エピソード10「バタフライエフェクト」
そして、離宮での会合の当日。
午後の約束の時間が刻々と迫る中、ようやく依頼していたヒロイン探索の返答が戻ってきた。
「エマ!どうだったの?!ヒロインちゃんは?!」
私は期待と不安がないまぜになった声で、エマに詰め寄った。
エマは息を整え、私に信じがたい情報を伝えた。
「お嬢様……お探しの、エリス様のことなのですが……」
彼女は目を丸くして、思わずといった様子で私に告げたのだ。
なんとヒロインは、王宮に到着するどころか、既に別の男性と結婚していたという。しかも、すでに懐妊までしているという衝撃的な情報まで付け加えた。
「え……? 結婚……? 懐妊……?」
私の頭の中は、一瞬にして真っ白になった。物語の根幹を揺るがすような情報に、思考が停止する。
相手は地元の若い騎士だそう。身分は高くない、ごく普通の、王宮の物語とは無関係なモブ騎士。
ふたりの出会いはこうだ。エリスが当初の流れ通り、王宮へ行儀見習いへ出発したその日、折りからの悪天候で山道が崩れ、立ち往生してしまう。彼女の乗っていた馬車は足止めを食らい、村に滞在することになる。そこへ、たまたま近隣の警備に出ていた騎士たちが救助へやってきた。その中に、ヒロインと恋に落ちたモブ騎士がいたということだ。行儀見習いは白紙に戻され、彼女は地元で、そのモブ騎士と結婚し、幸せに暮らしているという……。
エマの説明を聞き終えて、私は信じられない思いで叫んだ。
「えーーーーー?!そんなのアリなのーーー?!」
モブ騎士?!何処の馬の骨とも知れないモブ騎士と、あの王子が『真実の愛』を捧げるはずだったヒロインが恋に落ちちゃったの?! 王子の『真実の愛』の相手が、私たちの預かり知らぬところで、別の『真実の愛』を見つけちゃったってこと……?!
頭の中がパニックになる。理解できない。だって、この物語はアルフレッド王子とヒロインの『真実の愛』がメインストーリーだったはずだ。そのヒロインが、物語の舞台に立つ前に、全く別の人生を歩み始めてしまった?
ど、どうしよう。
登場前から彼女の物語は完結してしまった。王子との出会いは、永遠に起こらない。
も、もしかして……私が物語に介入してしまったことで、バタフライエフェクトでも起こったの? 刺客から王子を守ったことが問題に?
私の行動が、原作の物語の大きな流れを変えてしまった……?
これどうすんの?!ねぇ、どうすんの?!この物語どうすんの?!
マブダチ作戦を成功させて、円満に婚約破棄されるためには、王子がヒロインと出会って『真実の愛』に目覚めるのが不可欠だったのに!その肝心要のヒロインが、別の男と結婚して懐妊して、物語から退場してるやんけ!
私の計画、根底から崩壊やん!
せっかく王子とのマブダチエンドが完成しそうだったのに、先が読めなくなってきちゃったじゃん!
しかも、今日これから会う王子からの手紙の内容からして、深刻そうだし……。ヒロインが登場しない今、王子が私に何を話すつもりなのか。まさか……本当に、『真実の愛』なんて言い出さないわよね?
(あかん……これは一番アカンやつや……)
どうすればいいのか全く分からない。頭の中は情報過多でショート寸前だ。でも、時間は待ってくれない。アルフレッド王子との約束の時間は迫っている。
「お嬢様、お時間です。馬車の準備ができております」
エマの声にハッと顔を上げる。
「あ、ああ……うん。ありがとう、エマ」
混乱を押し殺し、私は立ち上がった。どうすればいいかは、離宮へ行って、王子の話を聞いてから考えよう。もはや私の計画通りに進む見込みはほぼゼロになった。ならば、臨機応変に対応するしかない。
「とりあえず、支度。支度をしましょう。うん」
現実逃避するように、私はエマの手を借りて、お茶会へ向かうための身支度を開始した。ドレスを着て、髪を整えて。いつも通りの完璧な公爵令嬢を演じるんだ。内心の動揺を悟られないように。
鏡に映る自分の顔は、いつもの平静を保っているように見える。だが、瞳の奥には、未知の物語への不安と、それでも抗ってやるという僅かな反骨心が揺れているのを感じた。
離宮へ向かう馬車に揺られながら、私は考える。
ヒロインが登場しない世界線で、王子との関係はどうなる?
私の望む自由な老後というエンディングは、まだ実現可能なのか?
そして、王子は私に、一体何を話すつもりなのか?
物語は、私が思っていたよりもずっと、私の手によって大きく改変されてしまったようだ。
これは、破滅への新たなルートか。
それとも、原作を超える、私だけの物語の始まりか。
私は、馬車の窓から流れる景色を見つめながら、深く息を吸い込んだ。
いざ、離宮へ。私の予測不能な物語の続きが、今、始まろうとしていた。




