブダチルートからの円満婚約破棄と自由な老後」というハッピーエンドは消滅した。代わりに待っているのは、原作のクライマックスで描かれるはずだった、権力と陰謀渦巻く宮廷での政争。これはもう私にとってはリアル。終わらない物語。
政争が始まるのであれば、あらかじめ備えておく必要があるだろう。前世の知識を活かすのは、こういう時こそだ。権力闘争のセオリー、主要人物たちの性格と相性。
「ルイーゼ」
私の言葉に、アルフレッドは私の手を取り、優しく握りしめた。
「私は君に心配をかけているね」
彼の声は、先ほどの鋭さから、また穏やかなものに戻っていた。しかし、その奥に潜む決意を感じ取る。
「だが問題はない。君の家門に頼るだけではなく、対立が避けられないのならば、私は私の考えがある」
(お!さすが王子やな。ちゃんと考えてたんや)
「と言いますと?」
私は興味津々で続きを促した。
「皇后一派には敵も多い。権力の空白を狙う者、不満を持つ者……特に、第二王子である兄上の母上、第二妃の家門などはまさに政敵だ。彼らの野心を、うまく利用させてもらう」
アルフレッドは、私の手を握ったまま、別の手で私の頬をそっと撫でた。
「私は裏側にまわって、兄上を支援する。表立って戦うのは、私ではなく兄上だ。そして、弟たちにもそれとなく同調を募るよ。……彼らの後ろ暗いこころは、全て把握しているからね」
宮廷は人身掌握術と情報戦である。冷徹なまでに自身を律し、他者に関心を示さないと見られていたアルフレッドは、その実、水面下で様々な情報を拾い集め、主要な貴族や王族たちの性格、野心、弱み、そして『後ろ暗いこころ』まで、全て把握していたのだ。中立を守っていたのは、自身の身を守るため、そして母を守るため。そのための準備を、人知れず何年も重ねてきたのだろう。
(……え、めっちゃ策士やん。っていうか、なんか王子が黒いぞ?)
私の知っていた、どこか情緒に欠ける王子像は、あの刺客事件の日を境に完全に崩壊した。そして、彼の内面に隠されていた、冷徹なまでの知性と、状況を把握する能力、そして行動力。それらが、今、私という『守るもの』を得たことで、一気に表に出てきたのだ。
「だが、今の私には守るものがある」
アルフレッドの瞳が、私の目を真っ直ぐに見つめる。その紺碧の瞳に宿る、深い愛と決意。彼と家族になるルイーゼに、皇后一派の毒牙が及んではならない。そのためなら、彼はどんな手段でも選ぶだろう。
「私とルイーゼのため、矢面には兄上に立っていただく」
その言葉には、迷いも、躊躇いもない。冷静で、そしてどこか残酷さも帯びている。しかし、それは私を守るための残酷さだ。
「……そこまでお考えなら、私は何も申しません」
私は、彼の策に感心し、そして私を守ろうとする彼の強い意志に、深い安堵を感た。
「うん」
アルフレッドは満足そうに頷いた。そして、ふっと表情を緩める。
「政治の話はここまでだ。この時間は、政治の話ではなく、君には愛を囁いていたい」
彼は私の手をさらに強く握り、微笑んで見つめた。その優しい眼差しに、私は抗うことができない。
「困ったお方ですわね」
私はくすくすと笑った。もう、私の計画通りには全然進んでいない。
安泰の老後も、どうなるか全く分からない。政争という、もっと面倒で危険な展開が待っている。
でも、隣には、私を愛し、私を守ると言ってくれるこの人がいる。剣を習い、策を練り、私のために戦おうとしてくれる、私のアルフレッド様が。
物語の続きは、私が知っていたものとは全く違うものになるだろう。それは、陳腐な恋愛物語ではなく、もっと複雑で、そしてリアルな物語だ。物理のパワー(私の剣術と、彼の策謀)で、時に守り、時に守られながら、二人でこの先の道を切り開いていく。
「ルイーゼ?」
私が物思いに耽っていると、アルフレッドが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「いいえ、なんでもありませんわ。ただ……殿下と、これからの日々を歩めることが、楽しみだと思っただけです」
私は正直に答えた。偽りのない、私の本心だった。
アルフレッドの顔が、ぱっと明るくなった。そして、彼は何も言わずに、私の手を握ったまま、そのまま自分の唇を私の手にそっと押し当てた。
離宮の窓から差し込む午後の光の中で、私の新しい物語は、静かに、そして確かに始まろうとしていた。政争?陰謀?上等やんけ。この世界で、私は私の物語を生きる。私の愛する人と共に。
了
おまけのお話です。このおまけも共作です(最後までわたしがまず書いて、Geminiがブラッシュアップした)。
この一連の創作に関するnoteの記事はこちらでご確認ください(小説以外の検証結果、注意事項等あれこれ書いておりますので)。
https://note.com/saka_mirei369/n/nace7d291f5e0
以上です。
ここまでご覧いただきまして、ありがとうございました。




