エピソード11「真実の愛」
離宮のプライベートな居間は、花々で満たされた私の寝室とは打って変わって、落ち着いた木調で統一されていた。窓の外には手入れの行き届いた庭園が見える。テーブルの上には、いつものように王家御用達の菓子職人が作ったであろう色とりどりの焼き菓子と、香り高い紅茶が用意されている。
しかし、部屋に漂う空気は、いつもの和やかなお茶会とは明らかに異なっていた。アルフレッド王子は私の正面に座り、カップに手を伸ばしているが、その視線は宙を彷徨っている。その緊張感は、私にも伝播し、カップを持つ手が微かに震えた。
ヒロインが物語から完全に退場してしまったという衝撃の情報。そして、アルフレッド殿下からの、いつもと違う雰囲気の手紙。これらの要素が私の頭の中でぐるぐる回っており、どうにも落ち着かない。自分から話しかけることなく大人しくしていると、沈黙を破って、彼の方から切り出した。
「ルイーゼ」
呼び捨て。やはり、いつものお茶会ではない。
「私は、君に話したいことがある」
彼の声はいつもより幾分か低く、そして真剣だった。
「はい。お手紙にもそのように書いてくださっていましたものね」
私は努めて平静を装い、微笑み返した。内心は全く平静ではなかったけれど。
「そうだね。……単刀直入に言う。私は、以前、結婚は誰としても同じだと思っていた。どの令嬢も遜色ないと。君にも、正直、興味を持っていなかった」
アルフレッドは、飾らない、真っ直ぐな言葉を選んだ。彼の言葉に、私はカップを持ちながら目を泳がせる。
(うん、知ってる。っていうか、それがデフォルト設定やったんやもん。私もあんたに恋愛感情とか、がちで興味なかったし)
それはそうだろう。小説の冒頭で、私は彼にとって政治的な繋がり以上の何者でもなかったのだから。しかし、なぜ今更、それも二人きりの離宮で、こんなことを言い出すのだろうか。過去の無関心を告白する意味が分からない。
「だが、」
彼は言葉を続けた。紺碧の瞳が、初めて私を真っ直ぐに捉えた。
「あの日、刺客に襲われ君に守られたことで、大袈裟に聞こえるかもしれないが、私の世界が動き出したんだ」
「……殿下」
私の心臓が跳ねる。あの、恐怖と反骨心で木製の槍を振り回した日。私の物理のパワー(と、ちょっぴりの機転)が、彼の世界を動かしたというのか。
「君に傷を負わせてしまったこと、自分の不甲斐なさを今でも悔いている。あの時の恐怖で体が固まった自分自身が、情けなかった。二度とあんなことがないよう、剣術にも打ち込むようになった。今度は私が君を守れるように」
彼の声に、微かな悔恨と、そして強い決意が滲んでいる。彼が剣術に力を入れ始めたことを知っていたが、それが私のせいだったとは。
アルフレッドは続けた。言葉を選ぶように、ゆっくりと。
「私は、君との結婚を義務や責任だとは思っていない。これは、父王が定めた政略結婚であることは理解しているが、私自身は違う」
そこで一旦言葉を区切り、真っ直ぐにルイーゼを見つめる。
「だが、君にとっては、これは紛れもなくお仕着せの結婚なのだろうということは、よく理解している」
(うん、そやで。その通り。で、何を言いたいんやろ……)
彼の視線は、私の内心を見透かすような鋭さを持ちながらも、どこか懇願するような響きを含んでいる。
これは、まずいのではないか。この流れは、愛の告白なのでは……? 私の計画にとって、最も危険な展開。マブダチルートの最終目標、円満婚約破棄からの自由な老後が、ここで潰えてしまうかもしれない。
「それでも、言わずにいられない」
彼は私の返答を待たずに、さらに言葉を続けた。微かに息を呑む音が聞こえる。
「私は、君に傍にいてほしい。……ルイーゼ、君を愛している」
アルフレッドはわずかに頬を染め、そっと瞳を伏せた。その姿は、いつもの泰然自若とした王子からは想像もつかないほど、初々しく、そして……。
(か、かわいい………………)
不覚にも、胸が高鳴ってしまった。いつも完璧で、感情を表に出さない彼が、こんなにも率直に、そして恥ずかしそうに想いを告げるなんて。ギャップ萌えってやつか?
「……それを、伝えておきたかった。婚約者の立場に甘んじて、君に何も伝えていなかったから……。義務や責任ではなく、等身大の私を見てほしいと」
彼は顔を上げ、再び私を見つめた。その瞳には、迷いも、嘘偽りもない、まっすぐな想いが宿っている。
「……殿下……」
私は言葉を失った。マブダチになるはずだった相手からの、まさかの告白。しかも、こんなにも誠実に、真正面からぶつけられるなんて。
王子とのマブダチルートのはずが、ルイーゼ恋愛ルートになっちゃってる!完全に!
茶化せないよ?!だって王子、本気だもん!あのアルフレッド王子が、頬を染めて告白するなんて、これはもう紛れもない本気だ。ここでの返答を間違えたら、全てが水の泡になるどころか、彼の心を深く傷つけてしまうかもしれない。それは、私の本意ではない。私は彼を嫌いなわけではないのだ。ただ、恋愛対象として見ていなかっただけで。
どうする、どうしたらいい?計画は完全に頓挫した。ヒロインはいない。王子は私を愛していると言っている。私の望む穏やかな老後を、彼の「真実の愛」を足がかりに、どう築いていく?
アルフレッドは、私の沈黙をどう受け止めたのだろうか。不安そうに、だが焦る様子は見せずに、私の返答を待っている。
「ルイーゼ、その……」
彼は何か言いかけたが、再び言葉を詰まらせた。私の返答を求めているのだろう。急かしたいわけではないのだろうが、この気恥ずかしさを隠したいのかもしれない。
(……もう、なんか、かわいいなぁ……)
さっきのトキメキが、今度は親愛の情に変わった。こんな無様(?)な姿を見せるのは、きっと私だけだろう。特別視されている。それは悪い気はしない。むしろ、少し嬉しい。
よし。腹を括ろう。ヒロインがいない以上、私の計画は変更だ。マブダチルートは諦める。かといって、原作通りの悲惨な負けヒロインになるつもりもない。
彼は私に等身大の彼を見てほしいと言った。ならば、私も等身大の私を見せよう。転生者として、この世界で生き残るために必死だった、ルイーゼ・フォン・ア〇〇〇〇〇〇公爵令嬢の、本音を。
私はカップをソーサーに戻し、アルフレッドの瞳を真っ直ぐに見つめた。これまで彼に見せていた、完璧な公爵令嬢の微笑みではない。少しだけ困惑したような、そして、決意を秘めた顔。
「……アルフレッド様」
「私、ルイーゼ・フォン・ア〇〇〇〇〇〇は、実を言いますと……安泰の老後生活を目指しておりました」
私の言葉に、アルフレッドの目が僅かに見開かれる。予想外の言葉だったのだろう。
「公爵令嬢として恥じないよう自分を高めていたのも、もちろん殿下の婚約者として相応しい存在であろうという気持ちもありましたが、正直なところ……いつ殿下から『いらない』と言われてもいいように、覚悟をしていたからです」
ヒロインが現れれば、ルイーゼは役目を終えてお払い箱になる。私はその未来を知っていたからこそ、自分自身の力で生きていけるように準備をしてきたのだ。
「物語の中の、王子様の『真実の愛』の相手が現れたら、私は静かに身を引くべきだと……それが、私の役目だと思っておりました」
そこで一旦言葉を切る。彼の顔には、困惑と、そして何かを察したような複雑な表情が浮かんでいる。
「殿下は……その、」
私は少し言い淀んだ。ここからが本題だ。彼の言葉が本気なら、私の最も重要な不安を、彼に解消してもらう必要がある。
「私と……安泰の老後を一緒に過ごしてくださいますか?」
私は真剣な顔で尋ねた。貴族令嬢らしからぬ、あまりにもストレートな言葉。
「これから先、殿下の『真実の愛』の相手として、とても美しく、殿下が心を奪われるような、素晴らしい令嬢が現れたとしても……袖にして、ルイーゼがよいとおっしゃってくれますか?」
私は、意を決してさらに続けた。自分の弱さも、不安も、全て曝け出すように。
「私……私、浮気耐性低いんです」
優れた令嬢の仮面を剥がし、ルイーゼは素を出して話す。アルフレッドも虚勢を捨てて彼女に本音で語ってくれた。ならば、こちらも相応に答えなければ卑怯だ。この関係を始めるにあたって、これだけは絶対に譲れない条件だった。
私の言葉を聞いて、アルフレッドは最初こそ驚いていたようだが、やがて、その瞳に温かい光が灯った。彼の顔から、先ほどの緊張感が消え失せ、代わりに、深い安堵と、そして喜びの感情が浮かび上がってきた。
鎧を脱いだルイーゼの、人間らしい、弱さをも含んだ本音を。物語の役割ではなく、一人の女性としての彼女を。アルフレッドは聡く察してくれたのだろう。そして、それが彼にとっては、何よりも嬉しいことだったのだ。
アルフレッドは、ゆっくりと、そして確かな声で答えた。
「もちろん」
彼の声は、告白の時よりもさらに柔らかく、そして揺るぎなかった。
「ルイーゼがよい……ルイーゼだけがいい」
その殺し文句に、私の心は完全に陥落した。安泰の老後という目標は変わらないが、どうやらその道のりは、彼の隣を歩むことになりそうだ。ヒロインがいない世界線で、まさか自分が王子の「真実の愛」の相手になるなんて。
(ああもう、しょうがないな……)
私は心の中で、諦めとも、そして少しの幸福感ともつかない溜息をついた。ヒロインは知らないところで、彼女自身の『真実の愛』を見つけて幸せになっている。ならば、この世界で、アルフレッド王子の『真実の愛』の相手は、私が引き受けても問題ないだろう。
このアホらしいお話の中で、私があなたを幸せにしてあげるわ、王子様。陳腐な恋愛物語らしく。
物理のパワーで、時にあなたを守り、そして、時には私をあなたが守る。持ちつ持たれつ、二人でこの波乱万丈な物語を生き抜いていこうじゃないか。
私は、アルフレッドに微笑みかけた。今度は、社交辞令でもなく、計画のためでもなく、心からの、柔らかな微笑みだった。
アルフレッドは、その微笑みを見て、さらに嬉しそうに目を細めた。
私の、そして私たちの物語は、今、予期せぬ、しかしどこか心温まる方向へと舵を切ったのだ。これからの日々が、どのような展開を迎えるのか。不安もあるが、彼となら乗り越えられるかもしれない。
私の安泰の老後への道は、まだ始まったばかりだ。
了
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
エピソード1と3の文章が少ないのは、あえて「がんばらない」方向にすると決めていたからです。
というのも、小説が書けない(文章を書くのが苦手)人でも、AIの力を用いれば作れるのか??を試したかったから。試作であり実験でもありました。
結果として共作という形になったのは、わたしがAIを導く形で書いてしまったからです(汗)。
AIが先導した場合はリレー小説になったかもしれません。
(ちなみに、キャラクター名、創作のタイトルはAIが決めてくれました)
これを見てAIの力で小説なんて簡単に書けるじゃん!って思ったかもしれません。
作業自体は簡単かもしれませんが、果たしてそれは「あたなの作品(文章)」なのか?という問いがつきまといます。
「だってAIが作ってくれたんでしょ?」と人によっては作品を軽視するでしょうし。
実際的に、これはわたしの文章とは言い難い。
他作品をご覧になっている方ならわかりますが、わたしの語り口じゃないし、匂いがしませんよね。
AIは補助的な役割で用いる分には全然アリですが、メインで活用はできないなーと思いました。
当たり前ですが、AIはシナリオ通りの展開にしか作ってくれないからです。
この物語でいえば、ヒロインが登場前に退場していますが、AIだけに任せるときっちり王宮に連れてきてしまいます。つまり、そういうことです。
趣味の場合はAI任せでもまったく問題ありませんが、これが商業的な展開を見せた時、結局作家の自力が必要になります。いずれその自力すら必要でなくなるのだとしたら、怖いなとは思いますが。
この物語、長編にするわけにいかなかったので手早く終わらせていますが、設定上では引っ掻き回すキャラクターも登場予定でございました。
しっかり書ける機会がもらえたら登場させたいなと思っています。




